臨時パーティの解消

 相棒の負傷によりユウが1人で活動して1週間が過ぎた。ようやく元の形で活動できることを密かに喜ぶ。1人はなかなかきついのだ。


 いつもの安宿で二の刻の鐘が鳴る頃に目が覚めるとユウは準備を調える。最近は以前ほど冷え込まないので起きやすい。


 うっすらと周囲が見える中、ユウは宿を出た。すると、小雨に濡れながら歩く冒険者たちの姿を目にする。地面も建物もすっかり雨水に染められていた。


 顔をしかめたユウは宿の軒先で立ち止まったが、すぐに他の冒険者たちに混じって路地を歩く。春先とはいえ、肌に当たる水滴はまだ冷たい。


「あーもう嫌だなぁ」


 空を見上げたユウの口から感情がこぼれた。魔窟ダンジョンに入るまでの辛抱であっても不快なものは不快である。


 周りの流れに合わせたユウは路地から冒険者の道へと出た。向かうは魔窟ダンジョン手前にある門である。


 冒険者ギルド城外支所の建物に差しかかるとユウはいつもの待ち合わせ場所に目を向けた。すると、久しぶりに見かける人影が門の近くにある。


「ルーサー、おはよう!」


 小走りで相棒に近づいたユウは1週間ぶりのルーサーに挨拶の声をかけた。小雨が鬱陶しいが2人で活動できる喜びの方が今は大きい。


 一方、ルーサーの反応には精彩がなかった。挨拶に反応こそするが、前のような元気さがまるでない。


 不思議に思いつつもユウはルーサーに話しかける。


「太ももの傷の具合はもういいのかな? その様子だと歩けるとは思うんだけど」


「ああ、どうにか。まだちょっと不安なところがあるけど、いつまでも休んでるわけにはいかないしね。また稼がなきゃ」


「そうだよね。でも急ぐ必要はないよ。調子が戻るまでまた時間をかけて歩いたり戦ったりすればいいんだし」


「まぁそうだね。ユウはこの1週間何してたの?」


「罠の解除の練習をしたり1人で魔窟ダンジョンに入ってたりしていたよ」


「え、1人で!? 平気だったの?」


「さすがにきつかった。それに、他の冒険者の目も気になるから気が休まらないよ。やっぱり誰かと一緒に入った方がいいね」


 目を見開いて驚くルーサーにユウは苦笑いしながら答えた。パーティを組む理由を改めて強く感じたのだ。


 しばらく話をしていた2人は雨に濡れて徐々に体が冷えてきた。服も雨に濡れる範囲が広がってきて乾かすのに時間がかかるようになってきている。


「ルーサー、早く魔窟ダンジョンに入ろう。今日は雨が降っているから冷たくて仕方がないよ。このままじゃ風邪をひいちゃう」


「あのさ、ユウに話があるんだ」


 何となく元気のなかったルーサーがいきなり真剣な表情をして話しかけてきたのでユウは驚いた。よく見ると何か思い詰めているようにも受け取れる顔つきだ。


 相手の態度を受けてユウも顔つきを引き締める。


「どうしたの? 何かあったのかな?」


「あのさ、今まで俺たち臨時パーティを組んでただろ。それを解消したいんだ」


「え? 解消? もしかして、正式なパーティにしたいとか?」


「違う。解散したいんだ。俺たち、お互いに1人で困っていたから一時的に組んでいたけど、俺の方はそれをどうにかできる目処がついたんだよ」


「目処がついたって、一体どうやって?」


「俺はこの町の貧民街で生まれ育ったんだけど同じような友達がいてね、そいつらも冒険者を目指していたんだ。それでつい先日、ようやくみんな剣と盾を手に入れて魔窟ダンジョンに入れるようになったんだ」


「それで、ルーサーはそっちのパーティに入ることになったんだ」


「うん。ほら、ユウと組んで魔窟ダンジョンに入って俺たち結構稼げてただろ。それを知った友達が自分たちも一緒に稼ぎたいから入ってくれって頼まれたんだ」


「ああなるほど」


 理由を知ってユウは納得した。友達が調子良く稼いでいたら自分もと思うのは自然なことである。更に、友達という縁で結ばれているので無碍にもできない。下手に断ると孤立してしまう。それは貧民街では致命的であり、貧民出身の多い冒険者の中でも不利になる原因の1つだ。


 話をしながらルーサーが別の方へ視線をちらちらと向ける先には3人の人影があった。誰もが粗末な剣と盾を持っている。そして、その顔に見覚えがあった。安酒場『黒鉄の酒樽亭』でルーサーとテーブルを囲んでいた面々だ。


 言葉少ないユウにルーサーが喋り続ける。


「俺さ、ユウには感謝しているんだ。あのとき原っぱでどこかのパーティに入ろうとしてたけど全然うまくいかなくて困っていたんだ。そんなときにユウが声をかけてくれたから本当は嬉しくて」


「まぁ、僕も誰にも相手にされなくて困っていたからね。それはお互い様だよ」


「そ、そうか。それに、剣と盾について色々と教えてくれたり怪我を治してくれたりもしてくれたしね。あのとき治療してくれなかったら、もう冒険者をできていなかったかもしれない」


「パーティを組んでいるんだから助けるのは当然だよ。それに、治療の代金はちゃんともらったしね」


「うん」


「恐らくあそこにいる3人のことなんだろうけど、この前、黒鉄の酒樽亭でルーサーと一緒にいた人たちだよね?」


「え、見てたの!?」


「たまたま居合わせただけだよ。あのときより人数が少ないけど他の人は?」


「残りの2人は剣と盾を揃えるのにもうちょっとかかるから、後でパーティに参加することになってるんだ」


 かつての記憶と人数が合わなかった理由を知ってユウはため息をついた。一般的なパーティの人数は4人から6人だ。その人数はもう揃っているらしい。


「うーん、そうなると、僕が入る余地はなさそうだね」


「そうなんだ。それに、俺たちのパーティにユウが入ってもうまくいくかわからないよ」


「どういうこと?」


「色々とあるんだけど、一番強く感じたのは矢が刺さった傷を治してもらったときかな。あのとき、俺が代金が高いって驚いたのを覚えてる?」


「うん、覚えているよ」


「あのとき、ユウと俺たちは違うんだなって思ったんだ。ユウの言ったことは正しいと思うけど、感情でどうしても納得しきれないところがあるんだよ。それに、これから色々と武器や防具を揃えたいから薬にまでカネを回せないし。たぶん、この感覚の違いのせいで後々大変なことが起きそうな気がするんだ」


 言いにくそうにしつつも喋るルーサーの話を聞いていたユウは似たような話をどこかで聞いていたことに気付いた。あれは冒険者ギルドの打合せ室で老職員から講習を受けているときだ。ぼんやりとそのときの言葉が脳裏に蘇る。


『仲間探しのコツは似たもの同士で組むのが一番だぞ。性格が合うのが一番だが、目的が一致しているのも重要だ。逆に話をして性格が合わないならそのパーティには入らない方がいい』


 図らずもルーサーはあのときの言葉を実行しているのだ。誰に言われるでもなくやっている相棒に対しユウは素直に感心する。


 振り返って見れば、今までずっと臨時パーティのままだったこともおかしかったのだ。うまくいくとわかったのならばさっさと正式なパーティにしてしまえば良かったのである。それを色々と理由を付けて後回しにしていたのだから、ユウ自身も無意識にはルーサーは違うと感じていたと今になって気付いた。


 臨時パーティは正式なパーティとは違って一時的な目的のために組むものだ。お互いの利益が一致しなくなったのならば解消するのは当然である。問題なのはどちらが先に言い出すかであり、円満に解散できるかどうかだ。


 今回はルーサーの方が先に利益が一致しなくなった。だからユウがパーティ解消の話を持ちかけられたのだ。もしユウが先であれば立場は逆になっていただろう。


「わかった。それじゃ臨時パーティは解散ということでいいんだね」


「うん」


「ルーサーの事情は理解できるから僕の方も諦めるよ。そっちでうまくやれるといいね」


「ありがとう、ユウ」


「ちなみに、そっちのパーティのリーダーは君がなるのかな?」


「うん、俺がリーダーなんだ。パーティの名前は『黄金の発泡酒ゴールデンエール』なんだよ」


「エールなの?」


「そうなんだよ。たくさん稼いで腹一杯飲み食いするって意味なんだ!」


 嬉しそうに告げられたパーティ名を聞いたユウは曖昧にうなずいた。大体のパーティ名の由来などこんなものである。


「悪くない名前だと思う。いいんじゃないかな」


「ありがとう! それじゃ、俺たちこれから魔窟ダンジョンに入ってくるよ!」


「ああ、いってらっしゃい」


 元気よく告げられた言葉にユウは言葉を返した。仲間の元へ駆け寄ったルーサーが4人で門を潜っていく。その姿は他の冒険者に紛れて見えなくなった。


 他人も自分の都合で動くということをのは当然だ。ユウはその辺りの理解が不充分だったことを痛感し、他人と組むことの難しさを思い知る。


 1人残されたユウは長話をしていたせいもあってすっかり雨に濡れていた。

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