快癒祝いからの合流
暦は5月になり、季節は春真っ盛りだ。日の出は二の刻の鐘が鳴ってすぐ、日の入りは七の刻の鐘の少し前と日中が長い。
ユウがアディの町へやって来てもうすぐ3ヵ月になる。当初とはすっかり変わって懐は温かい。パーティメンバーともうまくやれている。理想的な日々だ。
ある休養日、ユウは二度寝の後に三の刻の鐘で起きて机の前で干し肉を食べていた。ケネスはいつも通り寝ており、ハリソンは既に外出している。
干し肉をほとんど食べ終わったユウが水袋に口を付けていると、ジュードが部屋に戻ってきた。そうしてユウをちらりと見て寝台へと向かって歩く。
「ユウ、もう出るのか?」
「うん。六の刻の鐘が鳴る頃に『青銅の料理皿亭』へ行けばいいんだよね」
「そうだ。ちゃんと腹は空かせておくんだぞ」
「大丈夫だって。いつもお腹は空いているから。それじゃ、行ってくるね」
最後の干し肉のかけらを口に入れたユウは立ち上がると部屋を出た。今日は特別な用事は何もない。よって、いつも通り冒険者ギルド城外支所と裁縫工房『母の手縫い』を巡るだけだ。
足取りも軽くユウは階段を降りた。
この時期だと六の刻の鐘が鳴る頃は日が沈む気配はない。冒険者の歓楽街の路地も充分明るい。それでも喧騒は大きくなる一方だった。
気だるい疲れを感じながらユウはその路地を歩いて行く。すっかり馴染みの店になった酒場はもう近い。表通りである冒険者の道に出た。見知った石造りの平屋が目に入る。中はいつも通りほぼ満席だった。店外以上に騒がしい。
各テーブルへ目を向けたユウは奥の方に見知った顔を見つけた。向こうはまだ気付いていないようなので黙って近づく。
すっかり近づいてからユウは5人に声をかける。
「もうみんな揃っているんだね。僕が最後なんだ」
「おう、おせーぞ、ユウ! もう先に始めちまってるぜ!」
「真っ先にエールを頼んで飲み始めてたよな、お前」
「へへ、ジュードだって続いて飲んだだろう!」
「ユウ、そこの空いてる席に座ってくれ」
木製のジョッキを片手に持ったハリソンが空いている丸椅子に目を向けて勧めた。ユウはそれをたぐり寄せて座る。
「久しぶりですよね。えっと、キャロルさんにボビーさん。そういえばまだ名乗ってませんでしたよね。僕はユウです」
「俺はキャロル、
「おれはボビー、
「うん。けど、まさか2人と一緒に飲む日が来るなんて思わなかったな」
「たまたま俺たちとケネスに共通の知り合いがいたのがわかってね、それで一緒に飲まないかって誘われたんだ」
「前に酒場で大喧嘩したパーティと同じだって聞いたときは驚いた」
「うっ」
あまり感情を表さないボビーにほぼ無表情で言われたユウは言葉に詰まった。心当たりがあるため目を逸らし、ちょうどやって来た給仕女にエールを注文する。
3人の自己紹介が終わるとケネスが木製のジョッキから口を離した。そうしてキャロルとボビーに顔を向ける。
「それにしても、怪我がちゃんと治って良かったぜ。これでまた稼げるってもんだろ」
「そうだね、と言いたいところだけど、簡単にはいかないんだ。何しろ前のあれで3人が死んで1人は再起不能になっちまったから。2人からやり直しなんだよ」
「あー、1人は
「そうなんだ。残念だったよ。いい奴だったのにねぇ」
残念そうな表情を浮かべたキャロルが木製のジョッキを口に付けた。
次いでハリソンがキャロルに話しかける。
「さっきの話だと、あんたらはどっちも貧民街の出身なんだろ。その伝手を使ってどこかのパーティに入ったらどうなんだ?」
「怪我が大体治ってから探してみたんだが、あいにくどこも空いてなくてね。この様子だと原っぱでパーティ探しをすることになるかもしれない」
「まぁ、あれも悪くないと思うが。オレもあそこでこのパーティに入れたしな」
「ただ、できれば2人で一緒に入りたいからな」
そこでキャロルは言葉を止めた。ちらりとボビーへと目を向ける。こちらは気にした様子もなく肉を中心に食べていた。
そんなボビーにユウが声をかける。
「早く新しいパーティに入れるといいね」
「ん。ただ、いずれは
「え、そうなの? 正式メンバーと臨時メンバーってどっちの方が誘ってもらいやすいのかな? ボビーは知っている?」
「知らない」
食べるのに忙しいのか、ボビーの返答は若干素っ気なかった。しかしそれでも、興味深いことが聞けたのでユウは少し驚く。他の
噛んでいた肉を飲み込んだジュードがキャロルに尋ねる。
「そうなのか?」
「ああ、ボビーの言う通りだ。俺が初めて結成したパーティなんで思い入れがあるんだよ」
「なるほど。そりゃ正式メンバーでは入りにくいな」
「そうか、逆に俺たちの方がメンバーを集めるという考えもある。1人ずつ迎えて人数を増やしていって、1階、2階と上がっていくんだ」
「それも1つの手だと思う。収入は減るだろうが一時的には仕方ないだろう」
「それなんだよ。あれでかなり大損したからカネがないんだ。なるべく早く稼ぎたいんだが、今のところうまくいってない」
苦笑いしながらキャロルは木製のジョッキを傾けた。飲みきると、次いで鶏肉の塊を摘まんで口に放り込む。
今までの話を聞いていたケネスが少し難しい顔をして考え込んでいた。それに気付いたハリソンが声をかける。
「ケネス、どうした?」
「ん~。いやな、もしかしたらちょうどいいんじゃねぇかって思ったんだ」
「何がだ?」
「オレたちは4人でキャロルの方は2人、オレたちは3階に行くためのメンバーが必要で、キャロルの方は早く稼ぎたい。ちょうどいいんじゃねぇの?」
「ああなるほど、オレたちのところに臨時メンバーで入ればってことか。しかし、いずれ抜けられるとまた人を探さないといけないぞ?」
「まぁそうなんだけどよ、どうせ今のところ簡単には見つかりそうにねぇんだし、やってみてもいいと思うんだ。例え後で抜けられたとしても、3階で活動した経験がありゃ、それを売りにしてメンバー募集をかけられるだろ?」
「そうか、3階で活動したことのあるヤツを募集しやすくなるわけか」
パーティ側が参加希望者に求めるものがあるように逆にも当然要求するものがあった。パーティ側がそれを持っていれば人は集まりやすいし、それだけ人を選べるようになる。
予想以上に冴えた案を披露したケネスに全員が目を見開いた。感心したようにジュードが感想を漏らす。
「酒の回ったお前の頭でそんな知恵が出てくるとは思わなかったぞ」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか、ジュード。オレだってやるときゃやるんだよ」
「いつもやっていてほしいんだが、とりあえずそれはいい。キャロル、ボビー、今のケネスの案はどうだ? こっちは文句ないんだがな」
「俺も悪くないと思う。ただ、俺達は3階で活動した経験はないよ?」
「ん。おれもない」
若干不安そうな顔でキャロルとボビーは
「大丈夫だって。オレたちにもねぇから。それより、もし2人が入ってくれたら3階を目指すことにするが、それもでいいか? ずっと2階で活動したいってのは困るんだ」
「それは構わない。俺たちだっていつかは3階に行きたいと思っていたしね。むしろ好都合だ。なぁ、ボビー」
「ん。稼げるんならいい」
「よっしゃ、それじゃ決まりだぜ!」
自分の提案が受け入れられたケネスは上機嫌に木製のジョッキを突き上げた。中身が少しこぼれるが気にしていない。ジュードも嬉しそうにうなずいている。それはキャロルとボビーも同様だ。
事の経緯をずっと見ていたユウは感心していた。お互いの目的がきれいに噛み合った瞬間を目の当たりにしたからだ。実に気持ちが良い。そして、そこであることに気付く。
「キャロルたちもメンバーを募集するときは3階での活動経験ありって言えるんだよね」
「確かにそうだね! それはいいことを聞いた。メンバー募集のときには使うとしよう」
「まずは3階に行かないといけないけどね」
「なに、この面子なら行けるよ」
嬉しそうなキャロルが木製のジョッキを持ち上げて言い返した。脇からケネスが賛同の声を上げる。
こうして、ユウたちは思わぬ形で新しいメンバーを迎え入れた。
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