魔窟の3階に上がるために

 6人パーティになった大きな手ビッグハンズは3階に上がるために2階の大部屋へと挑戦した。いつもより数の多い魔物であってもすべて倒すことができた面々だが、同時に課題も浮かび上がる。


 この問題を解決するまでは3階に上がれないことを知った6人は当面2階で試行錯誤することになった。ケネスなどは不満そうだったが仕方がないと諦める。


 自分にも解決するべき課題があることを認識したユウはその問題解決について取り組んだ。まずはできるところから手を付けていく。


 とある休養日、ユウは用意を済ませると宿を出た。冒険者の宿屋街を出ると冒険者の道を南に向かって歩く。貧民の工房街に差しかかると少し汚れた石造りの平屋に入った。防具工房『岩蜥蜴の皮』だ。


 採光の窓が小さいため薄暗い。作業場と棚がほぼ一体で手入れのなされた盾が壁に立てかけられ、鎧がその手前に陳列してある。


 ユウが中に入ると、すぐに色あせた角刈りの金髪の四角い顔をした男が顔を向けてきた。前と同じく不機嫌そうな表情である。


「あんたは確か前にも来たことがあったな」


「ユウです。パーシヴァルさんですよね、ここの親方の」


「そうだぞ。何か用か?」


 椅子から立ち上がったパーシヴァルがぽっこりと突き出た腹を抱えながらユウの元へやって来た。


 ゆっくりと近づいてくる防具工房の親方にユウが用件を告げる。


「防具を買いに来たんです。盾を買おうと思っているんで見せてください」


「まだ持ってなかったのか?」


「はい。今は2階で活動しているんですけれども、3階に行くとなるとさすがに厳しいかなと思いまして」


「そりゃ厳しいんじゃなくて無謀っていうんだ。まぁいい。こっちだ」


 パーシヴァルが顔を向けた先にはいくつかの盾が立てかけてあった。店内で最も大きな盾である凧型盾カイトシールドから最も小さい小丸盾スモールシールドまで揃っている。


「単に大きければいいというわけじゃないからな。自分の戦い方にあった盾を選ぶといい」


「大きいのは重そうだし、小さすぎるのは頼りなさそうだし」


「どっしりと構えて戦うんなら多少重たくなっても大きい方がいいし、動き回るのなら軽くて小さい方がいい。視界を遮ることもないしな」


 親方の話を聞きながらユウは盾を眺めた。たまに手に取って振り回してみる。


 戦い方に関してユウの場合、動き回ることが多いのは確かだ。これはいままで盾を持たずに戦っていたからともいえる。今も基本的に動いてはいるのだが、仲間の立ち位置の関係上動けないときがあった。こういうときは剣で受け止めたり受け流したりしているものの、やはり盾が欲しいと思うことも多い。


 色々と考えてみると、ユウは周りに会わせて戦っていることが多いのでなかなか判断が難しいことに気付く。大きくても小さくても問題がありそうな気がした。


 散々悩んだ末にユウは口を開く。


丸盾ラウンドシールドをください。たぶんこれが一番僕に合っていると思います」


「一番使われている盾だな」


 要所を皮革で補強した木製の盾だ。これで防げるのかというとなかなか侮れない防御力がある。また、受け流すのはもちろん、剣の突きをわざと貫通させて引き抜きにくくし、その間に相手の腕を切るという使い方もできるのだ。もちろん、魔窟ダンジョンの2階までの魔物の攻撃ならばこれで充分に防げる。


「銀貨2枚だ。これで安心して稼げるな」


「これからも頑張って活動しますよ」


 代金を支払ったユウは立てかけてあった丸盾ラウンドシールドを手に取った。


 その後しばらく雑談をしてから防具工房を出たユウは一旦宿に戻って盾を部屋に置き、次いで冒険者ギルド城外支所へと向かう。目指すは資料室、の前に受付カウンターの列に並んだ。


 順番が巡ってくると、そばかすのあるやや頼りなさそうな受付係のトビーに挨拶する。


「トビーさん、お久しぶりです」


「珍しいな。最近来てなかったのに。何の用だ?」


「ウィンストンはいますか?」


「いるよ。ウィンストンの爺さん、こっちに来てくれ!」


「トビー、てめぇまた何かしくじったのか?」


「最近はそんなヘマなんてしてねぇって。ユウだよ。相手をしてやってくれ」


「ああ?」


 しわくちゃで偏屈そうな顔をした白髪の老人がトビーの隣にやって来た。割と良い体格をしており、トビーよりも明らかに強そうに見える。


 老職員の鋭い眼光を受けたユウだったが既に何度も経験済みなので自然体だ。そのまま見返していると声をかけられる。


「何の用だ?」


「3階について聞きたいんです。もしかしたら近々行くことになるかもしれないので」


「初めて会った頃に比べりゃ随分と順調だな。まぁいい。ついて来い」


 背を向けたウィンストンに続いてユウは受付カウンターの南端にある階段を登った。


 2階には階段の脇から東西に伸びる通路の北側にはいくつもの木製の扉があった。それ以外は飾り気のない殺風景な石の表面が見えるばかりだ。


 階下の喧騒を耳にしながらユウはウィンストンに続いて部屋に入って扉を閉めた。狭い打合せ室だ。


 奥の丸椅子をたぐり寄せた老職員がそれに座り、顎でユウにも勧める。ユウはテーブルを挟んでウィンストンの正面に座った。


 わずかな沈黙の後、ウィンストンが口を開く。


「3階についてか。質問としちゃ漠然としすぎてるな。もっと具体的なことはねぇのか?」


「2階までとの違いとか、どんな魔物がいてどんな罠があるとか、かなぁ。まだ2階の大部屋で四苦八苦している状態なんで、とりあえず何か知っておこうっていう感じです」


「大部屋で立ち往生してるのか」


「一応魔物は全部倒せるんですが、それは小鬼ゴブリンの方で犬鬼コボルトの方はまだちょっとできないんですよ。数が多すぎて」


「それじゃ話になんねぇなぁ。2階の大部屋の魔物を楽勝で倒せるようになっておかないと、3階に上がってすぐに死んじまうぞ」


「そんなに魔物が強いんですか?」


「2階までは小鬼ゴブリン犬鬼コボルトばっかりだが、3階になると急に魔物の種類が増えやがんだよ。数はさすがに似たようなもんだが」


「うっ、その種類の増えた魔物っていうのは、当然小鬼ゴブリン犬鬼コボルトよりも強いんですよね?」


「もちろんだ。だから2階のノリで3階に行くと死ぬぞ」


 思わぬ話を聞いたユウは息を飲んだ。もう少し何とかすれば3階に行けると考えていたが、そう簡単にはいかないことを知る。ケネスの不満顔が目に浮かんだ。


 肩を落としたユウは気を取り直して質問を続ける。


「罠はどうなんですか? 資料室で描き写した地図に色々と罠のことも書いてありましたけど、実際のところを知りたいです」


「罠そのものは大体2階と同じものだ。ただ、魔物が強くなってる分だけより厄介な仕掛けに変化しちまってるがな」


「どういうことです?」


「例えば、同じ仕掛け矢があったとして、楽勝で勝てる魔物と戦ってるときに飛んでくるのと、魔物とぎりぎりの戦いをしてるときに飛んでくるのとじゃ全然違うだろ。まぁ、当たっちゃ大怪我をするって意味じゃ同じなんだが、強い敵と戦ってるときに不用意な行動を強いられたらそれだけ負ける可能性は高くなるわな」


 どんな強力な罠があるのかと身構えていたユウは目を見開いた。罠自体が2階と同じでも魔物の強さが変化することでその脅威度が上がることは考えていなかったのだ。


 黙るユウに対してウィンストンが更に話を続ける。


「他にも、魔物から逃げてる最中に罠に引っかかってやられることもある。タチの悪いことに、最初通ったときには何も起きなかったのに、引き返してきたときに動く罠もあるからな。これなんぞ、明らかに逃げる冒険者を狙ってやがる」


「うわぁ。あれ? でも3階の罠って2階と大体同じなんですよね。2階にそんな罠なんてあったかな?」


「2階にもあるぞ。ただ、2階だとその系統の罠が動く機会がずっと少ないだけだ。何しろ、例えば通路に仕掛けられてる場合だと他の部屋に入らず引き返したら作動するんだ。1階から上がったばかりのパーティでもなけりゃ魔物に負けて引き返すなんてことにはならねぇから、地図に書かれていることもあまりないんだよ」


「え、2階の地図ってあれで完璧じゃないんですか!?」


「そりゃ動かない罠の存在なんぞ誰も知らねぇからな。儂だって大体見逃しちまってるだろう」


「でも、魔物が強くなる3階では動く機会が多くなるから、よく見かけるようになるというわけですか。さっき言っていた、魔物が強くなっている分だけより厄介な仕掛けに変化しているというやつですか」


「ああ。まったく、タチの悪い野郎が作った魔窟ダンジョンだぜ」


 その後もユウは3階についての話をウィンストンから色々と聞き出した。最後は情報料を支払って終わる。少し高い値段だとは思ったが、知らないと困る話ばかりだったので文句は言えない。


 聞いた話を思い返しながらユウは今後どうするべきか考えた。

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