利益は折半、費用は自己負担

 小岩の山脈近辺にも春が訪れようとしていた。3月になって日差しがわずかに暖かくなり、空気の冷え込みが緩む。これから陽気な季節を迎えるのだ。


 魔窟ダンジョンに入ると気温の変化はあまり関係なくなるとはいえ、冒険者たちもやはり冬よりも春を好む者が多い。これが夏になると意見が分かれるが、適度な気候を嫌う者は圧倒的に少数派だった。


 ユウとルーサーも寒さが緩むことを歓迎している。何しろ寒さがひどいときは冷えすぎて眠れないときがあるのだ。なので、冬など1日でも短い方が良いと願うくらいだった。


 早朝、いつもの門の前で2人は落ち合う。それから魔窟ダンジョンに入り、地図を見ながら通路を歩いて部屋を通り過ぎていった。


 そろそろ魔物がいる部屋にたどり着くというところでユウがルーサーに声をかける。


「ルーサー、そろそろだよ」


「よし、今日も稼ぐぞ!」


 張り切って剣を抜いたルーサーがユウを抜いて前を歩いた。そのまま扉の前まで歩いて開けると中に入る。続いてユウが入った。部屋の中央には小鬼ゴブリンが3匹、いつも通りだ。


 臨時パーティを結成して1ヵ月になるが、ルーサーは小鬼ゴブリン相手だとかなり戦えるようになった。最初の頃のように苦戦することもなくなり、今ではユウが2匹仕留め終わる頃には倒せるようになっている。


 しかし、武具に関しては今まで通りだった。まだ踏ん切りがつかないらしく、予備の武器も買っていない。出現品として剣と盾が出て換えの武具を手に入れたのも理由としては大きかった。


 このように多少の問題はあったが、普段の活動では日々頼もしくなってきていたのでユウとしては喜ばしいことである。


 今日も地図を描いた範囲を周回していた2人だったが、この日の地図はまだある程度しか描けていないものだった。そこへ既に他の冒険者が通過した部屋に連続して当たってしまう。肩すかしを食らった感じだ。


 口を尖らせたルーサーがユウに振り向く。


「ツイてないね。でもしょうがない。で、次はどこに行くの?」


「うーん、ここからだと地図に描いていない所になるけど、いいかな?」


「いいよ。どうせいつもと同じだろうし」


 余裕の表情でうなずいたルーサーにユウは次の経路を示した。通路に入って1度右折してから扉が見える。中に入ると部屋の中央に宝箱があった。


 その箱を見たユウは顔をしかめる。罠を解除する小道具をまだ手に入れていないのだ。例え小道具があったとして訓練不足で解錠できる確率はかなり低いのだが、今はそれ以前の状態だった。


 できれば宝箱に触れたくないユウだったが、そういうわけにもいかない。ルーサーは中を見る気なのだ。


 機嫌良くルーサーがユウに話しかける。


「ユウ、俺が守るから宝箱を開けてよ」


「いいけど、まだ罠は解除できないよ。だから危ないんだけど」


「でも、ここで見逃すわけにもいかないだろ。ユウならダガーとナイフを使って開けられるんだし、大丈夫だって!」


「しっかり守っていてよ」


 不安そうに承知したユウは右手にダガー、左手にナイフを持った。これで蓋と箱の間に刃先をねじ込んで開けるのだ。今のところこれで刺し針も回避できている。


 ルーサーを背に片膝立ちになったユウはダガーとナイフの刃先を水平にして宝箱の蓋と箱の間に差し込んだ。根元まで差し込むとそのままダガーを持ち上げる。蓋が開いた。


 次の瞬間、ユウの背後から悲鳴が聞こえる。


「ぎゃっ!?」


「ルーサー!? どうしたの?」


「脚が、脚に何か刺さった。痛い!」


 倒れて呻くルーサーを見たユウはその右の太ももに矢が刺さっているのを目にした。苦しむ相棒を尻目に背嚢はいのうを床に下ろすると中から傷薬の軟膏が入った瓶と包帯を取り出す。また、ルーサーの背嚢から水袋とぼろい手拭いを取り出した。


 準備ができるとユウはルーサーに向き直って語りかける。


「ルーサー、今から矢を抜いて治療するからね。痛いけど我慢して。それと、治療するときに邪魔になるからズボンを少しナイフで切るけど諦めてね」


「わかった、早く!」


「喋らないでしっかりと口を閉じて。舌を噛まないように。それじゃいくよ、せーのっ!」


 かけ声と共にユウは太ももに刺さった矢を引き抜いた。一息で引き抜けたのは良かったが、ルーサーは目を剥いて必死に歯を食いしばって痛みに耐える。


 その間にユウはルーサーの水袋から薄いエールを垂らして傷口近辺を洗った。次いで傷薬の軟膏を塗って上からルーサーのぼろい手拭いを当てて包帯を巻く。


 治療を終えたユウは大きく息を吐き出した。わずかな間だけぼんやりとしていたが、再び自分の背嚢に手を入れて小瓶を取り出す。


「ルーサー、これ痛み止めの水薬だから飲んで。まずいけど我慢して」


「うっ、わ、わかったよ。うげぇ、ホントにまずいや」


「少し休んでから帰るけど、その間に痛みで動けなくなるのは困るから我慢して」


 涙目になりながら小瓶を傾けるルーサーを置いてユウは宝箱へ振り返った。中には品質の低いダガーが1本入っている。こんな物のためにあんな怪我をするのは本当に馬鹿らしい。しかし、稼ぐためにはその危険を冒す必要があった。


 ダガーを取ると再びルーサーへと体の向きを変える。


「ルーサー、太ももの痛みはどうかな?」


「少しましになったと思う。けど、まさか当たるなんて思わなかったなぁ」


「盾はちゃんと構えていたんだよね?」


「もちろんだよ。ただ、盾の下に飛んで来たみたいだから防げなかったんだ」


「うーん、罠の防ぎ方も考え直さないといけないかなぁ」


 すっかりしょげ返っているルーサーから話を聞いたユウは頭を抱えた。何か解決策がない限り、今後は徹底的に罠のある部屋を避ける必要がある。


 相棒の容態が落ち着いたのを見計らってユウは自分の道具を片付けた。それから背嚢を背負うとルーサーの横で跪く。


「ルーサー、それじゃ帰ろうか。肩を貸すよ」


「うん、ありがとう。はぁ、くっそ、悔しいなぁ」


「罠は仕方ないよ。解除できないんだから」


 顔をしかめるルーサーを慰めながらユウは自分の肩に手をかけさせて引っ張り上げた。それからゆっくりと歩いていく。


 開いている手に地図を持ったユウはたまにそれを見ながら通路を歩いた。道が枝分かれする度に毎回確認して進む。


 その間、ルーサーは無言だった。呼吸は荒くないので傷口が痛んでいるわけではないようだが終始表情が暗い。一方のユウは帰路を間違えないように気を配ることに集中していたのであまり余裕がなかった。


 結構な時間をかけて進むと周囲に冒険者の姿がちらほら見えるようになる。そこでようやく2人ともいくらか肩の力を抜けるようになった。


 精神的に余裕が出てきたユウがルーサーに声をかける。


「ここまで来たら出口まで遠くないよ。もう少しだから」


「うん」


 小さくうなずいたルーサーからかすかな返事が漏れた。


 そうして2人はやっとの思いで魔窟ダンジョンの外に出る。空はすっかり朱に染まっていた。


 やっとの思いで戻ってきたユウたちだったが、やることはやらないといけない。換金所に入って今日の成果である魔石と出現物を換金する。それを済ませると建物の外に出た。


 道から外れてルーサーを壁にもたれかけさせたユウは金銭を手に口を開く。


「今日の成果なんだけど、1人あたり魔石が銅貨2枚、出現品も銅貨2枚なんだ」


「そうか、まぁ、しょうがないよな」


「で、もう1つあるんだけど、さっきルーサーを治療したでしょ。あの代金が合計で銅貨4枚なんだ。痛み止めの水薬が1枚、包帯が1枚、傷薬の軟膏が2枚になる」


「え、高くないか? 店で買ったらその半分になるだろ?」


「それって貧民の市場のお店だよね。僕は貧民の工房街の製薬工房で買っているんだ。自分の体に使う薬の代金を惜しむと後で苦しむことがわかっているから」


 説明を聞いたルーサーは顔をしかめた。何か口にしようとしてそのまま黙る。


「治療前に説明しようかとも一瞬考えたんだけど、魔窟ダンジョンで迷っていると命にかかわるから説明は後回しにしたんだ」


「あーうん、それはわかる。そうか、ユウは工房街で買ってるんだな」


 自分を納得させるように何度かうなずきながらルーサーが返答した。眉間に皺は寄ったままである。


「ユウ、今日の稼ぎで治療代は払える?」


「そうだね、ちょうどだよ」


「なら、それを受け取ってくれ。これでチャラだ」


「わかった。あとは、家まで送るよ」


「あーいや、市場の奥の所まででいいよ。そこからは1人で帰る。あの辺りはよそ者には危ないから」


「やっぱりどこの貧民街も同じだね」


 よくある話にユウは苦笑いした。釣られてルーサーも笑いながらうなずく。


 その後、ユウは再びルーサーに肩を貸して指定された場所まで送った。そのときに1週間後に再会することを約束して別れる。


 帰路の道は暗かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る