大部屋に挑戦

 ユウが大きな手ビッグハンズに迎えられてから4日が過ぎた。あれから3人は魔窟ダンジョンで1日中1階を巡っている。


 以前ユウが作った1階の地図が20枚近くあるので行き先には困らなかった。地図に記載された範囲で魔物を倒し、宝箱を開けていく。


 地図に記載された範囲では部屋に小鬼ゴブリンが3匹しか現れないのでユウたち3人の敵ではなかった。1人1匹ずつ担当して瞬殺である。


 また、宝箱の罠もユウが練習した通りのものだったのでほぼ問題なく解除できた。たまに失敗することがあるものの、その頻度は日に日に下がっている。


 こうして順調に魔窟ダンジョンを巡った結果、ユウは前よりも更に稼げるようになった。やはり慣れた者同士で活動すると効果的だ。


 しかし、稼ぐのには都合が良い環境であっても冒険者としての刺激はなさ過ぎた。真っ先に不満を上げたのはケネスである。


「稼ぎはともかく、単調な繰り返しはさすがに飽きてきたぜ」


「さすがに終わりなき魔窟エンドレスダンジョンと呼ばれるだけあって、ひたすら同じ部屋と通路が続くんだな。これはなかなか精神的にくるものがある」


「そういうものだと割り切ったらいいと思うんだけどな。ケネスもジュードも駄目なの?」


「オレはダメだな。期間限定で耐えるっていうのならともかく、こうも同じことが続いたらさすがにきつい」


 この日の活動を終えたユウたち3人が出口に向かって歩く中、ケネスがうんざりとした表情を浮かべた。ジュードも同調している。


 2人とは違う意見のユウは小首を傾げた。刺激のある冒険はある程度蓄えを増やせてからだと考えているのであまり共感できないでいる。


「うーん、そうかぁ。まぁでも、このパーティの実力からすると簡単すぎるのは確かかも」


「だろ! だからさ、明日は大部屋に挑戦しようぜ!」


「俺も賛成だ。みんなどう動くかもうわかっているんだから、次に進んでもいいと思う」


 2人が希望するのを見てユウは心が揺らいだ。いずれは自分たちも大部屋に挑戦したいと思っていたのは確かだからだ。


 しばらく悩んでからユウが口を開く。


「現状が楽なら次に進んでもいいかな。無理だったら戻ればいいんだし」


「その通り! なら明日挑戦しようぜ! ユウ、地図に大部屋は描いてあるんだろ?」


「あるよ。出入口近くは誰かが先に入っていると思うから、奥の方に行かないといけないけど。それと、小鬼ゴブリンがたくさん出る所と小鬼長ホブゴブリンが出る所の2種類あるけど、どっちから行く?」


小鬼長ホブゴブリンにしようぜ。小鬼ゴブリンはもう飽きたんだ」


 大部屋へ行くのに最も積極的なケネスが真っ先に主張した。ジュードが反対の声を上げなかったので明日の方針が決まる。


 やることが決まったユウは腰の麻袋から地図を取り出した。脇で雑談をしている2人の話を聞きながらそれを見る。できるだけ無難な大部屋がないか探した。




 翌朝、ユウたち3人は万全の調子で魔窟ダンジョンに入った。最初の部屋にたどり着くとユウが腰の麻袋から地図を取り出してケネスとジュードに見せる。


「この地図を見て。これから行く所はここ、少し遠いんだ。でも、小鬼ゴブリンに混じって小鬼長ホブゴブリンはいるし、部屋の中に罠もない。初めて挑戦するにはちょうど良い大部屋なんだ」


「お、いいじゃねぇか。早く行こうぜ!」


「この大部屋が先に誰かに攻略されていたらどうするんだ?」


「他にもいくつか候補があるから心配ないよ。多少条件が悪くなることもあるけど、大部屋自体はいくつもあるからどこかで魔物と戦えるよ」


 流れるような説明にケネスとジュードは納得した笑顔をユウに向けた。実際、1階とはいえ多数の地図を持っているユウにすれば大部屋の数は充分にあるのだ。


 話が終わるとユウを先頭に3人は魔窟ダンジョンの奥へと進む。周りに冒険者の姿が見えなくなってからは部屋ごとに魔物を倒していく必要があったが、今の3人には何と言うことはない作業だ。


 そうして目的の大部屋の手前までやって来る。ここからが本番だとケネスとジュードがユウの前に立った。扉に手をかけたケネスが振り返って笑顔を見せる。


「それじゃ行くぜ!」


「魔物の数は多いそうだから油断だけはしないでよ、ケネス」


「こいつがヘマをしたら俺が助けてやるから心配はいらないぞ、ユウ」


「ちぇっ、お前っていっつもそうだよな。まぁいいや。それじゃ改めて行くぜ!」


 盛り上がった気分に水を差されたケネスが一瞬口を尖らせた。しかし、すぐに笑顔に戻って扉を開ける。


 開いた扉から見えた大部屋の中は当然ながら通常の部屋よりも広かった。大きさも事前に把握しているとおり50レテム四方というのが何となくわかる。


 その大部屋の中で多数の魔物が待ち構えていた。その多くが薄汚れた緑色の肌をしたがりがりの小人みたいな小鬼ゴブリンだが、2匹だけ5割増しで背が高く腹が出っ張った醜い年寄りのような姿の魔物がいる。錆びた短剣ショートソードを持った小鬼長ホブゴブリンだ。


 扉を開けたケネスが部屋の中に入ると魔物たちは一斉に襲いかかってくる。ジュードが相棒の背後を固めるべく後に続いた。


 五月雨式に襲いかかってくる小鬼ゴブリン戦斧バトルアックスを叩きつけながらケネスは前に進む。その目は小鬼長ホブゴブリンを見据えてぶれない。


「おらおら、どけぇ!」


「ギャッ!」


 仕留めた小鬼ゴブリンを脇に吹き飛ばしたケネスは開けた前方に踏み込んだ。また別の1匹が襲いかかってくると同じように戦斧バトルアックスで叩き伏せる。


 後に続くジュードはそんなケネスの背後を守った。戦斧バトルアックスの殺傷範囲の外から回り込んでやって来た小鬼ゴブリンたちを長剣ロングソード大丸盾ラージシールドで牽制しつつ弾き飛ばす。


「それじゃ通せないな!」


「ギゲッ!?」


 大丸盾ラージシールドで殴られた小鬼ゴブリンが吹き飛んだ。その直後、反対側に向き直って別の1匹に長剣ロングソードを突き刺す。魔物を倒すよりもケネスの背後を守ることを優先した戦い方だ。あくまでも支援に徹している。


 そんな2人に対して、最後に部屋の中へと入ってきたユウは少し離れた場所にいた。室内にいる敵味方の趨勢が把握できると2人の後方から右側へと移っていく。


「あああ!」


「ギギッ!」


 2人に横から襲いかかろうとしていた小鬼ゴブリンをユウは側面から槌矛メイスで殴り飛ばした。次いで向かってくる1匹の錆びたダガーをはたき落として蹴り飛ばす。槌矛メイスで一撃必殺は難しいので殴って弱らせる戦い方を選んだ。


 そうしているうちにケネスは小鬼長ホブゴブリンと戦い始めていた。小鬼ゴブリンよりも大きく強い魔物が錆びた短剣ショートソードを振り回している。しかし、難なくその剣をはじくと戦斧バトルアックスを脳天に叩き込んだ。


 一方、ケネスの支援を堅実にこなしていたジュードは苦労していた。小鬼ゴブリン1匹ずつは大したことがないものの、複数匹に同時突撃すると手に余るのだ。体は1つで腕は2つしかないのである。もちろん、連係が破綻しないように立ち回るのが重要なのだが、それにしても限度があるのだ。


 ジュードの脇をすり抜けた小鬼ゴブリンがケネスの背後へと迫る。そのとき、その側頭部に投げられた槌矛メイスが当たった。動きを止めた小鬼ゴブリンが昏倒する。


「ユウ!?」


「あああ!」


 目を見開くジュードが見る前で、槌矛メイスを手放したユウはダガーを逆手で引き抜いた。そして、倒れた小鬼ゴブリンに近づいて跪いて胸元に突き刺し、強引に引き抜いて立ち上がる。とどめで首を足で押しつぶした。


 次は周囲に目を向けたユウはケネスが2匹目の小鬼長ホブゴブリンを倒したのを目にする。生き残った小鬼ゴブリンの数も少ない。大勢が決したのを知った。


 室内にいるすべての魔物を倒したユウたち3人は床に落ちている魔石を拾いながら集まる。どの顔にもわずかな疲労が窺えた。


 手にした魔石を目にしながらケネスが口を開く。


小鬼長ホブゴブリンとはいえ、やっぱり小鬼ゴブリンだったな。あんまり変わらなかったぜ。あいつが屑魔石3つを落としたのは多いんだか少ないんだか」


「けど、されど小鬼ゴブリンだったな。1度にやって来られると対処するのが難しい。1匹すり抜けられたよ」


「知ってる。ユウがいたから放っておいたが、この様子だと壁際で戦った方が良かったな」


「そうなんだろうが、あと1人いたら安定して戦えると思う。お前の後ろを俺が固めて、俺たちの両脇に1人ずついて敵を引っかき回すんだ。これでかなり違うと思うぞ」


「遊撃要員が2人か。ユウはどう思う?」


「僕もあと1人欲しいな。槌矛メイスを投げるのはもう避けたいよ」


「あーうん、そりゃまぁなぁ」


「少し無理をさせたようだな。悪かったよ」


 まなじりを下げたユウを見たケネスとジュードは少しばつが悪そうにしつつもうなずいた。戦闘中に主武装を手放すというのは余程のことだ。そうさせないようにすることも仲間の務めである。


 ともかく、数で押し寄せられたら3人では厳しいということがわかった。例え格下の魔物であっても数が揃うと大きな脅威になる。今の状態では2階に行くことは無理だ。


 大部屋で勝利することはできたものの、同時に課題が見つかったユウたち3人は難しい表情を浮かべた。

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