酒場での喧嘩(後)

 仲間を馬鹿にされたことがきっかけで喧嘩になったケネスとガスは店の表で1対1の喧嘩を始め、ケネスが勝った。集まった野次馬がその決着を見て更に盛り上がる。


 これで終わりになるとユウは期待したが、ガスのパーティメンバーを見て顔をしかめた。敵意をむき出しにしてこちらを睨んでいるのだ。


 相手の様子を見ながらユウはハリソンに話しかける。


「これで終わりだよね?」


「いや、ここから第2戦だ。貧民街の争いだと最初に1対1で戦って、その後みんなで殴り合うんだ」


「それ1人で戦う意味ある!?」


「そんなことを言われてもな。そういうものだから」


 自分の故郷のやり方とは全然違うことにユウは目を剥いた。しかし、どんなに理不尽でもここはよその場所だ。自分のやり方は通用しない。


 その間にも事態は動く。相手のパーティメンバーの1人であるアダムがガスに駆け寄った。膝をついてガスを起こす。


「ガス! あんたがやられるなんて!」


「ちくしょう、ふざけやがって。あいつらみんなブッ殺せ! 数はこっちの方が多いんだ! 生かしてこの街から出すな!」


「ここはてめぇだけの街じゃねぇだろ。何勘違いしてんだ?」


「うるせぇ! さっさと殺せ!」


 呆れた顔で混ぜ返すケネスの言葉にガスが叫び返した。立ち上がろうとするがまだうまく立ち上がれないでいる。


 周囲の野次馬が盛り上がる中、ガスに寄り添っているアダムが自分の仲間に振り返った。同時に大声で叫ぶ。


「ガスのカタキを取るぞ! よそモンなんてやっちまえ!」


 その言葉を合図にガスのパーティメンバーが動いた。ユウたち4人に襲いかかってくる。


 ハリソンの言う通り集団同士の喧嘩に発展したわけだが、ガスとアダムを除いた4人が殴りかかってきたのでちょうど1対1という形になった。相手を選ぶ暇もなかったので目の前の男が対戦相手になる。


 反射的に身構えたユウの目の前に現れたのは黄土色の髪をした巨体の男だった。獰猛そうな顔つきでいきなり殴りかかってくる。


 幸いあらかじめ警戒していたユウは余裕を持って躱せた。1発当たればかなりきつそうだが動きは速くない。


 対人戦についてもユウは教わっていたが、喧嘩の経験は少ない。港町以来だ。しかも、周囲を野次馬に囲まれていて場所が狭い。躱し続けるのも限度があった。


 何度か拳を躱した後にユウが反撃の一撃を相手の腹へと入れる。きれいに入ったので相手は顔をしかめたがそれだけだった。腹の感触からなかなか鍛えているらしく、あまり打撃を与えられてないことを察知する。


 一撃も当てられないことに苛立ちの表情を浮かべた相手にユウは掴みかかられかけた。体格差で不利なので避けられない距離で殴り合いをすると不利だ。しかし、充分離れられるほど場所は広くない。


 そこでユウはかがみ込むように身を沈め、逆に相手の胸ぐらとベルトを掴んでその身を一瞬受け止め、その後自分の右脇に流すように引っぱる。すると、体の均衡を失った巨体がそのまま流れて行き、野次馬へと突っ込んだ。


 受け流しを成功させたユウに見ていた野次馬は歓声を上げる。同時に巻き込まれた野次馬からは罵声が上がった。


 倒れた相手を気にしつつユウは他の様子を窺う。ケネスはガスともう1人を相手にしており、ジュードとハリソンは1対1で戦っている。そして、最後の1人であるアダムはユウの元にやって来た。


 そのアダムは仲間が野次馬に突っ込んだのを見て目を剥く。


「ウォーレス! 嘘だろ!? こんなヤツにやられたのかよ!」


「確かアダムって言ったっけ。なんでわざわざ一番奥で戦っている僕たちの所へ来たの。もしかして、僕になら勝てると思った?」


「はっ、てめぇなんて大したことねーんだよ! ウォーレス1人で充分だぜ!」


「だったらわざわざここまで来なくてもいいじゃない。何しに来たの? 他の所へ加勢しに行けば?」


「てめぇ、バカにしやがって!」


「自分は散々こっちを馬鹿にしたくせに」


 野次馬の中から復帰したウォーレスと顔を真っ赤にしたアダムを相手にユウは拳を構える。さすがに2人を相手に勝てるとは思っていない。優勢に戦っているジュードとハリソンの手が空くまで粘る必要があった。


 右に小柄なアダム、左に巨体のウォーレスという状況でユウは迷わずアダムに迫る。すると、アダムは下がり、ウォーレスが割って入ろうとしてきた。その巨体の腹に左拳を打ち付けるふりをする。ウォーレスの注意が下に向いた。そこへ渾身の右拳を相手の顔面に打ち込もうとする。しかし、首を捻って躱された。


 直後に体を退いたユウの目の前をウォーレスの右拳が通り過ぎて行く。わずかに風を感じた。


 顔を強ばらせたユウはわずかに退いてから構え直したが、その直後、右横に人の気配を感じる。ちらりと目を向けると、嫌らしい笑顔を浮かべたアダムが迫っていた。正面からはウォーレスが近づいてくる。


「ははっ、てめぇなんざオレサマがブッころしてやるよぉ!」


 横から殴りかかってきたアダムの右拳が自分に放たれたのをユウは知っていた。小柄な体から放たれたその一撃をユウは右手ではじき、そのまま右肘をアダムの顔に入れる。更に鈍い感触を右肘で受けつつ左手でアダムの右腕を掴み、そのまま自分の前まで引っ張り込んだ。目を見開いて足を止めたウォーレスに向かってアダムを突き飛ばす。両者がぶつかったところでアダムを思いきり蹴飛ばした。


 2人が倒れると同時に野次馬たちの声が路地に響く。その数は最初よりも更に増えていた。その騒動が更に人を引き寄せる。


 間が空いたわずかな時間でユウは仲間へと顔を向けた。ケネスはガスと戦っており、もう1人の相手はハリソンと殴り合っている。ジュードはちょうど相手を地面に倒したところだった。それを見て迷わず声をかける。


「ジュード、こっちを手伝って! あのおっきい方!」


「いいぞ! さっさと終わらせよう! さっさと立て、でくの坊!」


 挑発されたウォーレスは目を剥いてアダムを押しのけると、立ち上がってジュードへと向かって行った。地面を転がったアダムは呻きつつも起き上がる。


「ちくしょう、いてぇ。てめぇ、ブッころしてやる!」


「さっきからそればっかりじゃない。他には何か言えないの?」


「うるせぇ!」


 逆上したアダムがダガーを抜いた。周囲の野次馬がどよめく。


 対するユウは素手のままだった。野次馬のどよめきが収まらなかったもう1つの理由がこれである。腰にあるダガーを抜かないのだ。


 そんなユウの態度にアダムは怒りで顔を歪ませる。


「てめぇ、ナメてんのか? オレをナメてんのかよ!?」


 叫ぶアダムに対してユウは何も答えなかった。真剣に相手の動きを見極めようとするのみである。お互い刃物を抜いて際限なく殺傷するのを避けるためではあるが、初めての実戦なので精神的に余裕はなかった。


 怒りに震えるアダムが順手に持ったダガーで突こうとするのを見たユウは地面の土や砂利を蹴り上げる。量が少なくアダムの下半身にしか当たらなかった土や砂利だったが、それでも蹴りを警戒した相手の注意を下へと向けることに成功した。


 その瞬間にユウは距離を詰めてアダムの右腕を左手で掴もうとするが、反射的に引かれて空を切る。その直後、脇腹にダガーの刃先を突き立てようとした相手の右腕を左手ではじいた。そこから両腕を使って中途半端に伸びた相手の右腕を押さえ、外側に捻る。


「いでぇ!?」


 悲鳴を上げたアダムが耐えきれずにダガーを手放すと、ユウは相手の右腕を解放して殴りにかかった。両腕を使って顔と腹を何度も殴る。最初はやり返そうとしていたアダムだったが、そのまま何もできずにとうとう地面に倒れた。


 周囲の歓声と罵声を耳にしながらユウは地面に横たわるアダムに目を向ける。息はしているようだが立ち上がってくる気配はない。仲間の様子を窺っていると、3人ともまだ殴り合っていた。


 その中でも一番劣勢なハリソンへとユウが加勢する。


「僕の方は終わったよ! すぐに終わらせよう!」


「もちろんだ!」


 何発か殴られた跡のある顔に笑みを浮かべたハリソンが拳を構え直した。多少ふらついているがまだ続けられることを見せつける。反対に相手は明らかに動揺していた。しかし、逃げることもできない。そんな相手に2人がかりで殴りかかる。


 これを機に形勢はユウたちへと傾いた。ハリソンが相手をしていた男を2人がかりで倒すと、次いでジュードが戦っていたウォーレスを3人がかりで殴り倒す。ここまであまり時間はかかっていない。残るはガス1人だったが、こちらはケネスが再び1人で打ち倒した。どちらもひどい顔である。


 終わってみればユウたちの完勝だった。その4人に野次馬たちからの歓声が浴びせられる。ケネスは特に上機嫌だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る