帰ってこない男たち

 割り込みの用事をこなしつつも1日の所用を終えたユウは割ときつい疲労感に襲われていた。まったく休養になっていないことに疲れた笑みを浮かべつつも酒場『青銅の料理皿亭』へと向かう。


 六の刻の鐘を過ぎた後の酒場はどこも混んでいた。『青銅の料理皿亭』も例外ではなくテーブルは満席だ。カウンター席も数えるくらいしか空いていない。


 どこに座ろうかと顔を巡らせたユウは見知った背中を見つけた。その隣に座る。


「サンディ、今日は1人なんだ」


「ユウじゃないか。そうなんだよ。今日はみんな用があってばらばらなんだ。付き合えよ」


「ヴェラ! いつものお願いします! いいよ。僕も今から夕飯なんだ」


「今日は1人ということは、休みの日か。1日何してたんだ?」


「朝の間は稽古してて、昼からは洗濯物を洗ってて、夕方からは地図を描き写していたかな。ああそうだ、朝一で宿の賃金交渉をしていたんだけど、6人部屋って今なかなか空いていないみたいだね。先月から宿の人に頼んでいるんだけど移れなくて」


「お前、休みの日なのになんでそんなに働いてるんだよ。おかしいだろ」


「え、ああ、うん。まぁ、色々とあって」


「だろうな。まさかパーティメンバー全員がそんな感じなのか?」


「そんなことはないよ。ケネスは昼間で寝てるし、ジュードも出かけることが多いかな。ハリソンは毎回休みの度に起きたらすぐに出て行って、夜になったら帰ってくるよ。何をしているのかは聞いたことがないけど。あと、キャロルとボビーは別の部屋だからどうしているのか知らないんだ」


「良かった。俺の常識は間違ってなかったんだな。ユウ、お前は休むことを覚えるんだ。体を使う冒険者としてはとても重要なことだぞ」


「ああ、うん。わかった」


「はい、お待ちどおさま! 働くことはいいことよ! 怠けてるヤツなんかにロクなヤツはいないんだからね」


「サンディ?」


「そうだな。何事もほどほどにだ」


 笑顔で割り込んでいたヴェラの言葉にでサンディの勢いがしぼんだ。微妙な雰囲気がカウンターの2人の間に現れる。


 とりあえず木製のジョッキを傾けたユウは口を湿らせた。それから話題を変える。


「ところで、最近魔窟ダンジョンが物騒になってきた話って知っているかな?」


「殺しの件だろ。最初は3階だけだったのに、いつの間にか2階でもあっただなんてな」


「僕の知り合いの後輩がどうもその件に巻き込まれて死んだらしくて、この前捜索に協力したんだ」


「マジかよ。自分の知り合いが関係してるなんて」


「僕たちが調べた範囲だと、3階の落とし穴に引っかかって落ちた冒険者と魔物に巻き込まれたみたいで、魔物にやられた跡がいくつもあったんだ。でも、何人かは武器で殺された跡があったから、他の誰かに殺された可能性が高いって考えている」


「最近噂の襲撃者なんだろうな。ひどいことしやがる」


「そうなんだけど、不思議な点があったんだよね。全員お金になる物は盗られていたんだけど、3階から落ちてきた冒険者だけ証明板がなかったんだ。巻き込まれた知り合いの後輩6人は全員証明板は残っていたのに」


「そりゃぁ、たまたまそうだっただけなんじゃないのか? 物取りの方は早く立ち去りたいだろうから雑に何でも盗ろうと、あれ?」


 喋っていたサンディは口を閉じた。自分で自分の言っていることに腑に落ちなくなった顔をしている。


「雑に盗ったんなら、6人の側の証明板が全部残っているのはおかしいよね。可能性はあるかもしれないけど、普通は不自然だと思わない?」


「そうだな。つまり、ただ殺したいだけじゃなく、ただ物を盗りたいわけでもないってことか。目的は何だろうな?」


「それが何かは僕たちにはわからないけど、犯人には何か別の目的もあるんじゃないかって思っているんだ」


「あー気持ちわりぃ。ムカムカするぜ」


 苦り切った顔をしたサンディが木製のジョッキを呷った。一気に飲み干してカウンターにジョッキを置くと、通りかかった給仕女に追加で2杯を頼む。


「襲撃犯の目的がわからないとこっちも避けようがないなぁ」


「そうなんだよね。でも、3階の落とし穴の直下を避けたら何とかなるんじゃないかって思っているんだ」


「なんでまた?」


「実は、その知り合いの後輩の件の前、今から1ヵ月くらい前にも身ぐるみを剥がされて証明板のない死体を見つけているんだ。そのときも3階の落とし穴の真下だったから」


「マジかよぉ。いやでもちょっと待て。3階で殺してるヤツと2階で殺してるヤツって同一犯なのか?」


「はっきりとはわからない。でも、別々のパーティなんじゃないかって思う。はっきりとした根拠はないけど」


「別々のパーティだとしたら、一体どうやってんだろうな。落とし穴で分断してから3階に残った連中を殺して物を盗って、更に2階に降りて別のパーティに連絡をして下に落ちた残りを殺させる。うん、自分で言っててむちゃくちゃだと思うな。これだったら3階の連中がそのまま2階を駆け抜けて残りを殺しに行く方がまだわかる」


 目の前のカウンターに置かれた木製のジョッキのうち1つを手に取ったサンディは軽く傾けた。


 その横でユウは黒パンをちぎってスープにひたす。ゆっくりとかき混ぜてから口に入れて噛んだ。柔らかくなった黒パンと一緒に染み込んだスープが口の中に広がる。


 一体どうやって犯行を実現させているのかユウにはわからなかった。できそうにないことなのに実際にやってのけている。不可能を可能にしているものは一体何か気になった。


 考え込んだユウに対して今度はサンディが話を振ってくる。


「ああそうだ。ユウ、あんた、突進する猪ランジングボアが2日前から姿を見せていないって話を知ってるか?」


突進する猪ランジングボア? リーダーがフランクっていう人のところの?」


「そうだ。普段は魔窟ダンジョンに日帰りで入ってるパーティだそうなんだが、一昨日から宿や酒場に姿を見せないらしい」


「あそこって別に弱くなかったよね?」


「ああ。2階で後れを取るパーティじゃないのは確かだ。それに3階に挑戦するという話も聞いたことがない。一体どうなってるんだか」


「知り合いの人が捜索するなんて話はあるの?」


「ないな。あそこ、結構強引に突き進むこともあったから嫌ってるパーティも割といるし。たぶん、こうなるとこのまま消えておしまいなんじゃないか」


 周囲との関係がないか薄いともちろんいざというときに助けてもらえない。しかし、例え関係があったとしても嫌われているとこういうときに見放されるのだ。それを承知で行動する者たちもいるので、わかった上でそういう態度をとる者には誰も何も言わない。


 突進する猪ランジングボアは恐らく承知の上だったのだろうとユウは推測した。そうなるとこの件はほぼこれで終わりだ。その末路に何も言うことはない。


 問題なのは、突進する猪ランジングボアのメンバーが死んでいるのだとしたらどんな死に方をしたのかだ。何でもないときならばともかく、襲撃者の話がある最近ではどうしても関連付けてしまいがちである。


「例の襲撃者に襲われたのかな?」


「どうだろう。3階から誰かが落ちてきてそれに巻き込まれて連中がまとめて一緒に殺される、か。あんまり想像できないんだよなぁ」


「1人くらい逃げ帰ってきそうですよね。特にフランクなんかは」


「そうなんだよ。しぶとそうだもんな、あいつ」


「他の冒険者に襲われる可能性は?」


「逆に襲う方だろう、あいつら」


 真顔で即答されたユウは思わずうなずいた。確かに襲われるより襲う方が圧倒的に似合うパーティである。


 そこで2人とも黙り込んだ。しばらく口に物を入れる。味は感じるし舌もうまいと判断しているが、気分的にもう1つだ。


 木製のジョッキを空にしたサンディがもう1つを握ってから口を開く。


「最近剣を買い換えたばっかでカネがねぇっつうのにこんなことになるなんてなぁ」


「前のは駄目になったの?」


「そうなんだよ。ずっと大切に使ってたんだが、ついに限界を迎えたらしくてな。工房の職人にも見放されちゃどうにもならんよ」


「あらら。でも2階を回っていたら結構稼げない?」


「俺が使ってる剣って片手半剣バスタードソードだから高いんだよ。銀貨20枚だぜ? しかも、その前に硬革鎧ハードレザーも新調しちまったしよぉ」


「ああそれは」


 頭の中で暗算をしたユウは顔を引きつらせた。記憶にある値段の合計だと最大で銀貨50枚だ。剣の値段がはっきりとしているので内心自信を持つ。


 武具の更新時期が重なると冒険者の懐事情は一気に寒くなる好例だ。出来れば避けたいとユウは強く願う。


 すっかり意気消沈してしまったサンディにユウは慰めの声をかけた。ここはいくらでも稼げる終わりなき魔窟エンドレスダンジョンなのだ。何とでもなるだろうと。


 それでもサンディを立ち直らせるのにユウは結構な時間を費やした。

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