知り合いの捜索(後)

 元メンバーだったルーサーからの捜索依頼があった翌日、大きな手ビッグハンズの面々は魔窟ダンジョンの入口へと向かった。いつもならすぐに中へと入るのだが、今朝は換金所の北側にある小さな広場へと逸れる。


 その場所にはルーサー率いる黄金の発泡酒ゴールデンエールのメンバーを始めとした冒険者たちが集まっていた。いずれも若い。


 先頭を歩くケネスがルーサーに声をかける。


「来たぜ、ルーサー!」


「ケネス! 恩に着るよ! これで全員集まった!」


「あんまり人がいねぇけど、全部で何パーティなんだ?」


「オレのところやそっちも含めて5つなんだよ」


「これは結構時間がかかりそうだなぁ。階段1つに1パーティってところか?」


「そんな感じ。近場から順に割り振っていくけど、それでも1度に全部は探せないんだ」


「だろうな。ま、愚痴っててもしょうがねぇ。さっさと始めるか」


 ケネスの言葉にうなずいたルーサーが他のパーティへと声をかけた。ここから幸福な果実ハッピーフルート捜索が始まる。


 昨晩、ユウがルーサーを伴って宿の部屋に戻ると仲間5人が全員集まっていた。別件でキャロルとボビーがケネスに相談しに来ていたのだ。そのままルーサーの事情を説明するとすんなりとケネスは協力を承知した。


 かなり揉めることも覚悟していたユウは驚く。ジュードによると、こういう横の連係は自分が困ったときのためにもできるだけ応じるべきとのことだった。他の地域では無償で手伝うことも珍しくないので、稼ぎながら捜索できる魔窟ダンジョンで協力しないというのは考えられないという。


 多少の思惑がありつつも積極的に捜査協力することになったユウたち6人は、ルーサーから担当地域を聞いてから魔窟ダンジョンに入った。


 2階に上がると地図の束を片手に持ったユウの周りに全員が集まる。再び担当地域の確認だ。ユウが指でなぞりながら説明する。


「階段がここだから、まずはこの範囲を調べていこう。こうやって階段を中心にぐるぐると回りながら歩いたらほとんど取りこぼしはないよ」


「いいんじゃねぇの。ただ、本当に階段の近くは行く意味がねぇよな。ぜってぇ誰かが通ってるだろうし、見つからねぇはずはねぇ」


「いや、身ぐるみを剥いでそのまま冒険者ギルドにも報告しない連中がいるかもしれん。一応は一通り見ておくべきだろう」


「かぁ、イヤな話だよなぁ」


 隣のジュードの話にケネスが顔をしかめた。暗黙の了解がある以上は身ぐるみを剥ぐなとは言えないが、せめて死亡者の報告くらいはするべきだと常々主張しているからだ。


 ともかく捜索の方針は決まった。地図を見るユウの指示に従って他の仲間が進んで行く。


 最初は順調だった。何しろ既に他の冒険者が通った部屋と通路ばかりなので魔物がいないのだ。ひたすら進むだけで良い。たまに罠のある場所を通らないといけないときが面倒なくらいだ。こういうとき、ユウとハリソンが2階の罠には手慣れているのが救いである。


 稼ぎという面では残念ではあったが捜索という面では調子が良かった。たまに出会う冒険者パーティに話しかけて手がかりを探ることも忘れない。


 そうして昼食時まで行方不明者の捜索を続ける。ここまでほとんどの部屋と通路に魔物はいなかった。話を聞いた冒険者もここ数日同業者の死体は見ていないと告げている。


 大きな手ビッグハンズの一行はとある部屋で昼休憩を始めた。部屋の隅で思い思いにくつろいで干し肉を囓る。話題は捜索についてだ。


 水袋から口を離したハリソンが眉をひそめる。


「わかっていたことだが、簡単には手がかりすら見つからないな」


「こういう捜索って普通は何日もかけてするものだからねぇ」


「キャロルは最高で何日くらい捜索したことがあるんだ?」


「俺は1週間かな。後半は稼ぐついでだったけど、やっぱり自分の友達だと諦められなくてね。ハリソンは?」


「オレは3日だ。それ以上になると魔窟ダンジョン内の死体や荷物は消えてなくなると聞いたことがあるから、やる意味がないと思って打ち切ったんだ」


「何にせよ、どっちも見つからなかったってことなんだよねぇ」


「見つかると、いいな」


 最後に干し肉を飲み込んだボビーがぼそりとつぶやいた。ハリソンとキャロルはそちらに顔を向けてからうなずく。


 昼食が終わると捜索が再開された。この頃から魔物の出現頻度が高くなる。階段から遠くなるほど冒険者がその場所を訪れる可能性は低くなるからだ。


 この頃になるとユウたち6人は幸福な果実ハッピーフルートの面々がこの辺りに来ていないのではと考えるようになった。2階で活動するには力不足というルーサーの話が正しければそこまで遠くには進めないはずなのだ。ちょうどユウたちが3階に上がったときのように。


 しかし、その予想は外れた。とある通路で散乱する死体をついに見つける。


「うわ、こりゃひでぇ」


 一番最初に踏み込んだケネスが呻いた。魔物に喰われた跡や傷付いた防具が生々しい。


 同じように顔をしかめるジュードが大きく息を吐き出す。


「遺体は9体か。ルーサーの話だとパーティは6人組だったはずだが。2組のパーティが同時にやられたのか」


「どの死体にも魔物にやられた跡がある。致命傷かどうかはわからないが」


 1つの遺体でじっとしているジュードに対してハリソンは順番に遺体を見て回った。どちらも真剣な目つきである。


 そんな2人を尻目にキャロルは死体の懐や荷物を漁っていた。それを見てケネスが眉をひそめる。


「キャロル、何してんだ?」


「証明板を探してるんだよ。誰だかわかれば何かの手がかりになるかもしれないだろう? そっち側の死体の方を探っておいてくれないか」


「うへぇ、しゃあねぇなぁ」


 露骨に嫌そうな顔をしたケネスだったが頼まれたとおりに死体を漁り始めた。その様子を見ていたボビーも近くの死体に手を触れる。


 一方、ユウは真上を見ていた。死体が最もたくさんある場所の天井の高さは他の倍もあった。これはたまに見かける下から見た落とし穴の構造だ。


 見上げた顔を元に戻したユウがハリソンに近づく。


「ハリソン、捻挫とか骨折している死体ってある? ここ、落とし穴の真下だから、何人かは落ちてきたのかもしれない」


「3人にそれらしきものがあったな。なるほど、落とし穴か」


「ケネス、証明板はいくつあった?」


「こっちは2つだ。ああもう触りたくねぇ。そっちは?」


「3つだね。ボビーが1つ見つけたみたいだから、全部で6つ。名前もルーサーから聞いたものばかりだから、この死体が幸福な果実ハッピーフルートの連中で決まりだね」


 冒険者の証明板を周囲に見せながらキャロルが喋った。隣でボビーがうなずいている。


 近くで仲間のやり取りを聞いていたジュードが顔を上げた。半分独り言のように話す。


「落とし穴に落ちたパーティと一緒に魔物も落ちてきて、それに巻き込まれたルーサーの後輩たちは死んだということか」


「いや、何人かは武器で殺されてる。だから更に別のパーティが最終的にとどめを刺したようだな」


「ハリソン、この9人が争った可能性はないのか?」


「落ちてきて負傷した跡のある死体と幸福な果実ハッピーフルートのメンバーの死体の両方に同じ武器による傷がある」


「追い剥ぎをした連中がとどめを刺した可能性が高いのか」


 首を横に振るハリソンを見たジュードは唸った。隣でケネスが腹立たしそうに床を蹴る。


 一行の気分が沈む中、キャロルが首を傾げていた。それを見たユウが声をかける。


「キャロル、どうしたの?」


幸福な果実ハッピーフルートのメンバーの証明板は全員分あったんだが、落とし穴から落ちたらしい3人の証明板は1つもないんだよ」


「追い剥ぎがみんな持っていったとか?」


「可能性はあるけど、なんか不自然なんだよねぇ。幸福な果実ハッピーフルートの方がたまたま全員分残ってて、3人の方はたまたま全部持ってったって、あり得るかな?」


「上から落ちてきた3人の証明板はわざと持っていった?」


「と考えるのが、一番自然なんだけどね。問題はなんでそんなことをしたのかだよねぇ」


 もちろんユウはその疑問に答えられなかった。


 そうやって皆が話をしていると、ジュードが急に目を見開く。


「ああ思い出したぞ! この死体の感じ、前に見た4人の死体と似てるんだ。追い剥ぎにやられてて証明板がないところなんてそっくりだ」


「ジュード、6人にはあるぜ?」


「それは幸福な果実ハッピーフルートの方だけだろう、ケネス。上から落ちてきたらしい3人にはないじゃないか」


「同一犯だって言いてぇのかよ」


「断言はできないが、その可能性はあるぞ」


「くそ、どこのどいつだ」


 説明を聞いたケネスが悪態をついた。落ち着きなく歩き回り始める。


 ジュードの主張を聞いていたユウはなるほどとうなずいた。傷付いた武具だけ残している点も前と共通している。しかし、証明板を持っていく理由がわからない。


 しばらく頭を悩ませたユウだったが結局何もわからなかった。

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