奇妙な取り合わせと不思議な光
5月も終わりになる頃には日の出の時間が二の刻の鐘が鳴る前よりも早い。なので、鐘が鳴るよりも早く起きることが多くなってきた。
このせいで微妙に困っているのがユウである。一の刻の鐘が鳴る頃に起きて鍛錬した後、二度寝してもすぐに目覚めてしまうからだ。寒さで震えなくなったことは良いことだが、何とも痛し痒しである。
そんなユウの事情などお構いなしで他の仲間たちはいつも通りに起きていた。毎回ケネスが一番最後に目覚めるのだが、準備にかかる時間が最も短いのであまり影響はなかったりする。
出発の準備が整うとユウたち4人は宿を出た。今日も良い天気で快晴の下、路地を歩く。冒険者の道に出ると足を北に向けた。東から降りかかる朝日を浴びながら
仲間と話をしながら歩いていたユウは換金所に差しかかった辺りで他とは違う冒険者の一団を目にした。今しゃべっているハリソンへと話を振る。
「ハリソン、あの人たちって周りよりも装備が良さそうだよね」
「あれはたぶん町の中の冒険者だろうな。3階で活動してるんだろう」
「前に出会ったウィルコックスっていう貴族の周りにいた冒険者みたいだね」
「朝から嫌なことを思い出したじゃないか。でも、そうだな」
印象の悪い貴族と冒険者たちのことを耳にしたハリソンが苦笑いした。よく見るとその冒険者たちの周囲から他の冒険者たちが微妙に距離を取っているのがわかる。
「装備は良さそうだし強そうなんだけど、ああなりたいとは思わないなぁ」
「まぁね。魔法の道具には興味あるんだけどねぇ」
背後からキャロルが話に割って入ってきた。いかにも残念そうな響きの声色だ。
そんな話をしながら
この日もいつものように
今や見慣れた場所になりつつある地域で活動を始めた
「ユウ、大部屋ってこっちの扉の先なんだよな」
「そうだよ。今日は円陣の輪を小さくして戦うから気を付けて」
「あれ戦いにくいんだよなぁ。オレはもっとこう豪快にガッてぶちのめしたいんだが」
「文句はジュードに言ってよ」
「くそ、言い返しにくい返事しやがって」
「俺はいつでも話を聞いてやるぞ、ケネス」
顔に笑みを浮かべたジュードがケネスの肩を軽く叩いた。叩かれた方は顔を引きつらせて黙る。そして、ため息をついて扉に近づいた。
こうしてこの日最初の大部屋に挑戦したユウたち6人だったが、結果は前日よりもましだったので喜ぶ。連係しやすくなり、更には背後に回り込まれにくくなったからだ。しかし、ケネスとボビーは戦いにくそうだという問題点が浮かび上がる。
試行錯誤を繰り返しながらもユウたち6人は3階を目指して戦い続けた。わずかずつでも手応えを感じつつ大部屋での戦いを重ねてゆく。
何度目かの大部屋での戦いを終えた
とある通路で魔石を拾い集めた一行は部屋に続く扉の前に集まった。するとすぐに扉に手をかけたケネスが振り向く。
「よし、行くぞ。次も景気良くぶちのめしてやろうぜ!」
元気な返事に気を良くしたケネスは勢いよく扉を開けた。そうして武器を構えながら部屋に入ったが魔物の姿は見当たらない。気合いを入れていたケネスは肩の力を抜いた。
その隣で
「あれ、人がいる?」
「確かにいるな。げっ、あいつらは」
目算で10人以上が部屋の隅に集まっていたのをケネスも認めたとき、口から苦々しげな声が漏れた。藍色の上質なローブを身につけたウィルコックスと陰鬱な顔のエルトン率いる
まったく良い印象のない貴族と冒険者パーティにケネスとボビーは眉をひそめた。しかし、ハリソンはもう1組のパーティに気付いて顔をしかめる。
「ガスだと? なんであいつらが町の中の連中と一緒なんだ?」
「こりゃロクでもないねぇ」
キャロルも渋い顔をしていた。貴族と町の中のパーティと貧民出身のパーティが一緒にいること自体まずない事態だ。それがあり得ている真っ当な理由が思い付かなかった。
扉の前で立ち止まったユウたち6人はそのまま動けなかった。どうするべきか迷っていると先にガスたちが動く。
思わず
「喧嘩での仕返しでもする気なのか?」
喧嘩に負けたことを根に持ってやり返すということは珍しくなかった。大抵はもう1度喧嘩をして勝つことを目指すのだが、中には闇討ちなど相手を叩き潰すだけを目的に襲いかかってくる輩もいる。なので、冒険者ならば
ところが、ガスたち6人は武器を構えるどころか戦う意思すら見せない。ただにやにやと笑いながら近づいてくるだけだ。そうして真横を通ってゆく。
「はっ、命拾いしたな、てめぇら」
馬鹿にしきった笑顔をユウたち6人に向けたガスがそう言い捨てると、前を向いて扉の向こうへと去って行った。
その間にウィルコックスやエルトンたちも動く。ユウたちを睨みはしたものの声すらかけずにガスたちとは別の扉から出て行った。こうして部屋には
相手の様子を最後まで無言で窺っていたユウは呆然としていた。室内にいるのが自分たちだけになると他の仲間は騒ぎ始めたがその輪には入らない。
エルトンとガスの懐から淡い光の線が出ていて繋がっていた。ウィルコックスたちがその線をまったく気にしていなかったのはもちろん、自分の仲間もまったく気付いていないことを知ってユウはあれが魔法由来だと気付く。
最初は何かの見間違いかとユウは思っていた。しかし、ガスが近づいて来るにつれてエルトンとの距離が開き、その淡い光の線が長くはっきりと見えるようになって確信したのだ。
古代遺跡で古代人に自分の中の精霊の存在を教えてもらって以来、その手の不思議な現象はできるだけ受け入れるようにしていた。問題なのは、自分以外には誰にもわからないので説明のしようがないという点である。
ウィルコックスとエルトン、それにガスが姿を消したことで淡い光の線も見えなくなった。徐々に壁へと淡い光の線が消えていったその様子は幽霊を連想させる。
最後に淡い光の線が消えた壁をぼんやりと見ていたユウはケネスに肩を叩かれた。我に返ったユウが振り向く。
「あれ、どうしたの?」
「いやどうしたじゃねぇよ。何をそんなにぼんやりとしてんだ。大丈夫なのか?」
「うん、平気だよ。嫌な人が揃い踏みだったから緊張しちゃって」
「やっぱユウもそう思うよな! ホント、いけ好かねぇ連中だぜ、あいつら!」
「でも、なんでガスって人が貴族の人と繋がりがあるのかな」
「それがさっぱりわかんねぇんだよなぁ。ハリソンもキャロルも何も思い付かねぇって」
「逆に貴族の人やエルトンたちはガスと付き合って何かいいことがあるのかな?」
「そっちもさっぱりなんだよ。ま、ぜってぇロクでもねぇことだって点はみんな意見が一致してるけどな」
相手に良い印象がないので仲間内での評価も厳しかった。ユウも意見は同じなので黙ってうなずく。
そこでユウは自分が目にした不可思議なことについて試しに聞いてみることにした。目の前のケネスに問いかける。
「ケネス、あの人たちの中で何か変わったところってなかった? なんて言うか、こう、光ってたとか」
「光ってた? いや、怪しいとは思ってたが、他は普通に見えてたな。何でまた?」
「あー、ほら、あのウィルコックスって人、魔術師ギルドの人じゃない。だから何か魔法でも使っているんじゃないかって思ったんだ」
「なるほど。けど、別になんにも見えなかったなぁ。みんなはどうだった?」
振り返ったケネスが他の4人に声をかけた。誰もが顔を見合わせ、少し話をしてから首を横に振る。
やはり自分以外ににはあの淡い光の線が見えていないことをユウは知った。これでは現時点では説明が難しい。
相手は何かしらの魔法の道具を持っていると思いつつも、ユウは当面黙っていることにした。
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