罠解除の特別講習

 いくら日帰りで魔窟ダンジョンから出て体を休めているとはいえ、蓄積していく疲労はある。この疲れを癒やすのも冒険者としては大切だ。そのため、どんなに調子が良くても数日働いたら1日は休むとユウは定めていた。


 この日はその休養日にあたる。ユウとしては手のひらの傷を完治させるためにも1日休みが必要だったのだ。


 休みの日のユウはやることがあっても多少はゆっくりとするようにしている。急がないといけないほど忙しいわけではないからだ。大体は三の刻の鐘が鳴ってから起きる。


 ゆっくりと用意を済ませると安宿を出た。この日は冒険者ギルドに用があったのだ。


 冒険者ギルド城外支所の建物に入ると受付カウンターの列に並ぶ。順番がやって来たら受付係に声をかけた。相手はいつものトビーである。


「トビーさん、おはよう。ウィンストンさんはいますか?」


「爺さんに何か用なのか?」


魔窟ダンジョンの罠について教えてほしいことがあるんですよ」


「魔窟講習は前に受けたんだよな? まぁいいが。ウィンストンの爺さん、こっちに来てくれ!」


「トビー、てめぇ朝っぱらから何をやらかした?」


「なんもやらかしてねぇよ! こいつが爺さんをご指名なんだ。面倒を見てやってくれ」


「なにぃ? 今度は何の用だ」


 やって来たウィンストンがしわくちゃの顔をユウに向けた。鋭い眼光でしばらくじっと見つめる。今にも殴りかかってきそうな雰囲気だ。


 睨まれたユウはもう慣れたものである。動じることなく見返してじっと待った。


 小さくため息をついたウィンストンがため息をつく。


「今日は何を聞きたいんだ?」


魔窟ダンジョンの罠について教えてほしいことがあるんです。できれば具体的な解除の方法を知りたいんですよ」


「罠の解除方法か。どんな罠があるかは前に教えてやったよな」


「でも、解除の方法を知らないんで、結局どうにもならないんです。それで昨日、宝箱の罠にかかって針が手に刺さっちゃったんですよ」


 喋りながらユウは両手をウィンストンとトビーの2人に見せた。どちらの手にも包帯が巻いてある。それを見たウィンストンは眉をひそめ、トビーは目を剥いた。


 一瞬言葉を失った2人だが、ウィンストンはすぐに気を取り直してユウに話しかける。


「どこでどんな針が手に刺さったんだ?」


「1階の宝箱の針です。最初は血がたくさん出ましたけど今はもう平気です」


「となると毒はないただの針だな。2階より上だと危なかったぞ」


「僕はまだ2階には行けませんよ。もう1人の冒険者と組んで2人でしか魔窟ダンジョンに入っていませんから」


「そうかい。何にせよ、命拾いしたな。なるほど、だから罠の解除方法を知りたいってぇのか。そりゃ確かに知りたくなるわな」


「このままだと宝箱は避け続けないといけないですから。それは悔しいです」


 難しい顔をしたウィンストンが黙った。隣でトビーが何か言いたそうにしているが黙っている。ユウが前に聞いた話では、こういうときに話しかけると問答無用で殴られるらしい。だからユウも黙っていた。


 眉を寄せたままのウィンストンがユウに声をかける。


「これは本来の講習に入ってねぇんだがな。一応教えてはやれる。ただし、銀貨1枚だ」


「え、銅貨じゃなくてですか?」


「そうだ。儂もずっと昔に知り合いから教えてもらったやつで、現役の頃に魔窟ダンジョンで使ってた方法だ」


「爺さん、そんなの誰に教わったんだよ? 普通どっかに弟子入りしないと教えてもらえねぇだろ」


「てめぇは黙って他の冒険者の相手をしてろ」


「黙ってちゃ相手なんてできねぇよ」


 口を尖らせて反論したトビーはウィンストンに睨まれて目を逸らした。並んでいる冒険者たちも黙っている。


 その間にユウは考えた。銀貨1枚は受講料としては高い。しかし、現状ではどうやっても解除できない罠を取り除く方法を聞く機会は他になかった。つまり、これは何としても受けるべき講習である。


「わかりました。支払います。どうぞ」


「技術の価値をきちんと理解してるってのはいいことだ。値切りにかかったら殴ってやるところだったぞ」


「そんな乱暴な」


「ふん、甘いんだよ。まぁいい。このギルドの裏にある修練場で待ってろ。建物の近くにいるんだぞ。あんまり遠いと行くのが面倒だからな」


「わかりました」


 言い終わるとウィンストンは踵を返して受付カウンターから離れた。それをトビーが黙って見送る。


 待ち合わせ場所を指定されたユウもその場を離れて一旦城外支所の建物から出た。南回りで建物の裏手に回ると草原が広がる場所に着く。そうして言われたとおり建物の近くで待った。


 戦闘講習で使われる他、いつも冒険者にも開かれているので訓練や連携の確認に利用される修練場には何人もの冒険者がいる。本当に草原の端をそのまま使っているので利用者は薄く広がっており、たくさんいるようには見えない。


 その光景をユウがぼんやりと眺めていると、偏屈そうな顔をした割と良い体格をした老人が城外支所の建物から出てきた。その右の小脇には小さな木箱を抱えている。


「今から罠を解除するための講習を始めるぞ」


「お願いします。ところで、その木箱はなんですか?」


「こいつは訓練に使う道具だ。それより、先にこいつを渡しておく」


 木箱を抱えたままのウィンストンからユウが渡されたのは小道具を束ねたものだった。細長い棒や金属の板、それに針金のようなものがまとめられている。


 それらを手にしたユウが不思議そうに眺めた。いずれも初めて見るものだ。


 小さな木箱を抱え直したウィンストンがユウに話しかける。


「そいつは罠を解除するための小道具だ。口の悪いヤツにゃ『盗っ人の小手先』なんて呼ばれてる代物さ」


「もしかして盗賊なんかが使っているんですか?」


「元はな。罠の解除に連中の技術と道具が役に立つから拝借したってわけだ。そんな顔をするな。罠を解除したいんなら避けて通れねぇぞ」


「わかりました」


 たしなめられたユウは一瞬困惑した表情を浮かべたがすぐ真顔になった。犯罪者の技術が源流であっても必要であれば学ばないといけない。もう罠で怪我はしたくないのだ。


 うなずくユウをみたウィンストンが話を続ける。


「今からその小道具を使ってこの木箱の罠を解除する訓練をする。この木箱はなかなかの代物でな、代表的な罠の仕掛けがいくつか仕込んである。お前さんは今からこの木箱を相手に練習するんだ」


「でもそうなると、この小道具も買わないと駄目ですね。売っているのかな?」


「売ってねぇよ。本来なら後ろ暗い道具だからな。それは細工職人に注文しないと手に入らねぇぞ」


「そうなんですか。みんなも注文しているのかなぁ」


「罠の解除を専門にする連中は自分に合った道具を特注してるだろうな。お前さんの場合はこれを職人のところに持って行って見せろ。その方が早い」


「貸してくれるんですか。ありがとうございます」


「ま、それは後回しにしてだ、まずは道具の使い方を一通り教えるぞ」


 そう言ってウィンストンが始めた罠解除の講習は以前の座学とは違って厳しかった。1度必要なことを教えた後は木箱を使った練習を繰り返すのだが、失敗すると怒声が飛んでくるのだ。しかも細かい失敗でも罵られる。


 かつて厳しい訓練を受けたことのあるユウだったが、常時罵声を浴びせられるのは初めてだった。目を白黒とさせ、なおかつ顔をしかめながらも練習を繰り返していく。


「てめぇはこれで一体何度罠にかかった!? 本番じゃ何十回と死んでるぞ!」


「でも、ここの奥にうまく棒が差し込めなくて」


「馬鹿正直に突っ込んでうまくいくわけがねぇだろ! 少しずつ探りながら入れていくもんだ! いきなり突っ込むんじゃねぇ!」


「えぇ、これでも駄目なんですか」


 地面に置いた木箱を相手に座り込んで練習していたユウはため息をついた。今のところ全然うまくいかず、失敗続きである。たまにウィンストンが手本を示してくれるが、それを見たからといって簡単に身につけられるものではなかった。


 結局、四の刻の鐘が鳴る頃まで続けたが、一通りやり方を覚えるのが精一杯という結果に終わる。まだ1日の半分しか過ぎていないのにユウはくたびれ果てていた。


 鐘が鳴り終わると、怒鳴り続けていたウィンストンが落ち着いた声でユウに話しかける。


「教えられることは一通り教えたぞ。後は練習を繰り返してうまくなるだけだ」


「あ、ありがとうございます」


「その木箱と小道具は貸してやる。ここで練習するときはトビーに言え。終わったら返すんだぞ」


「わかりました」


「よし、なら今日はここまでだ。質問があったらいつでも呼べ」


 すべて言い終わると立ち上がったウィンストンは城外支所の中に戻った。


 1人残されたユウは座ったままである。しばらくぼんやりと木箱を眺め続けていた。

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