宝箱の罠
そのため、ユウたちは生活をするだけなら既に安定して日々を送れるようになっていた。後は罠を避けることさえできれば命の危険はほとんどなくなる。
この点に関して、実のところユウは既に解決していた。作成した地図により、徹底して罠のある部屋を避けるのだ。
そうなると大抵の宝箱が出現する部屋を避けることになるのだが、そこは諦めていた。というのも、ユウもルーサーも宝箱の罠を解除する方法がないからだ。罠があると知りつつ、それをわざと受けるだけの度胸は2人にはなかった。
とある部屋で魔物を倒した後、魔石を拾いながらルーサーが独りごちる。
「そろそろ
「こればっかりは運だからね。どうにもならないよ。というより、ルーサーを見ていると、やっぱり出現品頼みは怖いな。やっぱりあんまり手入れしなくても使える武器にしたらどうなの?」
「俺は剣と盾が合ってるんだよ。大体、
「長さを気にしているの? だったら槍は?」
「使いづらい」
「わがままだなぁ」
ああ言えばこう言うルーサーにユウは呆れた。しかし、人には向き不向きがあるのも確かなので責めることはできない。
「けど、そうは言っても今使ってる剣と盾の代わりがないじゃない。お店で買うの?」
「それなんだよなぁ。このままだと市場の店で買わなきゃいけないんだ」
「前に聞いたルーサーの話が本当なら、それは避けた方がいいよね。でもそうなると、剣以外の武器の出現品が出てきたらそれを使うしかないんじゃないかな」
「ナイフとかダガーはさすがにイヤだぞ。あれはいくらなんでも」
「だったら後は、もうちょっと頑張って工房街で買うくらいかな」
「うげっ、高いじゃないか、あそこって」
「真っ当な武器を売っているんだから当然じゃない。予備の武器を買うつもりでダガーなんか買ったらどうかな。出現品で剣が出ない間だけ使うつもりで」
「そういう考え方もあるのか」
「武器が壊れて素手になるよりましでしょ」
「う~ん」
次第に眉を寄せていたルーサーはそのまま黙り込んだ。前と違って受け入れるような態度になってきている。換えの武器や防具がないので不安だからなのは容易に想像できた。
そんな話をしつつもユウたちは
ある通路で分岐路に出くわすと、ユウはいつものように地図へと目を向ける。指示を出そうとして立ち止まった。
急に黙ったユウを見たルーサーが話しかける。
「どうしたの、ユウ? どっちに行けばいいの?」
「まっすぐだと罠ありの部屋で、左の枝道の先は地図の外なんだ」
「そうなの? それじゃどっちに行く?」
「う~ん、久しぶりに地図を描きながら進もうかな。それでもいい?」
「あー、描きながらだからちょっと遅くなるんだよね。いいんじゃない? たまには。同じことばっかりしててもつまらないし」
「だったら決まりだね、左に曲がろう」
新しい場所に行くことが決まるとユウは腰の麻袋から紐付きのインクを取り出して首から掛けた。次いで折り畳み式の下敷きを広げて新しい羊皮紙を広げる。
準備が整うとルーサーを先頭に通路を進み始めた。歩数を数えながら進んでは羊皮紙に地図を描いていく。部屋に続く扉が見つかるとそこで立ち止まった。
筆記用具を片付けたユウがルーサーに声をかける。
「準備できた。いいよ、行こうか」
「それじゃ開けるよ! あ、宝箱だ!」
手に武器を持ち替えたユウたちを迎えたのは魔物ではなかった。久しぶりに見る金属で補強された木製の宝箱が部屋の中央に置いてある。
周囲に顔を巡らしながらも2人は宝箱に近づいた。大きさも形も前に見たものとまったく同じだ。新しくも古くもないそれを間近で見る。罠が設置されている可能性があることを知っているのですぐに触れなかった。
何とも言えない表情でユウがつぶやく。
「ここで宝箱かぁ。罠ありなのかな?」
「見ただけじゃわからないね。開けるしかないんじゃない? 俺、周りを見張るよ」
「うん、お願い」
盾を構えて背を向けたルーサーの背後で、気が進まない様子のユウは宝箱の前で跪いた。罠を解除する手段がないユウが宝箱の中を確認するためにはそのまま開けるしかない。
魔物と戦うときよりも真剣な表情になったユウが宝箱に手を付けた。何度か深呼吸して気持ちを落ち着ける。それからゆっくりと宝箱の蓋を開けた。
すると、突然両手のあちこちに鋭い痛みが走る。
「痛っ!?」
思わず叫んだユウは反射的に宝箱から手を離した。そのせいで宝箱の蓋が閉じる。すると、一見何でもない宝箱のようにしか見えない。
宝箱に背を向けていたルーサーは叫び声に反応して振り返った。周囲を気にしつつもユウに声をかける。
「ユウ、何があったの?」
「手に何か刺さったんだ。たぶんあれは針だと思う」
当初は宝箱の中に目を向けていたユウは何かに手を刺された瞬間にそちらへと目を向けた。すると、宝箱の蓋の縁にいくつもの針が突き出ているのが見えたのだ。
自分の手のひらを見たユウはいくつか血が出ているのに気付いた。傷が浅いものもあれば深いものもある。針が深く刺さった箇所からは割と血が流れていた。
その様子を見たルーサーが目を剥く。
「血が出てるじゃない! それどうするの?」
「舐めておくしかないんじゃないかな。治療するほどでもないし」
傷口がじんわりと傷むのに顔をしかめたユウが答えた。傷薬も包帯も持っているが、しばらく放っておけば治る傷である。それに、手のひらをだけでなく指をすべて包帯で巻くのも面倒だった。これが計算された末の攻撃だというのなら実にいやらしい罠である。
しかし、しばらくすると突然ユウは
「あれ、治療しないんじゃないの?」
「だと思ったんだけど、出てきた血で道具や服が汚れるから包帯を巻くことにしたんだ。案外厄介だな、これ」
ぼろい手拭いで手を拭いながらユウはルーサーに答えた。出てきた血を拭き取るとすぐに軟膏を指先に塗っては包帯を巻いていく。それを何度か繰り返し、出血のひどい手のひらと指を治療した。
それを見ていたルーサーが感心する。
「へぇ、手慣れてるね」
「何度も練習したし、実際に何度か使ったからね。できないと死んじゃうこともあったんだ。できればこれの世話にはなりたくないけど」
嬉しくなさそうな顔のまま受け答えをするユウは軟膏の瓶を背嚢に片付けた。その両手は手のひらから指先まで包帯が巻き付けられている。
渋い顔のままユウは何度か両手を開閉させた。腰にぶら下げた
「まぁこんなものかな。ちょっと気になるけど仕方ないか」
「大丈夫なの?」
「何とかね。それよりも、ルーサーに宝箱を開けるのを手伝ってほしいんだ」
「え、針が出るってわかってるのに触るのはイヤだよ」
「僕だって嫌だよ。だから触らないようにしてあの蓋を開けるんだ」
「どうやって?」
「宝箱の蓋と箱の間に剣の刃先を入れて、そのまま蓋を開けてほしいんだ。そうしたら手で触らなくても開けられるでしょ。僕もナイフで手伝うから」
「武器を使うわけか。なるほど。わかった、やってみよう」
うなずいたルーサーは
ナイフを鞘から抜いたユウもルーサーを手伝う。出てきた針を避けるようにして開いた隙間にナイフを差し込み、蓋を開けようとした。
2人が蓋をこじ開けようと力を入れるとあっさりと開く。中には
成果を目にしたユウは微妙な表情を浮かべ、ルーサーの顔が輝く。
「ユウ、これ、俺がもらってもいいよね!」
「お金を払ってくれるのならね。気分的には治療代も欲しいところだけど」
「あはは、何言ってるんだ。費用は自己負担だったろ」
「わかっているよ。言ってみただけ」
あっさりと言い返されたユウは面白くなさそうにため息をついた。こうなることはわかっていたので宝箱は避けていたのだ。それでも見たら開けたくなってしまうのだが。
他に何もないことを確認すると2人は次の部屋に向かった。
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