手先の器用な冒険者

 魔窟ダンジョン1階の大部屋に挑戦した経験から、ユウたち3人は同じ1階の隠し扉の向こう側に活動の場所を移した。これにより、収入は大きく増える。


 ケネスとジュードはとりあえず満足した。人の数を増やさないと2階へ行けない以上、当面はできる範囲で稼ぐしかないのだ。


 問題はユウの方である。小鬼ゴブリンよりも素早い犬鬼コボルト相手に複数匹戦うのが少し厳しいのだ。短時間で1匹を倒せないのでどうしても2匹目以降の対処に遅れてしまう。現在はダガーも使って戦闘時間の短縮を図っていた。


 そんな戦力的に微妙にずれのあるパーティではあったが問題なく活動できている。元々ユウは補助戦力であったし、地図を描き、罠を解除できるという戦闘力以外で大きく貢献できているからだ。


 どう活動するべきかそれぞれ見えてきたところでユウたち3人は1度休養日を入れた。体が資本であるだけに必要以上の酷使は避けるべきなのだ。


 また、この頃からユウは他の2人と同じ安宿に泊まった。パーティが同じなのに別の宿に泊まる理由がないからだ。3人で1つの寝台を使うので少し狭いが、毎日合流の約束をしなくてもいいのは非常に楽である。


 休養日当日、ユウは三の刻の鐘が鳴ると共に起きた。ケネスはまだ寝ており、ジュードは寝台に座って干し肉を囓っている。


「おはよう、ジュード」


「ああ。ケネスと違ってユウは真面目だな。ちゃんと三の刻には起きてくる」


「あはは、僕もたまに昼まで寝ることはあるけどね」


「こいつはいつもそうなんだ。ま、休みのときくらい好きにさせろって言われたら何も言い返せないんだけどな」


「確かに。そうだ、僕、朝ご飯を食べたら冒険者ギルドに行くね。地図を描き写しておきたいんだ」


「わかった。ケネスにも伝えておこう」


「そっちはどうするの? もう本当に何もしないで過ごすのかな?」


「どうだろうな。ただ、最低あと1人は誰か入れたいから、冒険者ギルドの前の原っぱに行くかもしれない。ケネス次第だが、昼からになるかな」


「だったら、昼過ぎに冒険者ギルドの前で合流しない? 人を探すんなら僕も行きたい」


「覚えておこう」


 話がまとまるとユウは立ち上がって大部屋を出た。目指すは宿の裏手である。1日はお通じから始まるのだ。




 朝の間、ユウは資料室で地図を描き写し、空いている打合せ室で干し肉を食べてから冒険者ギルド城外支所から出た。既に四の刻の鐘が鳴ってからある程度が過ぎている。


 相変わらず賑やかな城外支所近辺をユウが見渡すと、目的の人物2人が建物の南の端で立っていた。冒険者の道の脇に寄って何かを話している。


「ケネス、ジュード!」


「来たな! 地図は描けたか?」


「描けたよ。魔窟ダンジョン内で作っていた描きかけを完成させて、更に新しく2枚描いたんだ。これであの隠し扉の向こう側はしばらく巡回できるよ」


「いいねぇ。地図を描くのを待たずに済むってわけだ」


「で、ケネスは朝の間は寝ていたの?」


「ああ寝てたぞ。それがどうかしたのか?」


「いや別に。ちょっとジュードから話を聞いたから」


「え、どんな?」


「そんな大した話じゃないよ。ねぇ、ジュード」


「そうだな。お前がよく寝る奴だって少し話しただけだよ」


「何だよそれ。妙に気になるじゃねぇか」


「それより、これで全員揃ったんだから早く行くぞ。ここで話をしていても仕方ない」


 自分の話が気になる相棒の言葉を受け流し、ジュードが原っぱに歩き始めた。ケネスは口を尖らせていたがすぐに追いかける。ユウもそれに続いた。


 早朝ほどではないが昼間の原っぱにも冒険者は多数いる。この時間だと大半がパーティへの参加希望者だ。なので所在なさげに立っている者が多い。


 そんな中へ3人揃って入ったユウたちは注目されている。声をかけてほしそうに顔を向けている者もいた。中には実際に近づいてくる者もいるが、すべてケネスとジュードに断られていた。


 何となく落ち着かない気分のユウが周囲を眺めながらジュードに話しかける。


「僕にはさっぱりわからないけれど、誰か良さそうな人はいるの?」


「今見定めているところだ。焦る必要はないから時間をかけるべきなんだよ」


「あいつ良さそうじゃねぇか。行ってみようぜ!」


「おい、ケネス! あいつ!」


「行っちゃったね。僕のときもあんな感じだったのかな?」


「ああ、ちょうどあんな感じだった。行こう」


 ため息をついたジュードが小走りでケネスに続いた。少し困惑した表情のユウも向かう。


 真っ先に駆けていったケネスが声をかけた人物は小柄だった。焦げ茶色の髪にやや鋭い目つきで、全体的にやや薄汚れていることから貧民出身であることがわかる。そんな青年が困惑の表情を浮かべていた。


 そんな青年に話しかけているケネスの肩をジュードが掴む。


「いつも先走るなって言っているだろう、お前は」


「けどよ、このハリソンってやつ、絶対いいぜ。手先は器用だし、2階に行った経験もあるんだってよ」


「そうなのか?」


「あるぞ。前のパーティは2階で活動していたからな」


「俺たちはこの町に来たばかりだからまだよく知らないが、2階に行く実力のある奴もここでパーティを探すのか?」


「3階に行けるような冒険者なら伝手で何とかなるだろうが、2階だとまちまちかな。知り合いのところに入れてもらうヤツもいれば、オレみたいにここで探すヤツもいる」


「言いにくいことだろうが、どうして前のパーティを抜けたんだ?」


「2階の大部屋で魔物にやられたんだよ。それでパーティの半分が死んじまって、残りはバラバラ。だから抜けたんじゃなくて解散したんだ」


 事情を聞いたジュードが黙ってうなずいた。どこの冒険者パーティにでも起きるよくある話だ。多少気まずいがそれだけでもあった。


 一瞬会話が途切れたのを見たユウがハリソンに声をかける。


「僕はユウです。こっちのケネスとジュードの2人と一緒にパーティを組んでいます」


「オレはハリソン。戦力的にはいまいちだが罠の解除は任せてくれ」


 自信ありげに言い切るハリソンを見たユウは自分と立場が似ていることに気付いた。


 その間にも挨拶を済ませたジュードを中心にハリソンとの話が続く。内容はかつてユウが問われたことと大体同じだ。そして、ハリソンの返答と腰にある手斧ハンドアックスやダガーを見るにその思いは強くなる。


 話の流れから恐らく採用されるのだろうなとユウは予想した。ケネスが気に入ったというのも大きいが、ジュードのハリソンに接する態度がかつての自分のときに似ているからだ。


 ただ、気になることもある。今大きな手ビッグハンズが必要としているのは戦力になる人物だ。なのに戦力とは別の方面に強い人物を引き入れる理由がわからない。ケネスの直感はともかく、論理的に考えるジュードがどんな判断を下したのか興味深かった。


 話が終わるとジュードが結果を下す。


「いいんじゃないか。お前の直感を支持するのは面白くないが」


「別にいいだろ。正しいんだから。ユウはどうだ?」


「その前に1つ質問があるんだけど、今の僕たちって戦力が必要なんだよね? 普通ならここは戦える人を採用するはずなのに、どうしてハリソンなの?」


「これは酒場で近くの奴に聞いた話なんだが、2階だと2人がかりでないと解除できない罠があるらしいというのが1つ、罠を解除できる奴は珍しいから早めに押さえておくべきというのが1つかな。戦力としての当てになる奴は割と多いから、そっちは急ぐ必要はないと思ったんだ」


「なるほど、2階のことを見据えていたんだね。そうなると、この4人で戦力としては何とかなるって見てるんだ」


「まぁな。本当にそうなのかは、これから臨時メンバーとして入ってもらって確認することになるが」


「だったらいいかな。メンバーが増えるのは歓迎だし」


 内心で大きく安心したユウは笑顔で賛成した。自分の立場が不安定にならなくて安心する。前の臨時パーティ解散の衝撃はまだ記憶に新しいのだ。


 そんなユウの内心とは関係なく周りの話は続いていく。


「決まりだな! 大きな手ビッグハンズへようこそ、ハリソン!」


「こちらこそよろしく。役に立ってみせるよ」


「おう、期待してるぜ! 今は1階の大部屋でちょいと苦労しててな。そこの目処がついたら2階に行きたいんだ」


「3人で大部屋に行ったのか。いくら小鬼ゴブリンだけとはいえ、数が厄介だったろうに」


「でも、3人でぎりぎり勝てたんだから、4人だと楽勝だろ?」


「えぇ? ジュード、そうなのか?」


「それを確認したいんだ。ダメだったらもう1人追加すればいいだろう。それでもまだ5人なんだからな」


 ジュードの説明を来たハリソンはあからさまに安心していた。連続でパーティ壊滅は避けたかったらしい。ユウも思わずうなずく。


 こうして4人目を探し当てたユウたちはまた1つ前に進むことができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る