尊大な探検家ご一行様

 大きな手ビッグハンズ魔窟ダンジョンの2階で活動を始めてから1ヵ月になろうとしていた。ユウが描き写す地図の数が増えるにつれて活動範囲は広がっている。


 基本的には罠を避けて安全な場所を巡っているわけだが、たまに罠が設置されているとわかっている部屋や通路にも足を踏み込んでいた。経路上避けられないという理由もあるが、最近は罠に強くなるというもう1つの意味の方が強い。


「ユウによると、3階で罠を避けて通ることはできねぇらしいから、2階のやつで今のうちに慣れておこうぜ!」


 たまたま3階の地図を見たユウの話を聞いたケネスが提案したのだ。これが未知の罠であれば正気の沙汰ではないが、あらかじめ対処法がわかっている罠だからこそ他の3人も受け入れた。


 ということで、罠の解除を担当しているハリソンは大活躍だ。同時にユウも慣れるべくハリソン指導の下で罠を解除している。たまに2人がかりでないと解除できない罠も3階にはあるので、ユウも罠自体に慣れておく必要があるのだ。


 ある日、ユウたち4人はいつものように魔窟ダンジョンで活動していた。いつもと同じように魔物を倒し、仕掛けられている罠を外して先に進む。


 部屋の中の魔物をすべて倒した大きな手ビッグハンズの面々は魔石を拾うとケネスの前に集まった。地図を持ったユウが最初に口を開く。


「通路は東と西に1つずつあるけど、東の方は部屋を1つ挟んで3階に続く大部屋があるよ。だから先に進むなら西の扉だね」


「へぇ、こんな近くにあるのかよ。ちょっと覗きにいくか?」


「下手に覗いて罠が動いたら困るから止めておこう」


 興味ありげに提案するケネスに対してハリソンが反対した。酒場で初めてこの話が出て以来、終始一貫この態度だ。


 真面目に反対されたケネスが微妙な態度となる。助けを求めてジュードへと目を向けるが肩をすくめられただけだ。一応メンバー探しは始めたものの、まだ本格的にはしていないので成果はない。肩を落としてため息をついた。


 そんなユウたち4人が西側の通路へと向かおうとしたとき、先程やって来た北側の通路からパーティらしき一団が部屋に入ってくる。一目見て自分たちより装備が良い者たちだ。その中でも藍色のローブを着た者は身に付けている物すべてがより一層上等だとわかる。


 ローブを着た男は中途半端に禿げた頭に不信感丸出しの顔をしていた。また、体は細く細工を施された短杖ワンドを持つのがやっとというような印象だ。


 反対に他の6人はいかにも冒険者といった風貌だが装備だけでなく雰囲気も違う。明らかにできる感じがするのだ。


 振り向いて呆然と7人を見る中で、ユウはローブを着た男が貴族ではないかと予想した。雰囲気からして何となくそう感じたのだ。関わるとろくな事がなさそうという思いと、なぜこんな所に貴族らしき人がいるのかという思いが交差する。


 そのままユウたち4人が眺めていると、東側の扉へと向かおうとした7人の集団が立ち止まった。茶髪の陰鬱そうな顔をした男がローブの男に声をかけられた後に、4人へと近づいてくる。


 小凧型盾スモールカイトシールドと呼ばれる大丸盾ラージシールドとほぼ同じ大きさの盾を持ったその男は4人の前で立ち止まった。友好的な雰囲気が一切ないままケネスに話しかけてくる。


「オレは鉄の大地ランドオブアイアンのリーダー、エルトンだ。今は探検家ウィルコックス様の護衛を務めている。そのオレたちは今からこの先にある3階へ登る予定だが、お前たちも3階へ行くところなのか?」


「いや、オレたちは2階で活動してるパーティだ。まだ3階にはいっていねぇよ」


「そうか。ならいい」


「何かあるのかよ?」


「あの先には3階に上がれる階段があるが、ウィルコックス様が探索なさるからしばらく立ち入りを制限することを伝えに来た」


魔窟ダンジョンの中は早いモン勝ちだろ?」


「それは冒険者同士の話だ。貴族であり魔術師ギルドに所属する魔術使いのウィルコックス様のご要望を下々の者が聞き入れるのは当然だろう」


 エルトンの説明を聞いたケネスは嫌そうな顔をした。しかし、それ以上反論はしない。


 しばらく向かい合っていた2人だが、やがてエルトンが踵を返してローブの男の元へと戻っていった。短く何かを話すと全員が東側の扉の奥へと消える。


 それでようやくユウたち4人は全身の力を抜いた。真っ先に口を開いたのはケネスである。


「かぁ、気に入らねぇ! なんだありゃ! 魔窟ダンジョンの中にまで貴族の権力を持ってくんなってんだ!」


「同感だな。どこも同じだと言えばそれまでだが、いざ対面するとむかつくな」


「だよな!」


 軽く首を横に振るジュードの意見にケネスが力一杯賛同した。


 一方、ユウは小首を傾げて疑問を口にする。


「でもどうして貴族が魔窟ダンジョンにいるんだろう? それと探索って言っていたよね。何を探しているのかな。ハリソン、何か知っている?」


「魔術師ギルドが魔窟ダンジョンで魔法の道具を探しているという話は聞いたことがあるな。3階以上だと、たまに出現品として出てくることがあるらしい」


「あれ? でも、魔法の道具は町の規制対象じゃなかったっけ? 換金所で全部強制的に買い取られちゃうんでしょ?」


「だから貴族の三男坊や四男坊を魔術師ギルドに引っ張り込むんだ。そうしてその貴族の持ち物ということにして買取対象外にするんだよ。そうしたら、そのまま魔術師ギルドに持ち込めるだろう?」


「そんなことして良いの!?」


「町を支配してるのが貴族様だからな。同じ貴族だからってお目こぼししてるんだ。魔術師ギルドはそこに目を付けて抜け穴として貴族の余った連中を雇ってるってわけだよ」


「うわぁ」


 思わぬ話にユウは顔をしかめた。珍しくもない話だが聞いていて面白い話ではない。ケネスとジュードも顔をしかめていた。


 嫌な思いをしたユウだったが、更にもう1つ思い付いた疑問があったのでハリソンに尋ねてみる。


「もしかして、3階に行くとあんな貴族で魔術使いのパーティとよく出くわすのかな?」


「数は多くはないが、たまに出くわすことはあるらしいな。そうなると、色々と譲らないといけないとは聞いている」


「けっ、つまんねぇぜ」


「しかし、道を譲れとか立ち去れとかだったらまだましな方だとも聞く。悪質な連中だと、他のパーティが手に入れた魔法の道具を取り上げることもあるらしい」


「穏やかじゃないな」


 不機嫌そうな顔で聞いているケネスの隣からジュードが口を挟んだ。それが事実ならば魔物とは別の意味で脅威ということになる。魔窟ダンジョン内で狼藉を働く者がいるという話は全員知っているが、貴族もやっているとなると話は厄介だ。

眉をひそめたユウがハリソンに尋ねる。


「貴族がそんなことをするの?」


「魔法の道具はめったに出現しないからな。どんな手段を使っても手に入れたいと思うヤツは出てくるということだ。ただ、実際は護衛として雇われてる冒険者たちが魔石や金品を巻き上げるというのが圧倒的に多い」


「ああなるほど、それならまだわかる。知りたくなかったけど」


「貴族に雇われるのは3階で活動してる冒険者パーティで、しかも町の中に拠点を移せるほどの実力者ばかりだ。そんな連中に襲われるんだからたまったものじゃない」


「うわぁ」


 またもや聞きたくない話を聞いたユウが呻いた。今のユウたちが襲われたらひとたまりもない。魔物とは違ってどこまでも追いかけてくるかもしれないのだ。


 今度はジュードがハリソンへと顔を向ける。


「しかし、そんなことがまかり通ったら、そのうち誰も3階以上で活動しなくなるのではないか? いや、魔術師ギルドの息がかかった連中だけしか残らなくなるぞ」


「ここからは本当に噂になるんだが、ジュードの言うことを心配する貴族もいるらしい。何しろ魔窟ダンジョンからの収入が減る上に、魔法の道具も手に入らなくなるからな。だからやり過ぎた貴族はとっ捕まって処罰されることがあるそうだ」


「やっぱりそうだよな」


「けど不思議なのは、一体どうやってそんなことをしてるのかってことなんだ。何しろ魔窟ダンジョンの中だと当事者以外は何をしてるのかわからないし、強いヤツなら何でもできる所だ。そんな場所で貴族の権力を笠に着た強い冒険者を取り押さえるだけでも簡単じゃないからな」


 ハリソンから聞かされた謎にジュードは息を飲んだ。答えはより強い者で取り押さえるということになるが、問題なのはそんな人物が一体どこにいるのかということだ。


 全員が黙る中、ケネスが声を上げる。


「そろそろ行こうぜ。こんな所で喋ってても稼げねぇからな」


「違いない。それじゃ行こうか、ケネス」


「おう。ユウ、この先はどうなってんだ?」


「えっとね、次は」


 呼ばれたユウは地図に目を落とした。そこから情報を読み取って仲間に伝えると他の3人がうなずく。


 気を取り直したユウたち4人は次の部屋を目指して歩き始めた。

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