小道具の作成依頼と酒場で見たこと

 老職員による特別講習が終わった後、ユウはその場で昼食を取った。脇に置いた背嚢はいのうから干し肉を取り出してもそもそと囓る。


「簡単には身につかないとは思っていたけれど、ここまでさっぱりだとは思わなかったなぁ」


 水袋を口に付けてから目の前の木箱と小道具に目を向けたユウはため息をついた。この後昼からずっと続けても今日中に何とかなる気配がまったくない。


 これは気の長い話になりそうだと覚悟したユウは今後の予定を少し変えることにした。当面は今まで通り罠を避けて魔窟ダンジョンの探索を続け、1日の仕事が終わってから冒険者ギルドで罠の解除の練習をするしかない。


「そういえば、ここの冒険者ギルドっていつまで開いているんだろう?」


 故郷では三の刻の鐘に始まって六の刻の鐘で職員は仕事を終えようとしていた。それに対して、アディの町では六の刻の鐘が鳴った後も仕事をしていることを知っている。ただ、正確な終業時間までは知らなかった。


 首を傾げつつも食事を終えたユウは立ち上がって背嚢を背負うと木箱と小道具を手に取る。そのまま冒険者ギルド城外支所の表側に回って受付カウンターの列に並んだ。


 自分の番が巡ってくるとユウはカウンターに木箱を置く。


「トビーさん、これを返します」


「爺さんが言ってた木箱ってこれか。小道具の方はどうした?」


「今から細工工房に持って行くんでもう少し借りておきたいんですよ」


「爺さんの道具を勝手に持ち出すとどやされるぞ」


「許可はもらっていますよ。終わったら返しに来ますね」


「なくしたり盗られたりするんじゃないぞ」


「それと、この冒険者ギルドって何時まで開いているんですか?」


「何だ知らないのか? 七の刻の鐘が鳴るときまでだ」


「結構遅くまで開いているんですね。そんなに人がたくさん来るんですか」


「何しろ魔窟ダンジョンは1日中開きっぱなしだからな。こっちも遅くまでやってるんだ。まぁ、換金所みたいに1日中ってわけじゃねぇけど」


「ありがとうございます」


 うなずいたユウは受付カウンターから離れた。そのまま建物を出て冒険者の道を南へと向かう。行く先は細工工房『器用な小人』だ。


 貧民の工房街で貧民街に近い所にある何となく寂れた石造り工房に着くとユウはそのまま中に入る。奥の作業場でパンをかじっているオリヴァーの姿が見えた。食事中ではあったがすぐに声をかける。


「オリヴァーさん、こんにちは!」


「あんたか。今日は何の用だ?」


「ちょっと作ってほしい物があるんで頼みに来ました。これなんですけど」


 奥の作業場からやって来たオリヴァーはユウから手渡された小道具の塊に目を向けた。しばらく見て驚いた表情を浮かべる。


「これはもしかして、盗っ人の小手先ってやつか?」


「そう言われているらしいですね。魔窟ダンジョンで罠の解除がしたくて冒険者ギルドの人に教わったら、それを作ってもらえって言われたんです」


「なるほど、それで持ってきたのか。実物なんてそうお目にかかれるもんじゃないからなぁ。特にこんな風にまとまった状態なんて」


「そうなんですか?」


「だって盗賊なんかが持ってる道具だぞ? そんなもん見せたらそいつも盗っ人じゃないかって普通は疑われるだろ。あんただってこれを持ってるところを誰かに見られたら、絶対にいい顔はされないぞ」


 指摘されてユウは目を見開いた。すっかり魔窟ダンジョンで罠を解除する道具だという認識になっていたからである。初めて見たときは自分だって盗賊の道具だと思ったのに、この短時間で随分と認識が変わったと感じた。


 困惑しているユウにオリヴァーが更にしゃべる。


「これはできるだけ人には見せない方がいいぞ。冒険者同士ならまだしも、他の連中だと下手をしたら官憲に通報されかねないからな」


「そんなに危ないんですか?」


「それだけこの道具の印象が悪いんだよ。盗賊が使うからな。ところで、これはどこから持ってきたんだ?」


「冒険者ギルドで僕に罠の解除方法を教えてくれた人です。白髪の生えたお爺さんで、ウィンストンっていう人ですけど」


「ああ、昔冒険者やってたっていうあの偏屈爺さんか! あんた、またとんでもない人に教わったもんだな」


「そんなにすごい人なんですか?」


「ただでさえ年寄りなんてそうなのに、あの人は特に気難しいんだよ。そうか、まだギルドで職員をやってるのか」


 何やら感慨深げにしゃべるオリヴァーを目にしたユウは言葉を返せなかった。それよりも今は小道具を作成してくれるかどうかの方が重要だ。


 少し間を開けてからユウはオリヴァーに話しかける。


「ところでオリヴァーさん、この小道具一式って作ってもらえるんですか?」


「そうだなぁ。本当はやらない方がいいんだろうけど、魔窟ダンジョンで罠を解除するのに必要っていうんならなぁ」


「駄目ですか?」


「ならこうしよう。作ってもいいが、俺が作ったとは言わないでくれ。下手に疑われるのは嫌なんだよ」


「わかりました。内緒にします」


「なら作ってやろう。それと、対価は銀貨2枚だ。本当は3枚くらいが妥当なんだが、これで稼ぐ気にはなれん」


 オリヴァーの主張を受け入れたユウは対価を渡した。作成期間は1週間ということなので、それ以後にやって来ることを約束する。当面は罠を解除する練習もできない。


 工房から出たユウは昼から何をしようか迷った。描きかけの地図を完成させるのも良いなと思いながら冒険者の道を北に歩く。


 冒険者ギルド城外支所に近づいたユウはふとその対面にある原っぱを見た。何人もの冒険者が立っており、たまに誰かと話をしている。


「そうだ、人も探さないといけないんだった」


 安定して生活費を稼げているので後回しにしていた件をユウは思い出した。今は良くてもいずれは人を増やさないといけない。


 そこまで考えて、未だルーサーとは臨時パーティのままだということもユウは更に思い出した。もう1ヵ月近く一緒に活動しているが、そろそろ正式なものにしても良い頃合いだ。きっかけとしては3人目を迎え入れたときがちょうど良い。


 そんなことを考えながらユウは原っぱに踏み入れた。先月は選ばれる側だったが今は選ぶ側である。立場が変わると人を見る目も変わるのだということに気付いた。


 ゆっくりと歩きながら周りを眺めていると自然に色々と見聞きできる。パーティに参加希望側は立場上どうしてもがっついてしまいがちだが、それはあまり良くないことがユウにも理解できた。反対に、人を迎え入れる側としてはどうやって眼鏡にかなう冒険者を探すかが問題だ。特に自分たちに合わない人を入れると困るのは自分たちなので人選びは慎重になる。


 原っぱを一通り回ってみたユウだったが思うような人物は見当たらなかった。話をしている人たちの会話に耳を傾けていたがどうにも判断がつかない。


「どうしようかな。選ぶのも大変そう」


 1度周囲を見ただけではどうにもならないことを悟ったユウは、この日はここまでと切り上げて城外支所の建物へと入った。




 夕方、描きかけの地図を完成させたユウは冒険者ギルド城外支所から出た。今日も1日が終わろうとしている。


 首を鳴らしたユウは冒険者の道を南に向かって歩き、冒険者の歓楽街へと入る。向かう店はこの町で馴染みの店になった安酒場『黒鉄の酒樽亭』だ。安酒場の店舗が集中する一角にある石造りの店舗に踏み入る。


 すっかり定位置となったカウンターの端に座ったユウは足下に背嚢はいのうを置いてから給仕女を呼ぶ。


「こっちに来てください! エールと肉の盛り合わせをお願いします」


「今日はそっちなんだね。少し待って」


 給仕女に顔を覚えられているユウは注文を終えると酒場内を見回した。特に意味はないが、たまにこうやって周囲の様子を眺めるのだ。丸テーブルは大体席が埋まっていて室内は騒がしい。誰もが今日の成果を誇って楽しんでいた。


 料理が届くとユウは一旦食事に集中する。皿に盛られた鶏、豚、牛、羊、兎の肉を平らげ、たまに木製のジョッキを傾けた。


 それが一段落すると再び店内を見渡す。すると、奥の丸テーブルでルーサーが何人かの者たちと談笑しながら食事をしているのに気付いた。全員が貧民のような身なりなので貧民街の知り合いと推測する。


「仲間かぁ」


 ルーサーたちの様子を見ながらユウはぽつりと漏らした。旅に出てからはあのような関係の知り合いはいない。それが何となく羨ましく思えた。


 少し感傷にひたったユウだが気持ちを切り替える。そして、同じ仲間を迎えるのならルーサーの知り合いでも良いことに思い至った。それは原っぱで探すよりも安心感があるように思える。うまくいけば2人以上を迎えられるかもしれない。


 意外に良い案ではないかと思ったユウはカウンターに向き直る。今度ルーサーに相談してみようと心に決めた。

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