知り合いの輪を広げよう

 4月も後半になるともう春先ではなくすっかり春だ。朝晩はたまに冷えることはあるものの、昼間はすっかり暖かい。


 大きな手ビッグハンズの面々は魔窟ダンジョンの2階で活動することがすっかりと定着した。それに伴い、稼ぎも以前に比べて高額で安定するようになる。


 また、魔窟ダンジョン帰りの夕食は4人揃ってテーブルを囲っているが、近頃の休養日は各個人で食事をしていた。これは、休みの日はばらばらに動いているので揃わないからなのと、他の冒険者との交友を広げるためだ。ジュードの提案である。


 これにより、ユウも休養日の夕食は仲間と食べないようになった。そこまでは良いのだが問題が1つあった。どうやって交友を広げるかだ。


 故郷にいたときからになるが、基本的にユウは自分からあまり話しかける性格ではない。なので知り合いがいるとその知り合いと固まることが大半だ。もちろんきっかけがあれば交友の輪を広げられるのだが、今までそれは他人任せな面が大きかった。


 そんな自分の性格の問題でユウは悩む。しかし、自分では解決できそうにないので仲間に相談をしてみた。


 ケネスは不思議そうに返事をする。


「は? そんなもん、酒場で適当に声をかけりゃいいじゃねぇか。ジョッキ片手にようよう楽しんでるかい! なんて言って隣に座りゃ後は流れだよ」


 ジュードは少し悩んでから助言をしてくれる。


「ふむ。見ず知らずの初対面の人に話しかけづらいか。気持ちはわからんでもない。そういうときは、自分で話しかけるきっかけを作ってみたらどうだ? 例えば、興味のある話をしてる連中がいたら、その話を聞きたいと言って輪の中に入るんだ。そのときに酒の1杯でもおごれば大抵の奴は拒否しないぞ」


 ハリソンは眉を寄せながら答えてくれる。


「どうしても1人じゃ混ざれないなら、誰か他の知り合いを頼って紹介してもらうといい。知り合いの紹介なら無碍にはしないだろう」


 それぞれ自分なりのやり方がある3人の意見を聞いてユウはうなずいた。しかし、この場合のうなずきは納得ではなく理解したという意味だ。言っていることはどれも真っ当で正しいが、自分にそれができるのかというとまた別問題というわけである。


 ちなみに、大きな手ビッグハンズの面々を頼ることはできない。ケネスとジュードはユウと同じくアディの町に来たばかりで知り合いがほぼおらず、ハリソンは確かに交友の輪が広いがその中でユウが知り合いの輪を広げてもあまり意味がないからである。


 魔窟ダンジョンの中とはまた違った意味で追い詰められたユウは色々と試してみた。


 いきなりテーブルを囲う輪の中に入るのは難易度が高すぎるので、まずはカウンター席で人に話しかけてみる。テーブル席の人々とは違って基本的に1人か2人組なのでまだ話しかけやすいと考えたのだ。


 ところが、これが意外にもうまくいかなかった。正確には話しかけて会話を始めたが、話が合わなくてそれっきりになってしまうのだ。ケネスが座った後は流れと言っていたが、その流れ自体を自分で作らないといけないということをこのとき初めて知る。


 あるときは、自分でも話ができそうな話題をしている客が店内にいないか探してみた。しかし、馬鹿正直に店内を歩き回ったので逆に不審がられてしまう。後日ジュードに相談がてらその話をしたらケネス共々爆笑された。更にひとしきり笑ったジュードにこう言われる。


「もっとさりげなくしないとダメだろう。そんなあからさまにするもんじゃない。しかし不思議だな。宿の値段交渉のときはあれだけうまく話ができていたのに、どうして人の輪に入るのはそんなに苦手なんだ?」


 それはユウも知りたかった。思えば、かつて町の中の商店で働いていたときから積極的に知り合いを増やすようなことはしていなかったことを思い出す。内向的な性格がいかに不利か思い知った。ケネスのあの性格が羨ましく思える。


 色々と試して全然うまくいかなかったユウはカウンター席の隅で木製のジョッキ片手にうなだれていた。目の前の食器は既に空である。


「駄目だ。全然うまくいかない。何が駄目なのかもよくわからないんじゃどうしようもないよ。あぁ、どうしよう」


 ため息をついたユウは木製のジョッキを口に付けた。エールの味はいつも通りだが旨く感じられない。


 そこへ横合いから声をかけられた。ユウが振り向くと、足下まである若草色のチュニックワンピースを細い革のベルトで締めた給仕女だ。ユウの注文もたまに受けてくれたことがある。


「空いた食器を片付けていいかしら?」


「え、あ、はい」


「随分と暗い顔をしてるじゃない。おいしくなかった?」


「いえ、そんなことはなかったです。ただちょっと困ったことがあって。他の人の輪にうまく入るにはどうしたらいいですかね?」


「はい?」


 茶色の頭巾を被った給仕女は首を傾げた。質問の意図を汲めなかったようだ。そして、別の場所から呼ばれてその場を離れる。


 忙しく動き回る給仕女から目を離したユウはため息をついた。今は稼ぎどきであることは店内を見ればわかるので不満はない。ただ、打開策がないのがつらかった。


 尚もユウがちびちびと飲みながらうなだれていると再び先程の給仕女が近づいてくる。気配に気付いたユウはまた振り向いた。そこへ木製のジョッキを差し出される。


「はい、お代をちょうだい!」


「僕頼んでないですよ?」


「相談料よ。こうやってちょいちょい動きながらだったら相談に乗ってあげるわよ」


「え?」


「あたしはヴェラ、『青銅の料理皿亭』の看板娘よ。あんたは良く見かけるわよね。確か大きな手ビッグハンズのユウだっけ?」


「知っているんですか?」


「そりゃ常連はみんな知ってるわよ。で、さっきの他人の輪に入る方法だけど」


 そのとき、再びヴェラは別のテーブルから呼ばれた。他の給仕女も忙しく動き回っているのだ。1人だけのんびりとできるはずもない。


 ユウからエールの代金を受け取ったヴェラは再び別のテーブルへと向かった。しばらくあちこちへと動き回る。


 いいところで話が途切れたのでユウの期待は膨らんだ。何か糸口でも見つかればエール1杯分くらいなど安い物である。


 そうして三度ヴェラがやって来た。ユウの目の前に立つといきなり命じてくる。


「やっぱり忙しくて長話はできないわね。ユウ、立って。いいところに連れてってあげるわ」


「いいところですか?」


「いいから早く!」


 急かされたユウは残り少なくなっていた木製のジョッキの中身を飲みきって立ち上がった。片手には新たなものを手にしてヴェラに続く。


 やって来たのはカウンターの正反対側の端だった。そこに短い茶髪の精悍な顔つきの男が木製のジョッキを傾けている。


「は~い、サンディ。お友達を連れてきてあげたわよ!」


「お友達ぃ?」


「あんたさっき、1人は寂しいって言ってたでしょ。こっちの人も同じだったからちょうどいいんじゃないと思ってね?」


「いや俺は、ヴェラちゃんと一緒に飲みたいって言ったんだよ?」


「こんなクソ忙しいときに付き合えるわけがないでしょ! おとなしく飲んでなさいよ。ユウ、こっちは怒れる大地アングリーアースのリーダーでサンディよ。サンディ、こっちは大きな手ビッグハンズのユウ。じゃ、後は仲良くしてね!」


 客であるサンディの言葉に重ねてヴェラは言い切ると別の場所へと去って行った。その後は木製のジョッキを片手に持つユウと席に座るサンディが残される。酔客の喧騒が響く店内で2人の間に沈黙が訪れた。


 最初にサンディが口を開く。


「あ~、お前も1人は寂しかったクチか」


「ええまぁ、色々ありまして」


「なるほど? とりあえず座れよ。隣が空いてるんだし」


「ありがとうございます」


 勧められるままにユウはサンディの隣のカウンター席に座った。


 それからユウが挨拶を口にする。


「初めまして。大きな手ビッグハンズのユウです」


「俺はサンディ、怒れる大地アングリーアースのリーダーだ。で、あんたもヴェラを口説こうとして失敗したのか?」


「いや別に口説こうとしたわけじゃないんです。僕のパーティは最近この町に来たばかりの人が多いんで、知り合いを増やすためにたまに1人で酒場に行くことになったんですよ」


「へぇ、そりゃ面白いな。でも、そんなの飲んでたら自然と増えねぇか? 今も1人増えただろう」


「ケネスも、ああ、僕のパーティのリーダーも似たようなことを言ってました。けど、僕にはどうにも難しくてうまくいかないんです」


「あー、何となくわかる。あんた、真面目すぎるんだよ」


 目を丸くしたユウをサンディは面白そうに見ていた。若干苦笑いの入った笑顔を見せる。


 最初は互いに微妙な態度だったが、いざ話をしてみるとなかなか会話が弾んだ。木製のジョッキを片手に、自分やパーティ、それに他人への声のかけ方などを色々と話していく。


 珍しくユウは酒場に長居をした。

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