知り合いの捜索(前)
この日もユウの体は悲鳴を上げていた。老職員に朝の鍛錬で念入りに体をほぐされ、その後体術を仕込まれたからである。また、今までの半分にしたとはいえ、裁縫工房での労働が重なるのだから尚更だ。それでも未来に向けて地図を1枚写したのだから立派だろう。
そんなわけで、六の刻の鐘より後のユウは疲れ果てていた。酒場『青銅の料理皿亭』のカウンター席にふらつきながら座っている。まだ何も注文していない。
ユウがぼんやりとしていると、通りかかったヴェラが声をかけてくる。
「あら、魂が抜けちゃってるじゃない。どうしたの? そういえば、ちょっと前からそんな感じね」
「体が痛いんです。
「怖い話はやーよ。それより、注文は? まだしてないでしょ」
「いつものでお願いします」
「はいはい。しばらく待ってなさいよ」
足下まである若草色のチュニックワンピースを翻したヴェラがカウンターの奥へと姿を消した。ユウは半分寝かかっているので舟を漕ぎ始めている。
かき入れ時の店内は1日で最も騒がしい。1つ1つの声は別の声と重なって内容はわからないが盛り上がっているのは確かだ。
そんな酒場に新たな客が1人訪れた。金髪でやや幼い顔の青年だ。背は低いが身なりからして冒険者だと一目でわかる。
青年は店内に入るとすぐに周囲を見回した。それから店の奥へと歩いてカウンターを眺めた。硬かった表情が柔らかくなるとまだ料理の届いていない席に近づく。
「ユウ! 良かった、ここにいたんだ。あれ、もしかして寝てる?」
「んあ? あれ、ルーサー? どうしてここに?」
「人づてに
「はぁいお待ちどおさま! あれ、お連れさん? いらっしゃい」
「あー、エールを1杯持ってきて。ここっていくらするの?」
「エールだと鉄貨30枚ね。はい、ありがとう、ちょっと待っててね」
新しい客を見て機嫌が良くなったヴェラはルーサーから代金を受けると再びその場から去った。給仕女がいなくなったことで再びユウに向き直ったルーサーが口を開く。
「それで頼み事なんだけど、前にオレが後輩を指導しているって言ってただろ。そいつら
「いつから戻って来ていないの?」
「一昨日の朝
つい先日にも行方不明者の捜索をしたばかりのユウは嫌そうな顔をした。
これはパーティとして引き受ける件なので自分では判断できないとユウはすぐに理解した。心情的には協力したいが仲間の同意が必要である。そして、自分がこの件を後押しするためにも更に色々と知っておく必要があった。
ヴェラが残りの料理とルーサーのエールをカウンターに置いたところで問いかける。
「ルーサー、君の仲間のパーティにはもう声をかけたの?」
「それが、オレの知り合いってまだ大半が1階で活動してるんだ。2階で稼いでるヤツもいるにはいるけど数が少なくて」
「その
「ついこの間までは1階だったんだ。そのときは東側だったんだけど、2階はどこで活動していたかまだ聞いていないんだよ」
「えぇ、それじゃどこを探したらいいのかわからないじゃない」
「そうなんだけど、あいつらの実力じゃ階段から離れた場所にはそんなに行けないと思うんだ。だから、近場の階段の周辺を探せば見つかるんじゃないかって思ってる」
「うーん、本当の階段の近場は他のパーティが魔物を狩り尽くしてるだろうから、その周辺部だろうね。結構範囲が広そうだな」
覚えている限りの
木製のジョッキに口を付けたユウがエールを飲んでからルーサーに顔を向ける。
「ルーサー、冒険者ギルドへは行った?」
「え? 行ってないけど。どうして?」
「もし既に他のパーティが
「なるほど」
「ルーサーの知り合いにここ2日間で
「うん、いない。それはもう聞いて回った」
「だったらまず冒険者ギルドから回ろう。僕の仲間に頼むのはその後だね。ああそうだ、協力する見返りって考えてる?」
「カネ取るの!?」
「僕とルーサーは直接の知り合いだから構わないけど、僕の他のメンバーは中で1度会っただけだからね」
「うーん」
「そんなに深く考えなくてもいいよ。ここの
「ああ、それだったらいいよ」
「だったら決まりだね。後は食べながら詳しい話を聞くよ」
「わかった!」
2人の間でようやく話がまとまったところでユウは夕食を本格的に食べ始めた。少し冷めてしまったがまだ充分に旨い。
昔話も交えながらユウとルーサーは酒場のカウンターで話し込んだ。
6月の半ば頃ともなると春の雰囲気に夏の足音が少しずつ混じる時期である。この時期のアディの町は七の刻の鐘が鳴る頃でもまだ日は没していない。なのでそれよりもはるか以前であれば空は朱に染まろうともまだ明るかった。
酒場『青銅の料理皿亭』で夕食を終えたユウはルーサーと共に冒険者ギルド城外支所へと入った。閉店する七の刻の鐘に近づくに従って人の数は減っているが、それでも建物内には落ち着いたなりにも活気がある。
受付カウンターへと顔を向けたユウは見知った受付係を見つけた。少々驚きつつもその前に立つ。
「トビーさん、こんにちは。最近は早番だったんじゃなかったんですか?」
「他のヤツと代わってやったのさ。それで、こんな時間にお前さんこそ珍しいじゃねぇか。何の用だ? 爺さんはもう帰っちまったぞ」
「ウィンストンさんはいいんですよ。それより、確認してほしいことがあるんです。
「あーあー、そういう話か。ちょっと待ってろ」
「お願いします」
顔をしかめたトビーが頭を掻きながら受付カウンターから離れた。後方にいる何人かの職員に話して回るのを眺めながらじっと待つ。
「ユウ、何かあるかな?」
「どうだろうね」
不安そうに尋ねてきたルーサーにユウは曖昧に返答した。何かあるということはほぼ死亡したということだが、何もなかったとしても生きている保証はない。何とも返答に困る質問である。
何枚かの羊皮紙を手にしたトビーが戻って来た。その表情は冴えない。
「ユウ、今のところ
「そうですか。ということは、探さないといけないんですね」
「必要ならな。知り合いなのか?」
「僕は直接知らないです。けど、こっちのルーサーの知り合いだそうなんですよ」
「ルーサー? そういや前になんか聞いたことのある名前だな」
「前にお酒の席で僕が最初に組んだ冒険者って説明した人ですよ」
「あー、貧民出身のヤツだったか。そうかなるほど。同い年の友達か後輩ってところか」
当てられたルーサーが目を見開くのをトビーは目にした。しかし、特に反応はしない。
「ま、何かあったら教えてやる。また日を改めて来るといい」
「ありがとうございます。ルーサー、行こうか」
「うん」
何も得られなかった受付カウンターから離れたユウとルーサーは城外支所の建物から出た。まだ七の刻の鐘に達していないので暗闇は訪れていない。
「ルーサー、それじゃこれから僕が泊まっている宿に案内するよ。パーティメンバー全員を集めてから、とにかく1度話を聞いてもらわないと」
「そうだね。この頼み、受けてもらえるかな?」
「たぶん受けてもらえるんじゃないかなぁ」
ユウは引き受けてもらえるという確信はなかったものの、拒否されるところも想像できなかった。なので自信なさげであってもうなずいてみせる。
次第に暗くなっていく宿屋街の路地を2人は歩いて行った。
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