冒険者の棲み分けと出世

 休養日の夕方、六の刻の鐘が鳴る頃にユウは酒場『青銅の料理皿亭』へと向かった。前の休養日は別の酒場だったので行きつけに戻って来たわけである。


 サンディ以来、ユウはこの『青銅の料理皿亭』では新しい知り合いを作れていないでいた。急ぐ必要はないものの、たまには馴染みの店で新しい出会いがあっても良いと考える。


 店内に入るとほぼ満席状態だった。夕食を取ってからテーブルを窺おうかと思ったユウはカウンター席へと向かう。すると、そこには珍しい人物が座っていた。トビーである。


「トビーさん?」


「ユウじゃねぇか。奇遇だな、こんな所で会うなんて」


「僕のパーティの馴染みの店ですからね。大抵はここで食べているんですよ。トビーさんはここじゃ初めて見ますよね」


「実はたまに来てるんだよ。年に何回かだけどな」


「隣いいですか? これから夕飯を食べたいんです」


「いいよ」


 トビーの許可が下りると同時にユウはその隣の席に座った。近くを通りがかった給仕女に注文を告げるとトビーに向き直る。


「今まで会わなかったってことは、たまたま時間が合わなかっただけなんですね」


「たぶんな。しかしお前さん、最初の頃とは違って随分と調子がいいみたいじゃないか」


「そうですね。2月の頃とは全然違いますよ」


「最初っから大きな手ビッグハンズだったのか?」


「いえ、最初は黄金の発泡酒ゴールデンエールのルーサーと組んでいました」


「ルーサーか、聞かねぇ名前だな。ともかく、うまく乗り換えたじゃねぇか」


「実は逆でして、ルーサーの方が先にパーティを結成して僕の方があぶれちゃったんですよ。それで、今のリーダーに拾ってもらったんです」


「やっぱりな。お前さん、世渡りうまくなさそうだもんな」


「ほっといてください」


 顔を引きつらせたユウが言い放った。そのユウの目の前に注文した料理が置かれてゆく。


 隣人の表情を面白そうに見ていたトビーが木製のジョッキを軽く呷った。それから口を開く。


「ま、うまくやっていけてるんだったら何だっていいさ」


「それが最近、僕たちのパーティはちょっと行き詰まっているんですよね」


「2階で調子良く稼いでるのにか?」


「みんなで3階を目指しているんですけれども、2階の犬鬼コボルトの大部屋で詰まっているんですよね。最近はもう全部倒して勝てるようにはなったんですけれど、ウィンストンさんが言うように楽勝とはいかないんです」


「なんだそりゃ。あの爺さんはたまに無茶言うときがあるからな。全部真に受けねぇ方がいいぞ」


「そうなんですか?」


「お前さんがあの爺さんから教えてもらったことに嘘があるとは思わねぇが、たまにそこまでしなくてもっていうことを言うことがあるんだ。まぁ、オレは魔窟ダンジョンに入ったことなんてねぇからわかんねぇけど」


「え?」


 意外なことを聞いたユウはそのそばかすのあるやや頼りなさそうな顔をまじまじと見つめた。目を見開いたまま疑問を口にする。


「冒険者ギルドの職員って、冒険者がなるものじゃなかったんですか?」


「さすがに全員じゃねぇよ。オレみたいなヤツも中にはいる」


「そうだったんですか」


 黒パンをちぎってスープにひたしたユウは軽くかき混ぜてからそれを口にした。すっかり柔らかくなったパンが口内に広がる。何度か噛んでから飲み込んだ。


 驚きから立ち直ったユウが口を開く。


「それで、僕たちのパーティは今、3階で活動している人を探しているんですよ。その人たちだったら3階のことだけじゃなくて2階の大部屋のことも何か助言してもらえるんじゃないかって。トビーさん、誰か知り合いを紹介してくれませんか?」


「そいつぁ難しいなぁ。町の中に行ったヤツらは大抵オレたちとも縁が薄くなるからなぁ」


「え!? 冒険者なのにですか?」


「ああそうか、お前さん、この町のことに疎かったもんな。冒険者の棲み分けと出世なんて知らねぇか」


「何ですか、それ?」


 質問してから豚肉をナイフで切り取って摘まんだ肉をユウは口に入れた。指を舐めているとトビーが木製のジョッキから口を離して喋る。


「ここの貧民街出身の連中の中には冒険者になりたがるヤツがたくさんいる。最初の武器や防具を揃えられなくて諦めるヤツもその分多いんだが、運良く武具を揃えられたヤツは駆け出しとして冒険者になる。そういうヤツは貧民街から魔窟ダンジョンに通い、貧民の道近辺の市場や歓楽街を根城にするんだ」


「ウィンストンさんからその話は聞いたことがあります。ルーサーもそんな感じでした」


「そいつは貧民だったのか。まぁいい。このアディの町の貧民はそうやって冒険者稼業を始めるんだ。そして、1階での活動を軌道に乗せたヤツはカネがある程度貯まると拠点を冒険者の道近辺に移す」


「冒険者の宿屋街や貧民の工房街ですか」


「そうだ。あっちの市場は質が悪すぎるからな。命を預けるには心許なさすぎるんだよ。飯屋のメシがうまくないってのもあるが」


「わかります。1度あっちで食べたことありますから」


「物好きだなお前さん。でも、知ってるんなら話は早い。こっちだと安宿とはいえ貧民街よりマシだし、安酒場でも酒やメシはうまい。あっちよりはるかにな」


 にやりと笑ったトビーが木製のジョッキを軽く持ち上げた。ユウは苦笑いしてうなずく。


 そのまま一口飲んだトビーは木製のジョッキをカウンターテーブルに置いた。小さく息を吐いてから再び喋る。


「外から流れてきたヤツの場合は貧民の道の方には基本的に行かねぇからこの辺の話はよく知らねぇ。ま、知らなくても問題ないんだけどな」


「けれど、ここからは貧民街出身の人も外から流れてきた人も同じわけですよね」


「そうだ。更にカネを溜めて装備を充実させたヤツらは1階から2階へと上がってもっと稼ぐようになる。そうなると安宿の大部屋からパーティ単位で泊まれる宿に移り、酒場ももっといいところで飲み食いする」


「今の僕たちですね」


「そうだ。頭数が揃わない、装備が揃えられない、戦うのが苦手なんて色々理由があって半分近くが1階に留まる中、うまくやって更に稼げるようになったわけだ。おめでとう!」


「あ、ありがとうございます」


 嬉しそうに祝福してくれたトビーにユウはぎこちない礼を述べた。


 そんな聞き手の様子などお構いなしにトビーは喋り続ける。


「で、2階に上がった中で更に運と才能に恵まれたヤツらは3階に上がって更に稼ぎまくるわけだ。3階に上がれる連中は全体の1割くらいだから冒険者の中でも精鋭なんだぜ」


「でしょうね。僕も見たことがありますけど、装備だけじゃなくて雰囲気も違いました」


「だろ? でもよ、そこまで上り詰めたヤツらはみんな町の中に行っちまうんだ。別に責めてるわけじゃねぇんだが」


「活動の拠点を町の中に移すと何が違うんですか?」


「手に入る武器や防具なんかの質が更に良くなるし、大枚さえはたけるんなら、魔法の道具だって手に入るんだよ」


「まるで町の中に入らないと魔法の道具が手に入らないみたいに聞こえますけど」


「その通りさ。規制品って名目でみんなから魔法の道具を取り上げちゃいるが、町の中に移ったら買えるんだ。逆に移らないと手に入らねぇ」


「だから3階で活動する人は町の中に移るんですか」


「他にも、町の連中と交流してコネを作って、引退してギルドの幹部になったり町民になったりする目的もあるけどな。そこが面白くねぇんだよな、オレは」


「でも、それだけだったら外の僕らと縁が切れたり薄くなる理由は見当たりませんけど」


「何言ってんだお前、町の中の連中がオレたち貧民をどんな風に見てるのか知ってるだろ」


「ああ」


 そこまで聞いたユウは理解できた。確かに町民が貧民と積極的に関わることはない。立場が変われば当然それにふさわしい態度を求められるし、そのうち心変わりする者も多いだろう。最初は魔法の道具目当てで移った冒険者もいつしか町民のようになってしまうわけだ。


 つらそうな顔をしたユウがぽつりと漏らす。


「僕たちと関わろうと思わないですよね」


「そういうこった。ま、2階に比べて3階はずっときついらしいから、貧民街出身の連中は2階で稼ぐ方を選ぶらしいけどな。あっちへ行くのはここに流れ着いた連中が大半だよ」


「結局自分で何とかするしかないんですね」


「どうしてもっていうんならウィンストンの爺さんに紹介してもらったらどうだ。あの爺さん結構顔が広いから3階で活動してるヤツらを知ってると思う」


「なるほど、その手がありましたね」


「ま、お前さんなら誰かしら紹介してくれるかもな」


 良い話を聞いたユウはすました顔で木製のジョッキを呷るトビーの横顔を見た。自分たちの知り合いの伝手が届かないのであれば老職員に頼むのも悪くない。


 木製のジョッキを眺めるユウは真剣な表情のまま黙った。

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