2階を目指して(前)

 各々が入念に準備をした休養日の翌日、ユウたち4人は魔窟ダンジョンに入った。前回の大部屋での戦いで露わになった問題点を解消できたか確認するためだ。もしこの問題点が解決できていればいよいよ2階への道が開ける。


 特に気合いが入っているケネスをジュードがなだめつつ、ユウが地図を見ながら大部屋へと仲間を導いた。途中、普通の部屋で魔物を相手にして体を温めた末に大部屋へとたどり着く。


「今回はここだよ」


「いよいよだな! この日を待ってたんだよ。今日こそきれいに勝ってやるぜ!」


「ケネス、いつもみたいに突っ込んで行ったらダメだぞ。陣形さえ崩さなければ勝てるんだからな」


「わかってるって! ユウ、下がって準備しろ。へへ、急げよ」


 楽しそうに笑いながら扉の目の前に立ったケネスがユウに声をかけた。斧と盾を手に待ちきれないといった様子で体を揺らしている。


 そんなケネスの左後方にジュードが立ち、ユウが反対の右後方へと立った。そして、最後尾でハリソンが待機する。事前に決めた菱形の陣形だ。


 1度振り返ったケネスがうなずくと正面を向いて扉を開ける。大部屋の内部が露わになり、犬鬼コボルトたちの群れが一斉に敵意を向けてきた。


 いつもと違って今回のケネスは突っ込まずに歩いて進んでいく。他の3人も同じだ。歩調は大体同じなので陣形は維持したままである。そこへ犬鬼コボルトが一斉に襲いかかって来た。


 最初に接敵したのはケネスだ。左右からほぼ同時に犬鬼コボルトが襲いかかってくる。


「っしゃぁ!」


「ギヘッ!」


 左側から爪を突き立ててきた1匹の攻撃を小丸盾スモールシールドで受けつつ、ケネスは右側の1匹を戦斧バトルアックスでその鼻面を殴り飛ばした。次いで更に1匹が牙を突き立てようと開けた口に切り返した戦斧バトルアックスを叩き込む。今まで大きく回避していた魔物の攻撃を最小限の動きで防げるようになったことで、反撃できる機会が増えた。これにより、1度に相手にできる魔物の数が倍になる。


 一方、ケネスの左側を固めるジュードは大丸盾ラージシールドをうまく使って犬鬼コボルトの攻撃を躱しながら、長剣ロングソードで1匹ずつ確実に葬っていた。盾の使い方はケネスよりもはるかにうまい。たまにケネスに左側から襲いかかろうとする犬鬼コボルトを牽制していた。自分の周囲を完全に制御している。


 反対側のユウにも多数の犬鬼コボルトが押し寄せていた。それを1匹ずつ躱して短剣ショートソードで切りつけていく。殺すのではなく、動けないように傷つけていくのだ。数が減るまでは深追いはしない。倒した魔物の数を競っているのではないのだ。ケネスに右側から襲いかかろうとする犬鬼コボルトを自分に引きつける。


 最後尾を守るハリソンも戦い方は基本的にユウと同じだ。ただし、犬鬼コボルトが左右から大きく回り込んで襲ってくるため、右に左にと迎え撃つ必要があって忙しい。3人の背中を守るために頻繁に移動しては迎え撃つ。運動量は間違いなく4人の中で最も多かった。それでも他に比べてやや散発的な襲撃になるのでやっていけている。


 こうして、4人は自分の場所を維持しつつも仲間のために戦った。その甲斐あって激戦の割に危なげなく犬鬼コボルトの数を減らしていく。動ける魔物の数が半分以下になるとその減り方は更に早くなった。こうなるともはや結果は明らかだ。


 気が付けば、4人は犬鬼コボルトの群れをすべて倒していた。最後の1匹にハリソンがとどめを刺すと大部屋に立っているのはユウたち4人だけになる。


「よっしゃぁ、勝ったぞぉ!」


「前よりもずっとましな戦い方ができていたな。やはりこの陣形は有効なんだ」


 叫ぶケネスの近くでジュードが息を整えながら独りごちた。笑みを浮かべて結果に満足している。


「ハリソンって動き回っていたよね。それって疲れない?」


「正直疲れる。が、これで戦える目処がついたから文句はない」


「最初からそんなに動く予定だったの?」


「いや、もっと落ち着いて戦えると考えてた。けど、他のみんなよりは動き回るんだろうなとは予想していたが」


 不思議そうに尋ねるユウの質問にハリソンは若干疲れた笑みを浮かべた。そのまま床の魔石を拾い始める。ユウもそれに倣った。


 魔石の回収を終えた4人は大部屋のほぼ中央に集まる。その表情は明るい。


 望む結果を得られたケネスが嬉しそうに仲間へと話しかける。


「いい感じだったんじゃねぇか? 前みたいに壁際に追い詰められることもなかったし、このまま2階に行くか?」


「さすがにそれは急ぎすぎだろう。もう何度か大部屋で戦った方がいい。まだ1度成功しただけだからな。この調子なら明日には2階に挑戦できると思うぞ」


 気が急いているケネスをジュードが冷静に制した。しかし、2階行きまでは否定していない。今の陣形で更に慣れてからと主張しているだけだ。それがわかるからこそケネスも反対しない。


 笑みを浮かべるハリソンもうなずく。


「オレもジュードの意見に賛成だ。動き回るにしてもペース配分を把握しておきたい。場合によったらユウとジュードに負担してもらうかもしれないが」


「そこは相談だよね。そうなると、僕も動き回らないといけないのかな?」


「はは、もっとオレに魔物を回してくれてもいいぜ、ユウ」


「え、ケネスってそんなに余裕あったの? だったらいいのかな」


「ユウ、真面目に受け取るな。今こいつは勢いだけで喋ってる」


「ひでぇなぁ」


 若干呆れの入った真面目な顔つきでジュードがユウに助言すると、ケネスが悲しそうな表情を相棒に向けた。いつものことなので誰も気にしない。


 半笑いを引っ込めたユウが他の仲間にこれからのことを尋ねる。


「それじゃ、今日はこの辺りの大部屋を回るってことでいいのかな」


「おう、いいぜ! ガンガン行こう!」


「そうだな。何度も戦って戦い方を洗練させたいからな」


「最後まで体力が保つかな?」


 最後ハリソンが若干不安げな発言を漏らした。しかし、表情からそこまで深刻ではないことがわかる。


 意見がまとまるとユウの地図に沿って大きな手ビッグハンズの一行は大部屋巡りを始めた。隠し扉の向こう側の地図はそう多くはないが、魔窟ダンジョン自体が大きいので大部屋から大部屋に向かうと時間がかかる。間にある部屋にも魔物はいるのだ。


 そうしてこの日は10回大部屋で戦った。さすがにこれだけ繰り返すと4人とも慣れてくる。新しい陣形での連係も滑らかになっていた。


 とある大部屋での戦いが終わった後、ユウたち4人が拾った魔石を持って集まる。いずれも疲れた様子ではあるが同時に心地よさそうでもあった。


 肩を鳴らしたケネスが仲間に声をかける。


「今日はこんなもんかな。オレはかなり戦いやすかったぜ。やっぱ前だけ見て戦えるってぇのはいいよな」


「そのために俺たちがいるからな。戦いやすい分だけ魔物を倒してくれたらいい」


「へへ、任せな!」


「ユウとハリソンはどうだった? 俺が見ていた感じだと戦えてるように思えたが」


「僕はこれでいいよ。ケネスがあれだけ調子良く魔物を倒してくれるんなら、僕の負担もそこまで重くないからね」


「オレもだ、と言いたいところだが、最後の方はさすがにきつかった。もう少し休憩の時間を増やしてほしい。それがダメなら負担を調整してもらいたい」


 4人の中で最も動き回っているハリソンから出た要望にジュードがうなずいた。それからケネスに顔を向ける。


「と、ハリソンは言ってるが、どうする?」


「う~ん、負担の調整ってできるのか?」


「可能かどうかと言われたら可能だな。ただ、俺とユウが吸収しきれない負担は最終的にお前のところへ行くことになる。だから結局お前次第だな」


「ハリソン、休憩を長めに取ったら今のままでもいけるんだな?」


「そうだ。特に昼休憩以後だな。朝の間は今のままでもいいぞ」


「なるほどな。だったら昼休憩以後の休みを長くしようぜ。今いい感じに戦えているからこの状態を崩したくねぇんだ」


「わかった。オレはそれでいい」


 要求が受け入れられたハリソンは満足そうにうなずいた。それを見たケネスも笑顔になる。


「よし、オレたちのパーティの戦い方が決まったな! これで明日2階に挑戦できるぜ!」


「そうだな。安定して戦えるようになったと思う。ハリソン、俺たちは2階で戦えると思うか?」


「いけると思う。欲を言えば6人揃えた方がいいが、4人パーティで活動してるところもあるからな。慎重に進めばやっていけるはずだ」


「うぅ、僕は緊張するなぁ」


「大丈夫だ。罠にさえ気を付ければそう簡単にはやられない」


「ということだ。ハリソンもこう言ってるんだから心配するなって、ユウ!」


 無邪気に肩を叩いてきたケネスにユウは自信なさげな顔を見せた。それでも表情を引き締めてからうなずく。ジュードとハリソンがその様子を見て苦笑いした。


 話が終わるとユウたち4人は踵を返して大部屋を出る。そうして明日に備えるために町へと戻った。

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