単独での活動の日々

 一時的に1人となったユウはできることから順番に手を付けていった。


 ルーサーを家の近くまで送った翌朝、三の刻の鐘が鳴ってから貧民の工房街へと向かう。目的の場所は細工工房『器用な小人』だ。何となく寂れた石造りの工房は今日も開店していたので中に入る。


「オリヴァーさん、おはようございます」


「おう、あんたか。できてるぞ」


 客の顔を見た途端に声を上げたオリヴァーが手に品物を携えてユウに近寄った。機嫌良く話しかける。


「先日頼まれてた小道具だよ。こっちが借りたやつ、こっちが作ったやつだ」


「新しいっていう以外は同じに見えますね」


「そりゃ当然だ。でなきゃあんたがちゃんと使えないだろ」


 言い返されたユウは苦笑いしながらうなずいた。確かに参考にした小道具と違う物を渡されても使いこなせない。


 受け取った小道具をしばらく眺めていたユウは満足すると懐にしまった。


 その様子を見ていたオリヴァーが少し真顔になって口開く。


「前にあんまり人に見せるなとも言ったが、罠の解除以外にも使うなよ。出所を問われたら俺も面倒なことに巻き込まれるからな」


「はい、わかりました。でも、魔物相手に戦う冒険者で盗賊の真似事なんてめったにないと思いますけど」


「何言ってる。違いなんて魔窟ダンジョンの中か家の中かだけしかないぞ。どちらにせよ罠を解除するという点は同じなんだからな。少なくとも周りはみんなそう見ると思っておいた方がいい」


「なるほど、わかりました。気を付けます」


「あと、その小道具を落とさないようにな。拾った奴が悪人だと悪用される」


「そうか、なくしちゃうことにも気を付けないといけないんだ」


「これが一番可能性が高いから特に注意しておくんだぞ。もう作らないからな」


「はい、ありがとうございます」


 ようやく必要な道具を手に入れたユウは工房を出ると冒険者ギルド城外支所に向かった。受付カウンターでトビーに会う。


「トビーさん、おはようございます。これ、ウィンストンさんに返しておいてください」


「ああこれね。わかった」


「それと、木箱を貸してください」


「いいぞ。ほら、落っことして壊すんじゃないぞ。どこへ持って行くんだ?」


「ここの2階です。打合せ室を借ります」


「あそこね。だったらいいか。ほら行ってこい」


 木箱を受け取ったユウは小脇に抱えて受付カウンターの南端にある階段を登った。開いている打合せ室を見つけると中に入る。


 狭い部屋にある木製のテーブルに木箱を置いたユウは背嚢はいのうを床に置いて丸椅子の1つに座った。直後にオリヴァーから受け取った小道具を懐から出す。


「さぁ、練習の続きをしよう」


 一息間を置いたユウは小道具をつかって罠の解除の練習を再開した。まずは感覚を取り戻そうと教えてもらったことを一通り試したが、もちろん全然うまくいかない。それでもめげることなく練習を繰り返した。昼食と休憩を挟んで夕方まで続ける。


 その結果、ユウはささやかなコツというべきものを身に付けた。10回中1回という成功率だが今までまったく解除できなかったことを思うと進歩である。


 気を良くしたユウはその日の夕飯を肉の盛り合わせにした。


 罠の解除の訓練を再開した翌日以降、ユウは単独で魔窟ダンジョンに入る。さすがに1週間働かずに蓄えを減らし続けるのは避けたかったのだ。色々入り用なこともあって1ヵ月前と所持金があまり変わっていないということに不安を感じているのもある。


 では、魔窟ダンジョンでの活動はどうなのかというと、一応1人でもやっていけるという案配であった。稼ぎはいくらか減った程度である。さすがに小鬼ゴブリン3匹に後れを取ることはなかった。


 もちろん既に地図を作成した場所だけを周回していたからだ。罠のある場所を徹底的に回避して魔物だけを倒し続けたからこその成果である。罠で負傷したルーサーが帰還できたのはユウがいたからだが、今のユウに当時の自分のような存在はいない。


「なるほど、確かに1人はやりにくいな」


 魔物倒して魔石を拾ったユウはぽつりと漏らした。地図があるからこそ今のところ1人で活動できているが、これが地図なしだったら間違いなく立ち往生している。


 そして、前に老職員の講習で習ったことの中に1人で魔窟ダンジョンに入る危険性というものがあった。特に強調されたのが自分以外の冒険者についてだ。


 魔窟ダンジョンの中ではすべてが自己責任である。これは魔物や罠だけではなく、冒険者同士の諍いは当事者で解決するのが原則という意味においてもだ。この習慣を悪用する輩が冒険者の中にはいる。しかも、それが誰なのかはわからない。


 そのことを覚えていたユウは、1人で活動中は可能な限り他の冒険者を避けた。大半の冒険者は避ける必要がないのだが、一部の者に引っかかってひどい目に遭わないようにするためには接触しないのが一番だからだ。


 その結果、ユウは2人で活動していたときよりも精神的にはずっと疲れた。まるで自分がお尋ね者になったかのような気分である。


「何も悪いことなんてしていないのに、どうしてここまでこそこそしないといけないんだ」


 正直なところ、ユウはもう何も考えずに大手を振って活動したかった。


 しかし、隠れながら活動して良かったということが1度だけあった。雰囲気の怪しい4人組パーティを見かけたのだ。かすかに聞こえる4人の会話には獲物という言葉がたまに出てきたが、どうも魔物のことを言っているようには聞こえなかった。


 幸い、そのパーティは別の通路を進んで行ったが、以後はルーサーが戻ってくる日までの辛抱とひたすら身を隠しながら魔窟ダンジョンを探索する。


 日々心身共に削るような思いで活動していたユウは、魔窟ダンジョンから出てもまだその日の仕事は終わらなかった。


 夕方頃に換金所で換金を済ませると、冒険者ギルド城外支所に行って罠の解除の練習をするのだ。前に受付係から七の刻の鐘が鳴る頃まで冒険者ギルドはやっていると聞いたので、閉まるまで打合せ室にこもるのである。


 頼まれた木箱をカウンターに置いたトビーがユウを見て呆れていた。ただし、馬鹿にした様子はなく、若干感心しているように見える。


「お前もよくやるよなぁ。魔窟ダンジョンに入った日なんて帰ってきたら酒飲んで寝るのが一番なのによ」


「僕もそうしたいんですけど、罠を解除できるようになったらもっと稼げるんで頑張っているんです。痛い目に遭いたくもないですしね」


「真面目だねぇ。お前みたいなのがもっと増えると、こっちも楽になるんだが」


「でも、どこのパーティにも罠を解除できる人はいるんですよね。みんな最初はこんな感じじゃないんですか?」


「どうだかな。罠を解除できるヤツは意外に少ないぞ。腕のいいヤツはもっと少ないしな。お前がそっちに進むっていうなら、うまくいけば引っ張りだこだぜ?」


「僕、何でもやらないといけないんですけど、そんなに器用じゃないんですよね」


「損してるなぁ」


 会話の最後にはトビーに哀れみを覚えられてしまったユウだが、気にせず罠の解除の練習を繰り返した。その結果、10回中1回という成功率が3回中1回にまで上達する。


「へへ、ようやく慣れてきたぞ。後はこれを毎回成功させられるようになればいいんだ」


 疲れた笑みを浮かべるユウはじわりと上がる成功率に手応えを感じ取っていた。まだ実用的な腕前とは言いがたいが、それでも魔窟ダンジョンでその腕を披露する日は遠くないと確信する。


 そうして心身共に疲れ果てたユウは1日の最後に馴染みの安酒場『黒鉄の酒樽亭』で遅い夕食だ。


 この時間帯の酒場は大抵どこも満席だが、それでも客はちょこちょこと入れ替わる。パーティによっては早めに来て早く去ったり遅めに来て遅く去ったりと微妙に時間帯がずれているからだ。


 満席のカウンター席が空くのを待つため、ユウは酒場の隅で立って待つことがある。この日も結構待たされた。


 いい加減眠くなってきた頃にユウは給仕女に呼ばれてカウンター席に案内される。嬉しいことにいつもの席だ。背嚢を脇に置いていつもの注文を済ませるとカウンターに突っ伏す。


「うう、眠い」


「はい顔を上げて、寝るんじゃないよ。料理が置けないじゃないか」


「ああはい」


 半分眠りながらも頭を上げたユウは目の前の料理を眺めた。エールに黒パン3個にスープだ。今は胃が受け付けないので肉の盛り合わせは注文していない。


 小さくあくびをするとユウは木製のジョッキを傾けた。少し目が覚める。すると空腹を強く感じるようになってきた。黒パンとスープを口に入れる。


「おいしい」


 最近のユウはこのときに最も幸せを感じるようになっていた。後は寝るだけなので何も考えずにいられる。


 黒パンとスープを食べ終わると残ったエールをちびちびと飲んだ。後は木製のジョッキが空になるまで楽しむだけである。

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