第11章 やり過ぎた者たちの末路

飛び交う噂

 アディの町の西側にある冒険者の歓楽街の一角に『青銅の料理皿亭』はある。表通りである冒険者の道に面した平屋の酒場で客の大半は終わりなき魔窟エンドレスダンジョンで活動する中堅冒険者だ。この日も盛況で中はほぼ満席であり、六の刻の鐘が鳴り終わった後は更に騒がしい。


 そんな店内のカウンター席に2人の男の姿があった。1人は黒目黒髪でやや平べったい顔の青年だ。まだ少年の面影をいくらか残している。もう1人は茶色の髪の毛を短くした精悍な顔つきの男だ。


 最初はお互いに近況を話していた2人だったが、飲んでいるうちに黒目黒髪の青年の話が多くなっていった。所属する冒険者パーティについてである。


「こんな風に、今の僕たちは2階の大部屋で足踏みをしているんですよ」


「よく聞く話だなぁ。ユウのところはそこまで駈け足でたどり着いたから、普通よりももどかしく感じるのかもしれん」


「サンディのところはどうなんです? 3階には行かないんですか?」


「今のところはないかな。犬鬼コボルトの大部屋できつくなるくらいだし、今が一番安定して稼げてるからしばらくはこのままでいいと思ってるんだ」


「なるほど。僕たちのところも2階だと安定して稼げるんだから、それでもいいのかもしれないですよね。でもリーダーが3階に行く気満々だからなぁ」


「上を目指すのはいいことじゃないか。誰も行かなくなるとそれはそれで困るんだから」


「それはそうなんですけど、歯ごたえのある敵と戦いたいわけでもないですし、僕」


「安定して稼ぐならやっぱり2階だよな。それこそ魔法の道具でも欲しがらないかぎりは」


「どうせ換金所で取り上げられちゃいますけどね」


「おっとそうだった」


 楽しそうに笑ったサンディが木製のジョッキを傾けた。うまそうに喉を鳴らす。


 同じように木製のジョッキに口を付けたユウは空であることに気付いた。振り向いて近くにいた給仕女に声をかける。


「ヴェラさん、エール1杯ください!」


「はーい! お代用意しといてよー」


 ちらりとユウへ目を向けたヴェラは短く返事をするとそのまま別テーブルへと向かって行った。それを見送ることなくユウは姿勢を戻す。


 その様子を見ていたサンディがわずかに目を見開いた。それから顔を寄せてユウに尋ねる。


「なぁ、ユウって最近ヴェラと仲良くねぇか?」


「別に普通ですよ。パーティメンバーとほぼ毎晩ご飯を食べに来るんで、顔を覚えられているだけじゃないですか?」


「ほぼ毎晩来てんのか。メンバーの誰かが女の子のうちの1人に気があるとかか?」


「いやそういうわけじゃないと思います。きっかけは確か、リーダーとその相棒が1回ここで食べて気に入った、だったっけ。そんな感じでしたよ」


「微妙だなぁ。よし、推定有罪にしとこう」


「ひどいですね」


「酔っ払ったサンディの言うことは真に受けちゃダメよ。はい、エール」


 呆れていたユウの目の前に新しい木製のジョッキが差し出された。顔を横に向けると笑顔のヴェラがいる。代金を支払うとそのまま去って行った。


 その後ろ姿を目で追ってからサンディがユウへと顔を向ける。


「いいケツしてるぜ。あ~あ、仲良くなりてぇなぁ」


「酒場が暇なときに行って話をしたらいいんじゃないですか?」


「もう何度もやったよ。けど効果なしなんだ。はぁ、魔法の道具でこうちょいちょいっといい感じにできたらなぁ」


「そういうのを見つけても内緒にしておかないといけないですね」


「ひっでぇなぁ。ちょっとくらいいいだろう。俺たち友達じゃないか」


「その友達を犯罪者にしたくはないですからね」


「かぁ、マジメだねぇ!」


 首を横に振りながらサンディがため息をついた。しかし、ユウは動じず、そのまま目の前の皿からソーセージを摘まみ上げて囓る。少し冷めているが充分うまい。


 その間に口を湿らせたサンディが何かを思い出して急にユウへと声をかける。


「そうだ。ユウ、こんな話を知ってるか? 1階の出現品に魔法の道具が出てくることがあるって話なんだが」


「1階に魔法の道具ですか? 聞いたことないですけど」


「数年に1回くらいの割合で出てくることがあるらしい」


「いくら何でも気長すぎませんか? それだったら普通に2階に上がって稼いだ方がいいような気がするんですが」


「まぁな。たまに出ては消える噂で、2階に上がれない冒険者たちの願望だって俺も聞いた。もっとも、手に入れたところで換金所で取り上げられるのがオチなんだけどな」


「ですよね」


 耳を傾けながらユウはうなずいた。


 人数が少ない、装備が不充分などの理由で1階に留まっている者たちは少なくない。そんな者たちにとって魔法の道具は一種の憧れになっている。噂を聞いた者たちはその憧れが噂になったのだろうと推測し合っていた。


 一方、今度はユウからサンディへと話を振る。


「僕は魔窟ダンジョンから戻って来ていないパーティの話が気になりますね。これは自分もいつそうなるかわからないですから」


「確かになぁ。3階で活動するような冒険者でも死んじまうんだもんなぁ」


「それだけ危険だってことなんでしょうけど。そんな人だって、ずっと2階で活動していたら死なずに済んだろうにって思うとちょっとこう、ね」


「まぁなぁ。けど、今更俺だって下の階で稼ぎたいとは思わないしなぁ」


 そこからは具体的なパーティ名がいくつか出てきた。お互い知っている名前もあれば、知らない名前もある。つい先日消息を絶ったところならまだ一縷の望みはあるが、1ヵ月以上前となるともう希望は持てなかった。


 少ししんみりとしたユウとサンディだったが気を取り直して話を再開する。


「そうそう、ある意味もっとヤバい噂もあったな」


「どんな話なんですか?」


「1階に3階の魔物、2階に4階の魔物が現れる部屋があるらしいんだ。冒険者の方は当然小鬼ゴブリン犬鬼コボルトだと思って部屋に入るそうなんだが、そんな思い込みで戦ったら最後、悲惨な結果になっちまったって噂だ」


「なんていうか、素直には信じられませんよね。僕も結構魔窟ダンジョンに入って活動しましたけど、そんな部屋なんて見たことないですよ」


「俺だってないさ。それに、これは噂話だしな。ただ、帰ってこない冒険者パーティのうち、どれかはこれにやられたんじゃないかって話もある」


「でも、噂話にしては具体的な部分がありますよね。1階に3階の魔物、2階に4階の魔物って」


「そうなんだよな。1階に2階の魔物、2階に3階の魔物だったら話はわかるんだが」


「ん? ああ、落とし穴から落ちてきた魔物ですね」


「その通り。更にもう1階上の魔物だなんてな。意味がわからん」


「もしかしたら、そこから話がねじ曲がったのかもしれませんよ。噂が広まる途中で」


「なるほどな。だったら数字が具体的なのもつじつまが合うか」


 逆さにして飲みきった木製のジョッキをカウンターテーブルに置いたサンディが唸った。もう6杯目だが飲む速度は変わらない。


 近くにいた給仕女にエールを注文したサンディは豚肉をナイフで薄く切って手で摘まむ。そして、それを口に入れてうまそうに噛んだ。手の油をなめながらユウに目を向ける。


「魔物って言えば、こんな面白い話があったなぁ。魔法の道具を持ち歩く魔物ってのが」


「また胡散臭いですね」


「まぁそう言うなよ。この噂はな、何組かのパーティが見たって話なんだ。魔物の群れを見るとそいつ1匹だけ他のと違って、そいつが魔法の道具を持ち歩いてるらしいんだ」


「言いたいことはありますけど、とりあえず全部聞きます」


「そうこなくちゃな! それで、いざ戦いが始まると他の魔物に紛れて消えちまうってぇんだ。別の部屋や通路に移動しない魔物がどうやって消えるのかは謎なんだけどな」


「それ絶対見間違いだと思いますよ。大体、それ何階の話なんですか?」


「さぁ、それは聞かなかったなぁ」


「1匹だけ違うって言いますけど、毎回同じ魔物なのか、それとも違うのかどっちなんです?」


「うーん」


「あとこれが一番謎なんですけど、何でその魔物が魔法の道具を持っているってわかるんですか?」


「え? そりゃぁ、こう、手に持ってるからじゃねぇのか?」


「魔法の道具って見た目からしてそいうものだってわかるような物なんですか? 僕はそういえば、魔法は見たことがあるけど魔法の道具はまだないなぁ」


 遺跡で不思議な体験をしたことのあるユウではあるが、意外にも魔法の道具とはまだ縁はなかった。今のところ進んで欲しいとは思わないものの、1度は目にしたいと願う道具である。


 返答に窮したサンディが首を傾げた。ユウも眉を寄せて黙る。そうして2人の周囲にだけ沈黙が訪れた。しばらくそのままだったがサンディにエールが届けられたことでまた話が再開される。


 その後は半分酔っ払いながらよくわからない話が続いた。

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