負傷者の救出

 日々魔窟ダンジョンで活動している冒険者は大なり小なり命を危険に曝している。親しい仲間内や酒場での雑談でその手の話は日常的に聞くものだった。


 例えば、魔物との戦いで死傷することがある。不運が重なって魔物の攻撃を受けてしまったり多数に囲まれてやられたり。


 例えば、罠に引っかかってで死傷することがある。部屋に仕掛けられた罠を見落としたり宝箱の罠の解除に失敗したり。


 他にも、理不尽な理由で死傷することもある。本来ならそこにいないはずの魔物と遭遇したり通常よりも魔物の数が増えていたり。


 万全の状態で臨んでも全滅するときは全滅する。それが終わりなき魔窟エンドレスダンジョンだ。


 それはユウたち4人も例外ではない。周囲からそんな話は自然と漏れ伝わってくるし、だからこそ自分たちはそうならないように慎重に行動している。


 この日も魔窟ダンジョンで活動していた大きな手ビッグハンズの一行だが、いつもと違って少し調子が悪かった。


 とある部屋で魔物を倒した後、魔石を拾いながらケネスがぼやく。


「なんか今日は体のキレがいまいちだな。二日酔いってわけでもねぇのに」


「そういえば、今日はしょっちゅう首を傾げていたな。調子が悪いのか?」


「そこまでじゃねぇんだけど、なんか微妙に動けてねぇような気がしてよ。ジュードは平気なのか?」


「微妙だな。いつもほどではないが悪いというほどでもない。疲れが溜まってきてるのかもしれないな」


 晴れない顔をしたケネスが普段通りのジュードを見て何とも言えない顔をした。見た目ではわからないのでそれ以上追求することもない。


 魔石を集め終わった4人が集合すると、その場でハリソンが仲間に話しかける。


「ケネス、今日はこの辺りで引き上げるか? オレの調子もあまり良くないんだ。今日は走るのがきつい」


「なんだハリソンもか。うーん、そうだなぁ。今日の稼ぎは大体いつも通り、か?」


「大体そんな感じだと思う。ユウ、どうだ?」


「いくらか少ないくらいかな。でも、昨日は調子が良かったから平均するといつも通りだよ」


「そうか。だったらここで終わってもいいんじゃないか?」


 拾った魔石が入った麻袋の中を見ているユウの返事を受けて、ハリソンがケネスに目を向けた。今日の稼ぎに不満はない様子だ。


 その提案を聞いてケネスがうなずく。


「よし、それなら引き上げるか! 今日はあんまり進む気にもなれねぇしな!」


 判断を下したケネスが晴れやかに笑った。こういうときは既に心だけが酒場に向かっていることを仲間は知っている。気が早いのはいつものことだ。


 全員が半笑いしながらも気を抜いた。帰るとなると今まで通ってきた部屋をたどることになるので魔物に遭うことはないし罠にかかることもない。


 そうしてユウたち4人が踵を返したところで、やって来た通路とは別の通路に繋がっている扉が乱暴に開く。振り向くと2人の冒険者が血相を変えて飛び込んできていた。1人は薄茶色の髪をした剣と盾を持った青年で、もう1人は灰色の髪のごつい顔の男で槍斧ハルバードを手にした巨漢である。


 2人の冒険者は大きな手ビッグハンズの面々を見ると切羽詰まった様子で近づいてきた。中肉中背の方の青年が焦った様子でケネスにまくし立てる。


「助けてくれないか!? すぐ先の通路で犬鬼コボルトと戦っていたら仲間4人が落とし穴に落ちたんだ!」


「落とし穴? お前らは落ちなかったのか」


「踏んでしばらくしてから開くやつだったみたいで、俺とこのボビーが前で戦ってたら後ろにいた仲間がみんな落ちたんだよ」


「ちっ、えげつない罠だな。地図は持ってないのかよ?」


「途中まではあったんだが、調子がいいから今日は地図のない所を探索していたんだ」


「あー」


 青年の話を聞いたケネスが渋い顔をした。


 冒険者ギルドで魔窟ダンジョンの地図は公開されているがその情報量はかなり多い。そのため、限られた時間で何をどれだけ描き写すかは当人次第となる。こまめに描き写したり一気に描き込んだり、大雑把に描いたりそのまま詳細に描いたりと様々だ。


 そして、活動していると描き写した地図の範囲外に到達することがある。このときに引き返すか進むかも当人たち次第だ。その結果はすべて自己責任である。


「けどよ、あんたたち以外は下の階に落ちたんなら、通路を戻っても誰もいねぇだろ」


「そうなんだが、できれば1階の仲間のところに行くのを手伝ってほしいんだ」


「えぇ?」


 その要望にケネスは驚いた。すぐそこの通路ならともかく、階段を経由して1階を進むとなるとかなりの手間だ。


 一旦口を開きかけたケネスは閉じてハリソンへと顔を向ける。


「こういうときってここじゃどうしてるんだ?」


「人による。前にも言ったが、魔窟ダンジョン内ではすべて自己責任だし、発生した問題は当事者が解決するのが原則だ。だから、助けを求められたらどうするかは当人次第になる」


「つまり、オレたち次第ってわけか」


「基本的にできる範囲で助けるというのが一般的だぞ。さすがにこちらまで巻き込まれたらたまらないからな。中にはまったく拒絶する奴もいるのは確かだが」


 助言したハリソンの言葉を聞いた青年が歯を食いしばった。報酬を支払うことで手伝ってもらえるのならばまだ良い方で、中には手助けを断る者たちもいるのだ。しかし、魔窟ダンジョン内だとそれは悪ではない。選択の1つなのだ。


 仲間たちが話をしている間、ユウは今まで描いた地図を取り出して熱心に見ていた。今の場所から階下の同じ場所に向かう経路を探る。


 その様子にジュードが気付いた。ユウに声をかける。


「ユウ、何をしてるんだ?」


「ここから落とし穴に落ちた場所までの経路探しているんだ。助けるって決めてから探すんじゃ遅いでしょ」


「行けそうなのか?」


「うん。1階の方がたくさん地図を描いていたから、ここからなら行けるよ」


「そうか。だったら助けてもいいんじゃないか? 途中魔物に遭遇して倒したら、その魔石は俺たちがもらうという条件なら」


「この下の魔物なら犬鬼コボルト6匹だから、戦いでそんなに時間は取られないんじゃないかな。ここにちょうど6人いるし」


 仲間であるジュードとユウの話を聞いたケネスはうなずいた。青年に向かって告げる。


「助けに行く途中で戦った魔物の魔石はオレたちがいただくって条件ならいいぜ」


「ありがとう、助かる!」


「ところで、まだ名乗ってなかったな。オレはケネス、大きな手ビッグハンズのリーダーだ。後ろにいるのが右からユウ、ハリソン、ジュードだ」


「俺はキャロル、頑丈な剣スターディソードのリーダーだ。隣の大きい奴は仲間のボビーだ」


「よし、それじゃ行くか。ユウ、案内を頼むぜ!」


「わかった。こっちだよ」


 声をかけられたユウはうなずくと地図を片手に歩き出した。その後に5人が続く。


 階下に落ちた冒険者たちを助けるためにユウたちは目的地へと急いだ。




 手元に地図があるということが非常に重要だということを今回の救出に関わった者たちは改めて知った。迷いなく進むことができたおかげで予想よりも短時間で落ちた4人の元にたどり着けたからだ。


 しかし、その結果がかんばしいものであるとは限らない。落とし穴の真下にある通路にたどり着いたときにユウたち6人はそれを思い知った。


 落とし穴の真下近辺には人が3人倒れている。残り1人は壁にもたれかかっていた。


 魔石が点在する通路を駆けたキャロルが壁にもたれて泣いている男に声をかける。


「大丈夫か! 他の3人は」


「ひっく、死んだ。みんな死んじまったよぉ」


 泣きじゃくる仲間の言葉にキャロルが呆然とした。声が出てこない。


 立ち尽くして動かないボビー共々しばらくじっとしていたキャロルだったが、それでも泣き続ける仲間を慰める。


 その間、大きな手ビッグハンズの面々は頑丈な剣スターディソードの面々に声をかけられなかった。しかし、ハリソンだけは床に落ちている魔石を1つずつ拾う。すべて集めるとボビーに差し出した。


 驚くボビーにハリソンが声をかける。


「これは、そっちの仲間が倒した分だ」


「あ、うん」


「オレも先月仲の良かった仲間が死んだんだけど、やっぱりつらいよな」


「うん」


「でも、まずは魔窟ダンジョンから出ないとな。泣くのはその後にした方がいい」


「あんたも、そうだったのか?」


「ああ」


 ハリソンの言葉をきっかけに頑丈な剣スターディソードの生き残りはゆっくりと動き始めた。


 それを見ていたユウはかつて古代遺跡で失った仲間のことを思い出す。あれから生き残るのに必死で泣く暇もなかったが、アディの町にたどり着いてからもたまに記憶の底から浮かび上がってくることがあった。


 短期間とはいえ、初めて自分のパーティ名で組んだ仲間だ。当時は強い衝撃を受けたがまだ泣いていない。悲しくないはずはないのだが、なぜ泣いていないのか自分でも不思議だった。


 穏やかに帰還を勧められたキャロルたちが立ち上がる。それを見るユウは何とも言えない表情を浮かべた。

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