隠し扉の向こう

 大部屋で多数の魔物と戦ったユウたち3人は自分たちの課題について意識した。しかし、魔窟ダンジョンの中にいる今はもっと目先のことに目が向く。まだ1日は始まったばかりなのだ。生活費を賄うためにも稼がないといけない。


 剣を鞘に収めたジュードがケネスに顔を向ける。


「魔物の数が多すぎると俺たちでも危ないということはわかった。で、これからどうする? 普通の部屋で小鬼ゴブリンを相手に魔石を稼ぐか?」


「それは避けたいなぁ。けど、メンバーの数を増やさないと大部屋はきついしな。どこかいい感じの場所は知らねぇか、ユウ?」


「そうだなぁ。僕もまだ行ったことのない場所なんだけど、隠し扉の向こう側にある地域に行くのはどうかな。今確認されている隠し扉の向こう側はいくつかあるらしいけど、小鬼ゴブリン以外の魔物も出るらしいんだ」


「お、いいねぇ! だったらそこに行こうぜ!」


「ちょっと待て。ユウ、その存在を知ってたのにどうしてお前は行かなかったんだ?」

「当時は駆け出しの人との2人組だったから避けていたんだ。出てくるのは犬鬼コボルトなんからしいけど、数が少し増えるみたいだから」


「なるほどな、妥当な判断だと思う」


 今まで行かなかった理由を聞いたジュードはうなずいた。


 こうしてケネスとジュードは隠し扉の向こう側へ行くことに乗り気になったわけだが、そんな2人にユウが更に説明する。


「そこに行くのは僕も構わないんだけれど、隠し扉の向こう側の地図はまだほとんど描き写していないんだ。だから、地図を描きながら進むことになるけどいいかな?」


「帰り道を記録しておくのは重要だから構わないぞ。むしろ当然のことだろう」


「多少進むのが遅くなるのはしょうがねぇ。オレだって帰りに迷子になるのはごめんだからな。描くのにそこまで時間はかかんねぇんだろ?」


「うん、記号を使って描くから短時間で済むよ。通路の長さを歩幅で測るのが面倒だけど」


「は~、大変だねぇ。オレはそういう細かい作業は苦手なんだよな。ま、頼むわ」


 ジュードから半目を向けられていることを気にすることもなく、ケネスは笑顔でユウの肩を叩いた。その調子の良さに対して何も言い返せないユウは曖昧にうなずく。


 今日の方針が決まったユウたち3人は地図に沿って一旦出入口まで戻った。そして、そのまま反対の東側に繋がっている通路へと向かう。


 周囲を歩く冒険者の流れに沿って進みながらケネスがユウに声をかける。


「ありゃ、こっち側の隠し扉って、大部屋の奥にあるんじゃなかったのか?」


「そうなんだけど、頻繁に人が行き来しているから常に魔物が駆除されたままなんだ。だからそのまま隠し扉の奥へ通れるんだよ」


「扉を隠してる意味がねぇな」


「そりゃ冒険者ギルドの資料室に地図があるんだもん。出入口から近い場所なんてみんなに全部知られているよ」


 当然といった様子でユウが答えるとケネスの気のない返事があった。戦えれば良いという考えなのが近頃わかってきたのでその薄い反応にも驚きはない。


 周囲の人々と同じように大部屋に確かに魔物はまったくいなかった。それどころか多くの冒険者がいる。更に大部屋の奥の壁に扉が開きっぱなしの通路があった。


 迷うことなくユウたち3人はその通路に足を踏み入れる。床、壁、天井を構成する石材がうっすらと光っているのでぼんやりと明るいのは今までと同じだ。


 相変わらず周囲に冒険者の姿が見える中、ユウは持っている地図の端に向かって進んで行く。そうして、ついに地図を描いていない場所までやって来た。


 筆記用具を用意しながらユウが他の2人に告げる。


「ここから先は地図を描きながら進むことになるよ」


「おう、いいぜ!」


「その筆記用具、戦いの度に片付けるのは面倒そうだな」


「うん、実はそうなんだ。でも、今のところ良い方法がなくてこのままなんだよね」


 問われたユウはジュードに答えながらも地図を描き始めた。木製の折り畳み下敷きに乗せた羊皮紙にインクをひたしたペンで記号を記していく。


 その辺りから何度目かの部屋に魔物はいなかった。先に誰かが入っていたのだ。しかし、ようやく閉じた扉に出会う。


 扉に手を付けたケネスが振り向いた。長剣ロングソードを鞘から抜くジュードと筆記用具を腰の麻袋に片付けるユウに声をかける。


「よし、入るぞ! 準備はいいか?」


「いつでもいいぞ」


「もうちょっと待って。うん、いいよ!」


 槌矛メイスを右手に持ったユウが返事をするとケネスは扉を開けた。中は30レテム四方の部屋で今までと変わりない。


 その中央に、成人男性の半分くらいの大きさの2本脚で立つ痩身の犬のような姿の魔物が6匹いた。犬鬼コボルトだ。武器は持っておらず、代わりに鋭い爪と牙がある。


 ユウたち3人が室内に入ると、その犬鬼コボルト6匹が一斉に襲いかかって来た。先程の大部屋のときと似たような展開となる。


「おらぁ!」


「ギャン!」


 最初に突っ込んだケネスが目の前の犬鬼コボルト戦斧バトルアックスを叩き込んだ。小鬼ゴブリンよりも素早い犬鬼コボルトだったが、それでもケネスの振り回す斧からは逃げられない。


 ケネスの背後を固めるジュードは散開してから半円状に襲ってくる犬鬼コボルトの1匹を大丸盾ラージシールドで殴りつけてから、別の1匹を長剣ロングソードで牽制する。今度は脇を通さないと慎重だ。


 そのジュードの右側に位置取ったユウは目の前に迫った犬鬼コボルト槌矛メイスを叩き込む。


「あああ!」


「ギャイン!」


 思い切り鼻面を鉄の棒で殴られた犬鬼コボルトが床に転げ回るのを無視して、ユウはもう1匹へと目を向けた。ちょうど右の横合いから飛びかかってきたところである。体勢を整える時間がないため、なぎ払うように右腕を振り回して槌矛メイスを相手の頭にぶつけた。そのまま受け流すように飛び込んでくる相手の体を自分の体から逸らす。


 最初の激突で死んだ犬鬼コボルトは1匹、すぐに戦えないものも1匹だ。ケネスは迷わず目の前の犬鬼コボルトを殺そうとし、ジュードは牽制に徹している。


 その中でユウは動けない1匹を放置してまだ元気な方に向き直った。これを倒せれば後が楽になる。余程殺意が高いのか、犬鬼コボルトはすぐに口を開けてユウに飛び込んで来る。


「ガウァ!」


 素早いが単調な突撃をユウは迎え撃った。牙を光らせて開けられたその口に水平となるように槌矛メイスを叩き込む。同時に自分の体から飛び込んでくる相手の体を逸らした。一瞬おかしな声を上げた犬鬼コボルトがそのまま床に転がっていく。


 今度は鼻面を叩いた犬鬼コボルトへとユウは目を向けた。ようやく立ち上がろうとしているところに駆け寄って頭を殴る。怯んだところに左手でダガーを抜いて首を切り裂いた。ようやく1匹を倒す。


「おい、ユウ! いけるか?」


「いける! ジュードの方に行って!」


 ケネスの声にユウは答えると既に立ち上がっていた犬鬼コボルトに向かった。ケネスとジュードが後れを取ることがないのならば、この目の前の魔物を倒せば終わりだ。


 警戒している犬鬼コボルトに近づいたユウは右手の槌矛メイスで殴りかかった。すると、あっさりと躱されて逆に左側から飛びかかられる。しかし、これは誘いだ。目前にまで迫ってきた相手の喉元へ殴りつけるようにダガーを突き立てる。さすがに今度は勢いを殺しきれずに相手の体とぶつかるとユウは一緒に床へ倒れた。


 動かなくなった魔物の死体を体からどけたユウはすぐに立ち上がる。急いでダガーを引き抜くと周囲を見た。立っているのはケネスとジュードのみだ。


 先に戦いを終えていたケネスがユウに声をかける。


「おう、そっちも終わったか?」


「やっと終わった。小鬼ゴブリンよりもすばしっこいのが厄介だったけど」


「はは、まぁな。それでもこのくらいなら大したことねぇだろ」


「ジュードは平気だったの?」


「俺か? ああ、問題なかったぞ。大部屋に比べて数も少なかったし、この辺りならやっていけるだろう」


「屑魔石が1つずつしか出ねぇのは小鬼ゴブリンのときと同じだけどよ、数が倍なら稼ぎもその分だけ増えるってもんだ」


 拾った魔石を手で弄びながらケネスは笑った。隣に立つジュードもケネスに同調している様子からこの辺りが気に入ったようだ。


 自分が倒した魔物の魔石を拾ったユウはそんな2人に答える。


「だったら、しばらくはここで稼ぐ?」


「そうしようぜ。1階の大部屋でさえ3人じゃきついことがわかったんだ。もう1人が揃うまではここで我慢だな。まぁ、人の当てがあるってんなら話は別だけどよ」


「僕にはそんな当てはないなぁ」


 アディの町にやって来てまだ知り合いの少ないユウに人を紹介することは無理だった。当面はあの原っぱで人を探すことになる。


 それよりも、ユウは犬鬼コボルト相手に意外と手間取ったことを気にしていた。1匹ずつなら問題ないが、2匹同時になると素早い相手なので少しきつい。ダガーも使った戦い方を検討するべきかと内心で悩む。


 できるだけ2人の足を引っぱらないようにとユウは考えた。

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