休養日にやること

 パーティメンバーが4人になってから稼げていないことにユウは気付いた。ケネスとジュードにユウが合流したときは割とすぐに活動が軌道に乗ったと記憶しているが、今回はなかなか右往左往している。


 しかし、ユウはそれも無理はないと思っていた。何しろ2つの事柄が同時に進行しているからだ。1つはメンバー間の連係であり、もう1つは2階への進出である。


 メンバー間の連係についてはおおよそ目処がついた。主にハリソンと他のメンバーとの連係だが、一方でユウも微妙に立ち位置の変更を強いられている。ケネスを中心にその左側をジュード、右側をユウが固めるようになったのだ。後方はハリソンが守るので菱形のような陣形である。武器を剣に持ち替えたユウを正式な戦力として2人が認めた形だ。


 もう一方の2階への進出については現在試行錯誤中だ。1階の犬鬼コボルトの大部屋で苦戦したことから、今は装備の充実を図ることで問題を解決しようとしている。


 解決策は見つけているので行き詰まっているわけではない。しかし、本当に解決するかは実際にやってみないとわからないという漠然とした不安がメンバーにはあった。だからだろう、1日休養日を設けてそれぞれ準備に専念することになったのだ。


 この日、安宿の大部屋で三の刻の鐘が鳴る頃に目覚めたユウはケネス以外が起きていることに気付いた。もう外に出る用意を済ませて寝台に座っているジュードに声をかける。


「おはよう。用意ができたら僕は冒険者ギルドに行くけど、ジュードはどうするの?」


「武器と防具の手入れを軽くやってから、ケネスの盾とハリソンの武器を買いに行くのについていくつもりだ。その後はメンバー間の連係についてもう少し考えてみようと思う」


「昨日決めたあの陣形ってまだ考えるところがあったっけ?」


「昨日の時点ではなかったが、2人が武器と防具を買うとなるとまた少し修正する必要があるかもしれないだろう。そのためにも買うところから見ておこうと思ったんだ」


 説明を聞いたユウがハリソンへと目を向けるとうなずかれた。もう1度ジュードへと向き直ると再び尋ねる。


「僕は行かなくてもいいのかな?」


「ユウの装備は変わらないからとりあえずはいい。何か変更があったとしても、夕方に酒場で話をすればいいだろう。それより、ユウには2階の地図を描き写してもらわないとな」


「うまくいったときにそのまま進むためだよね」


「その通り。ま、例え今回の挑戦が失敗して2階に行けなかったとしても、いつかは必要になるんだ。今のうちに用意しても悪くはないだろう」


「わかった。あ、ハリソン、2階の地図って持っている? あったらそれに描き足したいんだけどな」


「悪いがないんだ。全部魔窟ダンジョンでなくしてしまってな」


「それなら仕方ないね。僕が最初から描いておくよ」


 話を終えるとユウは出発の準備を始めた。宿の裏手へと回る。


 結局ケネスが起きる姿を見ないままユウは安宿を出た。冒険者ギルド城外支所に入ると2階の打合せ室に入って背嚢はいのうを床に下ろす。


「さて、順番に片付けていこうかな」


 小さく息を吐き出すとユウは武器の手入れを始めた。最初は槌矛メイス、次はダガー、更にはナイフを磨いていく。最近は使用頻度が低いので短時間しかかからない。武器で一番時間がかかるのはやはり短剣ショートソードだ。


 刃先などを一通り見たユウは刃物研ぎの道具で研いでゆく。先日も研いだがもう駄目になってきていた。扱い方は人並みなはずなので品質の問題だろうと劣化の原因を推測する。


「これ、あとどのくらい使えるのか不安だなぁ」


 研いでは見るという行為を何度か繰り返していたユウがぽつりと漏らした。刃がこぼれて切れ味が鈍くなるのならまだしも、戦っている途中で剣が折れてしまったら危ない。


「けど、買うなら剣より斧かなぁ。あっちの方が打撃系の武器に近いし」


 剣の有効性はユウも認めているが、慣れという意味では斧の方に親近感があった。難点があるとすれば槌矛メイスよりもやや短いというくらいである。


 短剣ショートソードの手入れが終わると次いで軟革鎧ソフトレザーを点検する。こちらは特に問題はなかった。


 他にも背嚢の中を見ていく。アディの町にやって来て以来あまり変わっていないが、それでも薬のいくつかは減っていた。干し肉は残り1つで水袋の中身は腰に掛けている分だけである。


 そこまで終わると四の刻の鐘が鳴った。ユウは出した道具を片付けてから最後の干し肉を囓る。味はいつもと変わらない。


 昼食を済ませると、ユウは背嚢を背負い直して打合せ室を出た。そのまま廊下を西の端まで歩いて資料室に入る。書物や羊皮紙が置いてある棚が並んでおり、部屋の隅には机がいくつか置いてあった。


 棚から必要な地図が描かれた羊皮紙を取り出すと空いている机において自分も座る。横に置いた背嚢から筆記用具と真っ白な羊皮紙を取り出すと転写の作業を始めた。今回は2階の地図を描き写すわけだが、1階のものに比べて情報量が多い。


「これは時間がかかりそうだなぁ」


 描き写してすぐにペンを止めたユウがため息をついた。なかなか面倒なことに気付く。


 しばらく眉をひそめていたユウだったが大きく息を吸い込んで再びペンを動かした。




 六の刻の鐘が鳴る前にユウは地図を描き写す作業を切り上げた。色々と考えながら描き写していたのであまり進まなかったが、それでも2階の地図を2枚描き上げる。


 筆記用具と羊皮紙を背嚢にしまったユウはそれを背負うと資料室を出た。春先から春になろうという最近は日没の時間が遅い。六の刻の鐘が鳴るころになってようやく空が朱く染まり始めていた。


 階段を降りて冒険者ギルド城外支所から出たユウは周囲に顔を巡らせる。すると、横から声をかけられた。そちらへと顔を向けるとケネスたち3人が立っている。


「ユウ、こっちだ! やっと出てきやがったぜ!」


「そんなに長く待っていたの?」


「こっちは武器と防具を選ぶだけだったからな。さすがに昼間いっぱいはかからなかったんだよ。それより見てくれ、オレが選んだ盾を!」


「え、ケネスって丸盾ラウンドシールドを買ったんだ。でも、小さいね」


「こいつぁ小丸盾スモールシールドだよ。オレは戦斧バトルアックスを振り回すから、ベルトで腕に固定できて邪魔にならないやつが良かったんだ」


 喋りながらケネスは左腕に固定した小丸盾スモールシールドをユウに見せた。直径30イテックとジュードの持つ盾の半分以下直径だが、動きを重視しているようなので実に軽やかだ。


 次いでユウはハリソンに顔を向ける。視線に気付いたハリソンが腰にぶら下げている剣を見せてきたので目線を下げる。


「ハリソンは短剣ショートソードなんだ。貧民の市場で買ったの?」


「まさか。そんなことをするくらいだったら魔窟ダンジョンの1階で出現品が出るのを待つよ。これは工房街の防具工房で買ったんだ。銀貨10枚は痛い出費だが、このパーティならすぐに稼げると思うから決めたんだ」


「なるほど」


手斧ハンドアックスは気に入ってるんだが、何しろ短いからな。その点、短剣ショートソードなら倍の長さがあるから有利になる。これなら戦うときにオレももっと役に立てるよ」


 話を聞きながらユウは自分の所持金を思い返した。遺跡から持ち出した魔石を換金した分も含めて今の蓄えの3分の2以上の値段だ。今すぐ買える金額ではあるが、もうすぐ稼ぎが安定するはずなのでその後でも遅くはないと思える。非常に微妙なところだが。


 ケネスとハリソンが武器と防具を手に入れたことがわかったので、ユウはジュードへと顔を向けた。連係の面で何が変わるのか興味が湧く。


「ジュード、この2人が買った武器と防具で何か連係が変わることってある?」


「大きくはないな。ケネスを頂点とした菱形の形はそのままだ。ただ、ケネスの守りが厚くなったのは地味に大きい。ある程度は自分で魔物の攻撃を防げるということだからな」


「前はどうしていたの?」


「避けるか、それとも俺が防いでいた」


「へへ、これからは更に前へ出られるぜ!」


「最初から陣形を崩そうとするな。ともかく、これで俺もある程度は目の前の魔物を倒すことに集中できる。ユウもそちらに専念してくれ」


「わかった。ハリソンは今まで通り?」


「その通り。背後を抜かれるとまずいから、基本的に魔物の攻撃を防ぐのを主目的にしてもらう。剣で魔物を傷つけて動けなくしやすくなったろうから、やれると考えてる」


「任せてくれ。1匹も通さない」


 陣形と基本方針をジュードから聞いた全員が真面目な顔でうなずいた。


 しかしすぐにケネスがいつも通りに戻る。


「よし、それじゃ酒場に行こうぜ! オレ腹が減ったんだ」


 ジュードが微妙な表情ををしていたが、ユウとハリソンは笑顔で賛成した。すると、すぐにケネスが踵を返して歩き始める。


 これで2階に行けるといいなと思いながらユウも仲間に続いて足を動かした。

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