魔窟で出会う冒険者たち

 終わりなき魔窟エンドレスダンジョンの入口近辺は多くの冒険者で賑わっているが、広大な魔窟ダンジョンの奥へと進むほどに人の姿はまばらになる。魔物を倒して魔石を手に入れるという稼ぎ方の特性上、この魔窟ダンジョンでは自然とこうなるのだ。


 では、誰とも出会わないのかというとそんなことはない。どんなに奥へと進んでも最後は入口に戻らないといけないため、自然と活動範囲は限られるためだ。出会ったときの反応は様々で、挨拶したり、情報交換をしたり、無視したりとその都度異なる。


 この日も大きな手ビッグハンズの一行は2階の大部屋に挑戦するために部屋と通路を移動していた。もはやこの辺りは敵ではないので手早く倒して進む。


「この辺りもすっかり慣れたなぁ。ユウ、他の所たまには案内してくれたらどうなんだ?」


「どこ行っても同じだよ。魔窟ダンジョンの造りはもちろん、出てくる魔物だって変わらないのは知ってるでしょ。冒険者ギルドで地図を描き写すのだって地味に大変なんだけど、代わりに描いてくれる?」


「え? いやぁ、それはぁ、まぁ、ははは」


 変化や刺激を欲しがったケネスはユウに半目を向けられて顔を逸らした。地図については今やすっかりユウに任せているため、ケネス以外でも現在位置を正確に把握している者はユウのみである。


 室内の魔石を拾い終えてから休憩していた大きな手ビッグハンズの面々は、来た通路とは別の方角の扉が開いたことに気付いた。扉を押し開けた者を先頭に次々と部屋に入ってくる。その姿には見覚えがあった。突進する猪ランジングボアだ。


 ぼさぼさの髪の毛で暗い顔をした男の後ろを歩いていた頭の禿げた胡散臭い笑みを浮かべた男が声を上げた。その声には若干渋い色が混じっている。


大きな手ビッグハンズか、おめぇら。リーダーは、てめぇだったよな。あー」


「ケネスだ。まさかこんな所で会っちまうとはな」


「まったくだ。ケネス、おめぇらどっから来たんだよ?」


「そっちの西の扉からだ」


 ケネスが指を指した扉へと顔を向けたフランクは顔をしかめた。この部屋に扉は2つしかない。つまり、どちらに行ってもしばらく魔物はいないということである。


「なんだよぉ。しゃーねーな。オレらは戻るわ」


「先に進まねぇのか?」


「空っぽの部屋に出向いてもしょーがねーだろ。それに、戻った先なら今日どこに進んだかわかってるから魔物のいる場所に行きやすいしな」


「そりゃ言えてる。じゃ、オレらも休憩が終わったら戻るわ」


「そうしとけ。じゃぁな」


 つまらなさそうにため息をついたフランクは踵を返すと元来た通路へと姿を消した。魔窟ダンジョンでは誰もが自分の思うように進んでいるため、このようなことがたまに起きるのだ。


 今の話を聞いていたユウは地図を取り出して経路を確認する。幸い、地図を描いた範囲で今日は未踏の場所はまだ多い。突進する猪ランジングボアの向かった先を想像しながら新しい経路を考える。


「ユウ、道を戻ったらすぐに魔物と戦えそうか?」


「他のパーティがいなければね。1日にそう何度も出会わないとは思うけど」


「オレもそう願いてぇな」


 声をかけたケネスが1つうなずいて水袋を傾けた。


 休憩後、ユウたち6人は一旦来た経路を戻って別の場所を目指す。期待通り直近では未踏の場所らしく魔物が襲いかかってきた。6人は稼ぎ時とばかりに次々と魔物を返り討ちにしていく。大部屋があればもちろん入って戦った。


 昼食後も同じようにユウたち一行は魔窟ダンジョン内を進んで行く。6人の連係はすっかり馴染み、陣形も有効に機能していた。後は納得のいくように大部屋を攻略できれば3階に上がれると皆が信じている。


 そんな大きな手ビッグハンズの面々が次の大部屋に向かっていると、またもや他のパーティと出くわした。とある通路で枝道から6人の冒険者が姿を現す。


 相手の顔を見たユウはその中の1人に見知った人物がいたのに気付いた。思わず声をかける。


「サンディ! ということは、怒れる大地アングリーアース?」


「ユウじゃないか! だったらそっちは大きな手ビッグハンズだな」


「ユウの知り合いか?」


「そうだよ。『青銅の料理皿亭』で知り合った人なんだ。今声をかけた人があっちのパーティリーダーのサンディだよ。サンディ、この人が僕のところのパーティリーダーのケネスです」


戦斧バトルアックスを持ってるからすぐにわかったよ。話はユウから聞いてる」


「どんな風に聞いてんだ?」


「良くも悪くも一直線ってな」


「なんだそりゃ?」


 訝しげな顔を向けてきたケネスにユウは笑顔を返した。目が半目に変わるが無言のままである。他のパーティメンバーはみんな半笑いだ。


 それを面白そうに眺めていたサンディが自分のパーティメンバーの紹介を始めた。名前だけ知っていたユウはこのとき初めて顔も知る。


 しばらく互いのパーティメンバーが談笑した。接点であるユウとサンディから聞いていた相手のパーティについて興味のある者たちが会話を弾ませる。


 ユウも何人かと話をした後、ジュードと話をしていたサンディへと近づいた。地図を持って話しかける。


「サンディ、今僕たちはここにいるんですけど、そっちはどんな経路をたどってきたんですか?」


「俺たち? えっと、そうだなぁ。ああ、この辺りかな」


「うっ、そうなんですか。これから行こうと思っていたところだったのに」


「悪いな。もう全部平らげちまったよ」


「だったら僕たちはこっちの方かなぁ」


 先程の突進する猪ランジングボアの予想経路と合わせると行ける場所が限られたことにユウは顔をしかめた。しかし、早い者勝ちなのでこの辺りは文句も言えない。


 黙って地図とにらめっこし始めたユウに変わってケネスがサンディに声をかける。


「あんたらはこれからどうするんだ?」


「一旦戻って別の場所に向かうよ。ユウの様子を見てるとこちらはあんまり魔物がいなさそうだしな」


「ま、それでもユウならうまい経路見つけてくれるさ。そういや、そっちは大部屋に挑戦してなかったんだよな?」


「ああ。最近はしてない。犬鬼コボルトのところで詰まってそれきりだ」


「そっかぁ。挑戦してるんだったら話を聞こうと思ったんだけどなぁ」


「最近はうまくいってないそうだな」


「一応全部倒せるんだけどな。ただ、3階に行くには楽勝で倒せねぇと話になんねぇらしいから、そこで困ってんだ」


「ああ、その話は聞いたことがある。だから自分たちには無理だって判断したんだ」


「なるほどねぇ」


「ケネス、あんたたちは3階でやっていくつもりなのか?」


「できればそうしたいとは思ってんだ。今より稼ぎが増えるしな」


「ということは、町の中に行きたいわけか?」


「ん? あー」


 一瞬奇妙な表情を浮かべたケネスは返答に詰まった。そのまま黙って考え込む。


 その様子を見ていたサンディは少し困惑した。1度ためらってから声をかける。


「町の中に行くつもりはないのか?」


「考えてなかったわ。3階に行くことばっかりで。その話って絶対なのか? 3階で稼ぐヤツは町の中に入るってのは」


「そういう決まりがあるわけじゃないが、みんな町の中に移ってるのは事実だな」


「なんでみんなあっちに行くんだろう?」


 ケネスの疑問にサンディは答えなかった。同じように首を傾げるばかりである。どちらも答えを持ち合わせていないようだ。


 そんな2人に対してジュードが声をかける。


「ケネス、そろそろ休憩は終わりでいいんじゃないのか?」


「おっとそうだな。それじゃ、オレたちは先に行くぜ。頑張れよ」


「ありがとう。早く3階に行けるといいな」


 互いに声援を送り合った大きな手ビッグハンズ怒れる大地アングリーアースはその場で別れた。


 その後もユウたち6人は部屋と通路を進みつつ大部屋での戦いに勤しんだ。相変わらず手応えに変化はないが負ける気はしなくなっていた。


 更にそれからも魔窟ダンジョン内で活動を続けた一行はある時点で帰ることを決める。大抵はケネスの勘や気分次第なのだが、不思議と外に出る時間に大きな差はなかった。


 とある大部屋でケネスが仲間に声をかける。


「みんな、今日は帰ろうぜ!」


「俺も賛成だ」


 ジュードが賛同すると他の5人もうなずいた。そうして6人は帰路に就く。


 1日仕事が終わった後、帰るときは緊張感もかなり薄れた。魔物も罠もない場所を通るので危険なことはないからだ。あるとすれば他の冒険者と出会うことくらいである。


 しかし、この日はその冒険者との出会いが最後の最後で悪かった。途中、3階に続く大部屋の近くを通りかかったときに運悪くウィルコックスとエルトン率いる鉄の大地ランドオブアイアンと鉢合わせる。


 突然のことだったのでユウたち6人はその場で固まった。一方、ウィルコックスたちは悠然とユウたちを無視して先に進んでいく。


 その後ろ姿を眺めながら、ユウは町の中に移ったらみんなああなってしまうのかと首を傾げた。豊かになることは良いことだがあの態度には嫌悪感を抱く。


 相手の姿が見えなくなってもユウたちはしばらくその場に立ち尽くした。

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