第10章 集う冒険者たち

2人組からの誘い

 魔窟ダンジョンを囲む壁にしつらえられた門の横でユウは雨に濡れながら立っていた。脇に伸びている冒険者の道を進む冒険者たちの会話がかしましい。


 つい先程まではいつものように魔窟ダンジョンで稼ぐつもりでいたユウは振り返った。原っぱでは晴れているときと同じように冒険者たちがそれぞれ交渉をしている。


 すっかり体の冷えたユウは働く気分にはなれずに踵を返した。北に向かう人の流れに逆らって道を南に進むのは難しいので原っぱを歩く。すぐに冒険者たちの集まる所に着いた。


 今日もパーティに入りたがる冒険者は数多くいる。冒険者を迎え入れたいパーティも同様だ。その熱気はいつもと変わらない。


 そんな中に入ったユウはぼんやりと周囲を見るだけだった。新しいパーティを見つけないといけないことはわかっているのにやる気がまったく起きない。


 小雨が止んだ。これ以上濡れることはないがすっかり濡れ鼠である。それは周りの冒険者たちも同じであるが覇気の有無は明白だった。


 やがて原っぱでの交渉も下火になる。今日も多くの個人がパーティに入れなかった。一部は残り物同士でパーティを作ろうと動き回り始める。


 かつて自分もやっていたことを眺めつつ、ユウは他の人はあれでうまくやっていけているのだろうかと思った。自分だけがうまくいかなかったのではと考えて更に落ち込む。


 三の刻の鐘が鳴ると、原っぱの前に立っている冒険者ギルド城外支所の出入口が開いた。建物の前に群がっていた冒険者たちが一斉に入っていく。


 新しいパーティを探す気力のなかったユウはふらりと歩いて建物に入った。中は相変わらず騒がしい。そのまま受付カウンターの前に連なっている列の1つに紛れた。


 順番が回ってきたユウが受付カウンターの前に立つとトビーが目を剥く。


「朝から珍しいな、って思ったら、ずぶ濡れじゃねぇか。雨の中ずっと待ってたのかよ」


「木箱を貸してください」


「まぁそりゃいいが、なんか今日はやけに暗いな。ほら」


 受付カウンターの下から取り出した木箱をユウに手渡したトビーが不思議がった。明らかに今までとは違うからだ。


 木箱を受け取ったユウは気にかけてくるトビーを無視して建物の2階に上がる。開いている打合せ室に入るとそれをテーブルに、背嚢はいのうを床に置いた。


 椅子の1つに座ったユウは木箱に手をかけるがそれ以上動かない。頭に思い浮かぶのは臨時パーティを解散したことばかりだ。


 しばらくじっとしていたユウだったが首を横に振る。


「いつまでも引きずっていたら駄目だ。切り替えないと」


 大きくため息をついたユウはつぶやいた。何度か目をしばたかせて顔を引き締める。そうして改めて罠の解除の練習に取り組んだ。


 その日、ユウは1日中木箱を前にひたすら解錠に打ち込む。そうして、ようやく魔窟ダンジョンでもやっていけるという自信がついた。




 春先でまだ朝晩の冷え込みが厳しい中、ユウは生乾きの服を着たまま一晩を過ごした。そのせいで充分に眠れずに疲れが癒えないまま翌朝を迎える。


 二の刻の鐘が鳴ると共に寝台から立ち上がったユウは体をさすった。服はもう大体乾いているがどうにも寒く思える。


 出発の準備を調えるとユウは安宿を出た。未だ日の出前だが雨は降っていないことはわかる。空を見上げると月明かりのおかげで晴れていることがわかった。


 冒険者ギルド城外支所の前の原っぱには相変わらず数多くの冒険者たちが集まっている。これだけ見るとすぐにどこかのパーティに潜り込めそうだが実際はそうではない。


 ただ、前回とは違って今回のユウは魔窟ダンジョンでの探索経験があった。交渉条件は前よりも揃っている。なので希望は持てた。


 原っぱに入ると、ユウは最初に声かけをしているパーティリーダーの元へ足を向ける。比較的条件が合致しそうなところにだ。


 何人かが集まるとリーダーの冒険者がパーティ参加希望者に1人ずつ尋ねていく。


「武器と防具は何を使ってる?」


「俺は短剣ショートソード大丸盾ラージシールドだよ」


戦斧バトルアックスだ。硬革鎧ハードレザーだから盾なしでもいけるぜ」


「僕は槌矛メイス軟革鎧ソフトレザーです」


「お前はダメだ。そりゃ完全に1階の装備だろう。俺たちはこれから2階に向かうんだよ」


 あるパーティの面接では装備の不足を指摘されて不合格にされた。軽戦士は求められていなかったのだ。


 仕方なく別のパーティの面接に参加する。


「あんた、魔窟ダンジョンに入った経験はあるか?」


「はい、ありますよ」


「どの階にどのくらい入っていたんだ? 何人だったのかも教えてくれ」


「1階に1ヵ月半くらいですね。そのときは2人でした」


「少ないな。4人以上じゃないのか。それはちょっと無理だな。俺たちの求めている冒険者とは違う」


 他のパーティの面接では求めている経験をしていないということで不採用になった。


 このようになかなか自分を採用してくれるパーティに巡り会えずに原っぱの方々を歩いて回ることになる。日の出前に原っぱを何周したかわからなかった。


 パーティの数がみるみる減っていく中、ユウは立ち止まってため息をつく。


「やっぱり簡単にはいかないな。もう1回自分で臨時パーティを作るしかないのかな」


 渋い表情を浮かべたユウがつぶやいた。旅に出てからというもの、パーティへの参入で苦労してばかりだ。縦も横も繋がりのない流れの冒険者のやりづらさを改めて実感する。


 行き詰まりを強く感じていたユウはどうしようか迷った。これ以上続けていてもうまくいくようには思えない。


 立ち止まって考え込んでいたユウだったが、突然肩を叩かれて体をびくつかせる。


「あんた今1人かい?」


「え? ええ。あなたは誰ですか?」


「よっしゃ! こいつ1人だってよ、ジュード!」


「どうしてお前はいつもそうやって1人で突っ走るんだ。とりあえず落ち着け」


 赤みがかった茶髪に自信に満ちた顔の青年に声をかけられたユウは半ば呆然とした。硬革鎧ハードレザーを着込んで戦斧バトルアックスを手にした姿は典型的な冒険者である。一方、ジュードと呼ばれた青年もまた大丸盾ラージシールドを左手に持ち、長剣ロングソードを収めた鞘を腰に吊す冒険者だ。


 くすんだ金髪で大きな体格をしたジュードが声をかけた青年に呆れた表情を見せる。


「ケネス、たまにはよく考えてから行動したらどうなんだ」


「オレの場合、直感で動いた方がいいんだよ。お前だって知ってるだろ?」


「仲間選びくらいゆっくり慎重にしようじゃないか」


「何言ってんだ。こういうのは早い者勝ちだぜ?」


「だったら寝坊して出遅れた時点でダメだろう」


「うぐっ、そ、それはまぁ。でもそれはもう過ぎたことだしよ」


 都合が悪くなったケネスがジュードから目を背けた。今になって原っぱにやって来た理由が判明する。


 完全に置いてけぼりになったユウは黙って2人のやり取りを眺め続けた。初対面の相手なのでなんと声をかけて良いのかわからない。


 そんなユウに対して形勢不利なケネスが声をかける。


「おっと、無視して悪いな。オレはケネス、大きな手ビッグハンズのリーダーだ! この町にある終わりなき魔窟エンドレスダンジョンって所で稼ぐためにやって来たんだ。こっちはジュード、ちょいと口やかましいが頼れる相棒だぜ」


「誰が口やかましいだ。露骨に話を逸らそうとするな。まぁでもいいだろう。俺はジュード、ケネスの相棒だよ。昨日この町に着いたばかりなんだ」


「僕はユウです。1ヵ月半くらい前にこの町にやって来てここの魔窟ダンジョンに入っています」


 挨拶が一通り終わると早速ケネスがユウに向き直った。機嫌良く喋り始める。


「これからここの魔窟ダンジョンに入りたいんだけどよ、2人じゃちょいと少ないかなって思ってたんだ。そこで仲間探しのためにここへやって来たんだが、そのときにあんたを見つけたってわけさ」


「は、はぁ。え、いきなり採用してもらえるんですか?」


「おう、オレの目に狂いはねぇからな!」


「ちょっと待て、勝手に話を進めるな。まだ相手のことを何も知らないだろう。ユウ、今から質問するからそれに答えてくれ」


 リーダーであるケネスを制したジュードが若干疲れた表情でユウに質問を始めた。使っている武具に始まり、考え方、戦い方、魔窟ダンジョンでの経験などについて割と細かい。


 一方のユウも気になることは問い返した。相手の条件は満たせても、自分の条件を満たせていなければ断らないといけない。


 お互いに話し合いが終わるとジュードの表情が柔らかくなった。ケネスに顔を向ける。


「これなら臨時メンバーに迎えてもいいんじゃないか?」


「だから言ったろ、オレの目に狂いはねぇって」


「言い返しにくいのがむかつくな。けど、はっきりとさせておくのも大切だぞ」


「わかってるって! だからお前に任せてるんじゃねぇか」


「自分でやれ。リーダーはお前だろう」


 話がまとまると再び言い争い始めた2人をユウは黙って見ていた。間に入りづらい。


 それでもとりあえずパーティに入れたことにユウは安心した。

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