上の階への挑戦

 安定して稼げているのは良いことだ。生活に余裕があると心も落ち着く。


 しかし同時に、それは刺激のない活動であることを意味していた。更に、より大きな成果やより良い生活を求めるのはもはや人のさがだ。


 この日も酒場『青銅の料理皿亭』にて4人でテーブルを囲んでいた。仕事上がりの1杯を飲み干したケネスが仲間に話しかける。


「みんな、オレたちはもっと上を目指せると思えねぇか?」


「目指せるとは思うが、2階に上がってからまだ1ヵ月も経っていないぞ」


 その語りかけに反応を示したのはジュードだった。ちぎった黒パンを肉入りスープにひたしながら返答する。


 相棒の反対とも受け取れる意見にケネスは動じなかった。更に言葉を加えてくる。


「時間なんて関係ねぇよ。いけると思ったら行かなきゃダメだろうが」


「近いうちに3階に行くつもりなのか?」


「いやいくら何でもいきなり上の階には行かねぇよ。オレだってそこまで無謀じゃねぇ」


「お前にもそんな理性があったんだな」


「うるせぇよ。でだ、とりあえず、2階の大部屋に挑戦してみねぇか?」


 木製のジョッキを片手で軽く振りながらケネスは具体的な提案を告げた。それを聞いたジュードが黙り込む。何か考えているようだ。


 その会話を聞いていたユウは今の自分で挑戦しても大丈夫なのかと検討してみた。2階の大部屋の場合は1階と比べて最大で2倍だ。しかし、1階の大部屋にいる魔物の数がそもそも多いので侮れない。


 先日、酒場の給仕女が紹介してくれた冒険者の話をユウは思い出す。


「ケネス、3階に行くにはパーティメンバーが6人でないと無理だってことは知っているかな?」


「おう、それくらいは知ってるぜ」


「2階の普通の部屋の魔物の数って1階の大部屋の魔物の数と大体同じでしょ。2階の大部屋と3階も同じ関係なんじゃないかって思うんだ」


「だから今のオレたちじゃ無理なんじゃねぇかってことか。まぁな。ただ、どこまで通用するかは試してぇんだ」


「6人揃えてからじゃ駄目なの?」


「誰でもいいってんならともかく、選ぶとなるとやっぱ時間がかかるだろ。それが理由の1つで、もう1つは人数以外に何が足りないのか知っておきたいんだ」


「それを知るのに4人で挑戦するの?」


「ああ。やっぱぎりぎりまで追い詰められねぇとわかんねぇことってあるだろ。3階に行ってからそれを知ったんじゃ遅いかもしれねぇ。だから、2階の大部屋で先に体験して問題点を洗い出そうってわけさ」


 考えなしではないということにユウは少し目を見張った。単に次に進みたいというわけではないことに安心する。しかし、その一方で不安は完全に消えなかった。


 口を閉じたユウに代わって、最後にハリソンが自分の意見を述べる。


「オレは反対だ。6人揃ってからの方がいい。オレが前にいたパーティは6人で挑戦して失敗したからな。あれで3人死んだことを考えると4人は無謀にしか思えない」


「ああそうか、ハリソンは2階の大部屋に挑戦してたんだっけな。だったらそのときのことを教えてくれよ」


「わかった。いい機会だろう」


 ケネスに求められたハリソンはうなずいて話し始めた。前から部分的には聞いていたがすべては知らないユウとジュードも耳を傾ける。


 前にハリソンがいたパーティは貧民街の仲の良い仲間で結成されたものだ。幸い、武器の破損など大きな問題もなく魔窟ダンジョンで活動を続け、装備を充実させて2階に上がることができた。貧民街出身の冒険者としては成功していた方だったという。


 うまくいっているという認識は当時のメンバーにもあり、これならばということで2階の大部屋に挑戦することになった。もちろんできる準備はやっての上でだ。その結果、仲間の半分が死んでハリソンたち生き残りは逃げ帰ってきたのである。


「いずれ2階の大部屋に挑戦して3階に上がることは否定しない。オレだってそうしたいからな。しかし、今の4人はいくら何でも無謀すぎる。こう言うのは前の仲間にひどいんだが、今のこの面子の方が力量は上だ。だからあと2人メンバーを入れてから挑戦しよう」


「うーん、そうかぁ。この4人じゃまだ無理かぁ」


「今の話を聞いたらオレも賛成できないな。まずはあと2人を探すところからだ」


「ちぇ、しょうがねぇな。今回は諦めるか」


 仲間に諭されたケネスはしぶしぶながらも引き下がった。木製のジョッキをやや乱暴に傾ける。


 しばらく気まずい沈黙が流れたがそれもすぐにかき消えた。木製のジョッキを空にしたケネスの機嫌が戻ったからだ。それに合わせて他の3人の表情も和らぐ。


 2階の大部屋に挑戦するという話はこれきりとなり、後はいつも通り騒ぐ流れとなった。




 仲間内で色々と話をしながらも安定した日々を送っているある休養日、ユウは洗濯から解放されて宿屋への帰路に就いていた。冒険者の道に一旦出て北に向かうのが最もわかりやすい経路だが、慣れてくると路地伝いに冒険者の歓楽街を突っ切って近道もできる。


 最近のユウは少しずつこの辺りの街について詳しくなってきていたので近道を使うことが多かった。ただし、かつて娼館の辺りで恥ずかしい思いをしたことがあるので、必ず酒場の集まる辺りを通るようにしている。


 そんなユウが路地から路地へと伝って歩いていると、安酒場が集まる辺りで見知った顔を見かけた。ルーサーだ。わずかな間を置いて相手もユウに気付く。


 お互いに目を見開いてその場に立ち止まった。ユウが先に声を上げる。


「ルーサーじゃないか! 久しぶり!」


「ユウ! こんな所で会うなんて思わなかったよ。元気そうだね」


「もちろん元気だよ。今何をしているの? もしかしてこれからご飯?」


「うん。いつもなら仲間と一緒にメシを食うんだけど、今日はみんなばらばらなんだ」


「そうなんだ。あ、それじゃ久しぶりに一緒にどうかな? 僕も今1人なんだ」


「いいね。それじゃ、『黒鉄の酒樽亭』に行こうか」


「あそこを使っているんだ。別の場所かと思っていたよ」


「へへ、最近貧民の歓楽街からこっちへ移ってきたんだ。やっぱこっちの方がメシがうまくていいよな!」


 嬉しそうにルーサーがユウに喋った。かなり機嫌が良いので魔窟ダンジョンでの活動はうまくいっていることが窺える。


 ユウが久しぶりに見た安酒場は相変わらずだった。今の酒場に変えてまだ1ヵ月も経っていないのだと思い出して苦笑いする。もう随分と来ていないように思えたのだ。


 まだ少し早い時間帯なので席は割と空いていた。2人なのでカウンター席へと座る。


「いらっしゃい。あら、あんた久しぶりじゃない。最近見ないわね?」


「いろんなところを回っているんですよ」


「そうなの。今日みたいにたまには寄ってよね。それで、何にする?」


 給仕女と軽く挨拶を交わしたユウはルーサーの分もまとめて注文して代金を支払った。


 目を見開いたルーサーが去って行く給仕女には目もくれずにユウへ尋ねる。


「ユウ、もしかしておごってくれるの?」


「そうだよ。君も冒険者になる前の仲間にそうしたんだろう? 今の僕だってそのくらいはできるよ。今は2階で活動しているしね」


「2階!? マジで!? すげぇ!」


 話を聞いたルーサーが目を輝かせた。早速その話をせがんでくる。


 臨時パーティを解散してからの出来事をかいつまんでユウは語った。うまく別の冒険者と合流できたこと、仲間を増やして2階に上がれたこと、今は充分稼げていることなどだ。


 一方のルーサーも悪くない。メンバーが4人の間は1階の小鬼ゴブリンが3匹出る地域で活動し、6人揃って犬鬼コボルトが6匹出る場所で稼いでいるという。


 話題は色々と飛んだ。届けられた酒と料理を口にしながら話が弾む。


大きな手ビッグハンズって名前、聞いたことがあるな。酒場で巨大な角ジャイアントホーンズと喧嘩したんだっけ?」


「そんな話が広まっているの? っていうか、あのパーティ、そんな名前だったんだ」


「知らないで喧嘩したの!? 貧民街じゃ割と有名な連中なんだよ。悪い意味でね」


「仲間の1人がガスっていう人に馬鹿にされて、僕のところのリーダーが怒ったんだよ。それがきっかけだったから相手のパーティ名までは知らなかったなぁ」


「貧民街じゃちょっとした噂だったよ。あいつら腕っ節は強かったから文句を言えるヤツがほとんどいなかったんだ。それがあのザマだからね。結構喜んでるヤツは多いよ」


「そうだったんだ」


「けどいいなぁ。2階かぁ。オレたちも早く行きたいなぁ」


「1階の大部屋にはもう行ったの?」


「それがまだなんだ。今度行くんだけどな。2階はそれからだね」


 ルーサーから今後の行動を聞いたユウはかつて自分たちが準備した内容を伝えた。隠すほどの内容でもないからだ。


 その後、ユウは割と長くルーサーと話し続ける。七の刻の鐘が鳴る頃まで楽しく過ごした。

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