罠の解除

 大きな手ビッグハンズにおいてユウは地図の作成を担当している。誰に言われたわけでもないが、たまたま前から地図を描いていたのがユウであり、たまたまケネスとジュードは描いていなかったからだ。それは後からハリソンが入ってきても同じだった。


 そのため、休養日に冒険者ギルド城外支所の資料室で地図を描き写すのもユウの役目になっている。近頃はその作業にもすっかり慣れた。


 地図を担当するということは魔窟ダンジョン内での道案内も兼ねている。本来なら描きながら進むものなのだが、終わりなき魔窟エンドレスダンジョンでは地図情報が冒険者ギルドに集約されるので意外に描き進めるパーティは多くない。


 最近のユウも地図はもっぱら城外支所の資料室で描き写してばかりである。何しろ事前に多くの情報が手に入るのだ。何もわからないまま進むよりはるかに楽である。


 このように、現在のユウは戦力としてだけでなく、地図要員としてもパーティの中で重宝されていた。重要だが面倒な作業をしてくれるメンバーは大歓迎なのだ。


 この日も魔窟ダンジョンの中でユウは地図を見ながら仲間に向かう場所を示していた。できるだけ罠のない部屋と通路を選ぶ。進んだ先の部屋には宝箱があった。


 部屋の真ん中に見慣れた木箱を認めたケネスが振り返る。


「ハリソン、開けてくれ。他は周りを警戒するぞ」


 リーダーのかけ声と共に他のメンバーが宝箱の周辺を警戒した。地図によると東側から仕掛け矢が飛んでくるとある。他の方角も警戒しているのは別の罠の存在を気にしてのことだ。冒険者ギルドに集約された地図情報は絶対ではない。中には抜けもあるのだ。


 手先の器用なハリソンは現在罠の解除を担当している。前のパーティでも担当していたということなので続けて罠を解除してもらっていた。元々2階で活動していたこともあって罠を熟知しているのも頼りになる。


 そのため、ハリソンがパーティに入ってからのユウはほとんど罠を解除していなかった。役割分担なので仕方ないことだと理解しているが、同時に少し寂しくも思っている。


 宝箱と向き合っているハリソンは小道具を小さく動かしていた。しばらくすると、かちり、という小さな音がする。


「開いた」


 全身の力を抜いたハリソンが小さくつぶやいた。その瞬間、他の3人も緊張を解く。

 振り向いたケネスが宝箱に近づいた。そうして中を見る。


「中には何が入ってんだ? お、短剣ショートソードか。ハリソンとユウが今使ってるな。2人ともいるか?」


「オレはいらない。今ので充分だ」


「僕もこの前買ったばっかりだからいらないよ」


「はは、もうちょっと我慢してりゃ良かったか?」


「それは結果論だよ。今日まで何日もいつ折れるかわからない武器は使いたくないし」


「そりゃそうだ」


 宝箱から顔を上げたケネスが短く笑った。その間にハリソンが中の剣を取り出すと背嚢はいのうにくくり付ける。


 その様子を見ながらユウは今日は出現品をいくつ拾ったのかと思い返した。そうしてため息をつく。


「4人部屋に移って正解だったな」


「どうした、ユウ。何が気になるんだ?」


「荷物をある程度部屋に置けるようになって良かったなって思ったんだ。最近は拾う魔石の数は前よりもずっと増えたし、出現品が意外にかさばって邪魔になるときがあるから」


 のんびりと立って待っているジュードに声をかけられたユウが返答した。


 稼ぎが増えるということは換金できる魔石や出現品をより多く手に入れるということだ。それは、魔窟ダンジョン内で持ち運ぶ物が増えることを意味する。少量ならば大したことはなくてもその数が多くなれば当然動きにくくなった。


 安宿の大部屋に泊まっていると荷物は常に身の回りに置いておかないといけないが、鍵付きの部屋を借りられるのならば不要な荷物は置いておける。このおかげでユウ以外の3人も身軽になった分だけ魔石や出現品を拾えるようになったのだ。


 準備が整ったハリソンがケネスに向き直る。


「もういいぞ」


「よし。ユウ、次はどこに行く?」


「右の通路に行こう。こっちの方が全体的に罠の少ない部屋や通路が多いから」


「決まりだ。行こうぜ!」


 賛意を示したケネスが声を上げた。ジュードとハリソンもうなずく。


 意見がまとまったユウたち4人は陣形を組むと東側の通路へと向かった。




 ユウが地図を見ながら魔窟ダンジョンの道案内をするときは宝箱のある部屋を避ける傾向があった。これには理由が2つある。


 1つは罠を避けるためだ。終わりなき魔窟エンドレスダンジョンに入ったばかりの頃に宝箱の罠にかかり、その後も対処方法を身に付けるまでは徹底して避け続けたのが大きな影響を及ぼしている。はっきりいうと苦手意識があるのだ。


 もう1つはあまり割に合わなくなってきているという理由からである。1階で充分に稼げなかったときはその換金額を喜んでいたが、2階に移ると次第に魔石を集めた方がよくなってきたのだ。ナイフのような小物ならばまだしも、鎧ともなるとかさばって仕方ない。その点、魔石は小さいので扱いやすいのだ。


 それでも、たまに宝箱のある部屋へと入る。その向こうに進むためだったり、他の仲間に望まれたりするからだ。そして、目につくと開けたくなるのが宝箱というものである。


 今ユウたち4人が入った部屋にはいつもと同じ宝箱があった。その奥へと向かうためにこの部屋に入ったのだが、部屋の中央にある木箱につい目を向けてしまう。


「宝箱か! いいねぇ、開けようぜ!」


「ユウ、地図にはその宝箱についてなんて書いてあるんだ?」


「刺し針ってあるよ。2階だから麻痺の毒に注意だね。動物系の毒らしいよ」


「何の動物かまでは書いてないのか?」


「元の地図にもそこまで書いてなかったんだ。たぶん、動物系の解毒の水薬を飲んだら効いたからこんな書き方なんじゃないかな」


「その解毒剤は今持っているのか?」


「1本だけだよ」


 話を聞いたハリソンが宝箱の前に跪いた。その脇でユウが背嚢を床に下ろして中をまさぐる。


 背後でケネスとジュードが見守る中、ハリソンが小道具を持ち出して罠の解除を始めた。真剣な表情で箱の隙間を覗き、小道具を少しずつ動かす。


 解毒の水薬を手にしたユウはその様子をじっと見つめていた。宝箱の中が見えないので具体的に何をしているのかまではわからない。しかし、何か自分の役に立てるものはないかと真剣な目つきとなる。


「あっ!? 痛っ!?」


「ハリソン!?」


「ユウ、解毒の水薬をくれ!」


「これ、全部飲んで!」


 蓋を開けた水薬の小瓶をユウはハリソンに手渡した。しばらく待って異常が現れないのを確認すると胸をなで下ろす。


「助かったよ、ユウ」


「ハリソンがしくじるなんて珍しいね。何か難しい仕掛けでもあったの?」


「いや、そういうわけじゃない。ちょっとした失敗だ。あー、普段は絶対しないんだけどな。集中力が切れた」


魔窟ダンジョンに入って結構経つから疲れているのかもしれないよ」


「そうかもな。ケネス、すまん失敗した」


「しょうがねぇ。そういうときもあるわな。となると、こいつはどうしようか」


 宝箱を眺めながらケネスが惜しむような表情を浮かべた。入っている出現品はそう大した物ではないのだろうが、ハリソンが負傷したまま引き下がるのは悔しいことが窺える。


 ユウもまた宝箱を眺めていた。しばらく黙っていたがゆっくりと口を開く。


「ケネス、僕が罠を解除するよ」


「できるのか?」


「さっきハリソンは集中力が切れただけで難しい仕掛けがあるわけじゃないって言っていたから、僕でも解除できると思うんだ」


「そうだな、オレもそう思う。今回はオレがつまらない失敗をしただけだ」


「だったらやってくれ。どうせなら開けて先に進みてぇ」


 うなずいたユウはハリソンに代わって宝箱の前で跪いた。盗っ人の小手先を取り出して宝箱の罠の解錠に取りかかる。


 最初は罠の張られ具合がどんなものか探りを入れた。冒険者ギルドの老職員に借りた木箱の罠と確かに似ている。つまり、典型的な罠というわけだ。当たりを付けると本格的に罠の解錠を始める。


 宝箱と向き合っているユウは小道具を小さく動かしていた。しばらくすると、かちり、という小さな音がする。


「開いた」


 全身の力を抜いユウが小さくつぶやいた。その瞬間、他の3人も緊張を解く。


 振り向いたケネスが宝箱に近づいた。そうして中を見る。


「ダガーか。ま、薬代くらいにはなるか。ユウ、よくやった!」


「久しぶりだから緊張したよ」


「はは、そうかそうか! これで気持ち良く進めるってもんだ!」


 褒められたユウは笑顔で道具と出現品を背嚢へとしまった。罠の解錠もまだやれると喜ぶ。


 ケネスの合図で全員が宝箱から離れた。次の部屋を目指して通路に続く扉の前へと向かう。その表情はどれも明るい。


 こうして、ユウたち4人は後ろ髪を引かれる思いをすることなく次へと進めた。

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