頭打ちになるパーティ

 休養日の翌朝、6人はいつものように魔窟ダンジョンへと入る準備をしていた。前日はばらばらに行動していたので各人が何をしていたのかを話しながら体を動かす。忙しいながらものんびりとした時間だ。


 魔窟ダンジョンの3階に上がることの難しさを知ったユウは、そんな出発前の時間にウィンストンから聞いた話を仲間にも伝える。さすがに5人もいると誰かしらが耳にしている情報ばかりであったが、すべてを知っている者はいなかった。


 これに頭を抱えたのはケネスである。近く3階で活動できると信じていたところ、そう簡単ではないことを知ったからだ。大きなため息をついて心情を吐露する。


「なんだよぉ、せっかく更に稼げると思ったのによぉ」


「事前にわかっただけでも良かっただろう。少なくとも備えてから上がることができるんだからな」


「そうは言うけどよジュード、備えるっつったって何をどう備えるんだ? 連係を密にして陣形を整えるだけじゃどうにもなんねぇんだろ?」


「3階の地図を描き写すのはもちろん、どんな魔物がいて、どんな罠があるのかも調べないといけないな。実際に3階で活動している冒険者に話を聞くのが一番だが」


 喋りながらジュードはユウとハリソンに目を向けた。どちらも何を求められているのかすぐに気付く。


「地図を描き写すのは元々やっているからいいとして、魔物と罠のことについては資料室に何かあるか僕が調べておくよ」


「頼む。オレたちは文字が読めないからな。地図の絵ならわかるんだが」


「それは仕方がないよ。ジュードたちが悪いんじゃないんだし」


「改めて知り合いに3階の話を聞いて回ろうとは思うが、あんまり期待できないだろうな」


「どうしてなんだ、ハリソン」


「3階で活動できるやつは元々数が少ないってのもあるんだが、みんな町の中に拠点を移すから縁が薄くなったり切れたりするんだよ」


 喋るハリソンの表情は少し硬かった。返答を聞いたユウの他、ケネスとジュードは意外そうに目を見開く。貧民出身の者が町の中に移れる事例は確かにあった。しかし、それは珍しいことでもあるのだ。


 驚きつつもケネスが尋ねる。


「冒険者が町の中に拠点を移すのかよ? 町の中の連中が嫌ったりしねぇのか?」


「たぶん嫌ってるだろうな。けど、それ以上に3階で活動できる冒険者は利用価値があるんだと思う。実際、規制品である魔法の道具を持って帰れるのはあいつらなんだし」


「ああなるほど、囲ってるわけか。でも、縁が薄くなったり切れたりするってのはどういうことだ? 町の中に入ると考え方が変わっちまうのかよ」


「大体そんなところだ。オレたちだって稼ぎに応じて色々と変えるだろう。それが更に変化するんだよ。だから、町の中に移ったヤツとは付き合いがなくなるんだ」


「かぁ、世知辛いねぇ」


「ただ、聞いた話だと、町民は町の中に移った冒険者が外のオレたちと仲良くするのを嫌がるそうだから、意識的に知り合いと距離を置く冒険者もいるらしい」


「今の生活を取るってわけか。なんだかなぁ」


 嫌そうな顔をしながらケネスは干し肉を囓った。もう他の準備は済ませて寝台に座っている。口を動かしながらキャロルとボビーに顔を向けた。


 同じく貧民街出身のキャロルが言いづらそうに口を開く。


「俺のところも同じ。あと付け加えておくと、3階に上がる冒険者はよそから来た冒険者が多いらしい。俺たちのような貧民街出身の冒険者は生活のためにやってる奴が多いから、充分稼げる2階に留まるのが大半なんだ」


「あーそういうことか。他の町から来た連中は元々周りの縁なんて薄いからな。そりゃ付き合う相手を簡単に変えられるわけだ」


 事情を知ったケネスは気の抜けた様子でうなずいた。自分もこの町に流れ着いただけに理解できる話だからだ。


 その後も話は続いたが、結局やれることをやるしかないという結論に落ち着いた。次いでたわいない話に移り、やがて魔窟ダンジョンへ出発する。




 日々生活のためにも魔窟ダンジョンで活動しないといけない。しかし、その中でも更に強くなるよう各個人が努力していた。


 新しく買った丸盾ラウンドシールドを身に付けたユウは以前より少し大胆に戦うようになる。守りを盾に任せることでより積極的に攻撃するようになったのだ。これにより、相手にできる魔物の数がいくらか増えた。


 他方、ハリソンもまた盾を買った1人だ。こちらはユウよりも動きを重視しているので小丸盾スモールシールドである。1度に相手をする魔物の数に変わりはないが、より早く倒せるようになった。


 2人の様子を見たケネスが若干窺うような様子で仲間に声をかける。


「ジュード、この状態で大部屋に挑んでみるか?」


「前よりも良く連係できるようになったし、ユウとハリソンの装備も良くなったから、小鬼ゴブリンの大部屋はいけるだろう。ただ、犬鬼コボルトの方はやってみないとわからんな」


犬鬼コボルトの方の大部屋に挑戦してみようぜ。今の状態で勝てるかどうかを知っておきてぇんだ」


 魔窟ダンジョン内のとある部屋の中でジュードが黙った。前者の大部屋は魔物が20匹から25匹、後者の大部屋は30匹以上だ。


 誰も声を上げない中、ユウがケネスに提案する。


「まず小鬼ゴブリンの大部屋に行こう。ここで前よりも楽に戦えたら、次に犬鬼コボルトの大部屋に行ったらどうかな」


「なるほどな。まぁそれでもいいか。他のみんなはどうだ?」


「いいんじゃないのか。今の俺たちの状態がどんなものかそれでよくわかるだろう」


 ジュードが賛成したことでパーティの方針が定まった。地図を見ながらユウの案内で小鬼ゴブリンの大部屋へと向かう。


 前とは違うが同じ小鬼ゴブリンが現れる大部屋にたどり着いた一行は陣形を整えるとすぐに中へと入った。すぐに襲いかかって来る小鬼ゴブリン小鬼長ホブゴブリンとの戦いが始まる。


 連係の精度、陣形の熟練度、そして装備の更新は確かに効果があった。うまく連係することで魔物の集団の圧力を調整し、陣形がその体勢を支え、新しい武具がその期待に応えてくれる。6人パーティとしての大きな手ビッグハンズとしては一応完成したと見做せた。


 手応えを感じたのはケネスだけでない。ジュードもキャロルもボビーも同じである。


「いい感じじゃねぇか。これなら犬鬼コボルトの方もいけるだろ!」


「俺もそう思う。1度挑戦してみるのも悪くないな」


「正直少し怖いが、まぁいずれはやることだしね、ボビー」


「ん。やってみる」


 しかしその一方で、ユウとハリソンは不安げな様子だった。ハリソンに近寄ったユウが小声で話しかける。


「どう思う? 僕はかなり苦戦しそうに思うんだけれど」


「オレも同じだ。確かにオレたち2人が前より戦えるようになったが、それだけで30匹以上の魔物をどこまで相手にできるかだな」


「ハリソンが前のパーティでやられた大部屋って犬鬼コボルトの方なの?」


「そうだ。だから過剰に不安になってるのかもしれん」


 不安そうにケネスたちを見守るハリソンにユウはそれ以上声をかけられなかった。そうして、老職員の話を思い出す。今のこの大部屋でも楽勝で勝てたわけではないので、どのみち3階に上がるのはまだ先であることは確信できた。


 ともかく、大きな手ビッグハンズの一行はもう1種の大部屋に向かう。いつものように陣形を整えると扉を開いて中に入った。


 迎え撃ってきたのは犬鬼コボルト上位犬鬼ハイコボルトだ。それが何十匹も一斉にユウたち6人へと襲いかかってくる。


「ああ、クソ! こいつぁ、きついぜ!」


「ふん!」


 前衛であるケネスとボビーが最初に会敵すると魔物の圧力が強いために顔をゆがめた。いつもならそれでも前進するのだが今回は立ち止まって戦っている。


 中衛であるジュードとキャロルも魔物の多さに苦戦していた。連係どころではなく、まず自分の身を守らないといけない。声を出す暇もなかった。


 前の4人がこのような状態なので後衛であるハリソンとユウも状況は変わらない。魔物の圧力は前衛よりも若干ましだとはいえ、それでも数の暴力に曝されていることに変わりはなかった。後ろに敵を通さないなどと言う余裕は最初からない。


「駄目だこれは! 逃げよう! ケネス、ボビー、早く下がって!」


「畜生!」


 小鬼ゴブリンよりすばしっこい犬鬼コボルトに群がられたユウたち6人は必死に後退した。幸い、扉から近かったところなので何とか全員が大部屋から通路へと逃げ込む。


 荒い息をした6人は床に座り込んだ。扉の向こうでは魔物たちがユウたちを見て盛んに騒いでいる。しかし、扉から先には決して向かおうとはしない。


 今まで色々と対策や工夫をして進んで来た大きな手ビッグハンズの面々だったが、ついに大きな壁にぶつかった。今までの延長線上ではどうにもならない領域があることを思い知る。


 ようやく荒い息が収まってきたユウは仲間へと目を向けた。誰もが疲れ果てていた。同時にすっかり自信をなくしているようにも見える。


 それは自分も同じだと思ったユウはため息をついた。

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