安定してきた中での不安定な要素

 肉を食べ過ぎて胃がややもたれた翌朝、ユウはいつも通り起きて安宿を出発した。日の出前のうっすらと周囲が見えるときに白い息を吐きながら歩く。


「やっとましになったかな。やっぱり出すとすっきりするね。あ、いたいた」


「ユウ、こっちだよ!」


 手を振ってくるルーサーにユウも手を振り返した。道から少し離れて門の横に立っている相棒へと近づく。早朝から元気な姿を見せてきたので笑顔になる。


「朝から元気だね。って、昨日の剣と盾、持ってきたの?」


「うん。ユウだって槌矛メイス以外にダガーとナイフをいつも持ってるだろ? だから俺も予備で持っておこうって思ってね」


 ルーサーも背嚢はいのうを背負っているが、その背嚢に昨日手に入れた剣と盾がくくり付けられていた。どちらもそこまで大きくないので背の低いルーサーが背負っても何とか収まっている。


「ユウ、今日はどこに行くのかな?」


「昨日地図を描き始めた場所まで行って、そこから昨日とは別の場所に進もうと思う」


「お、いいね! 今日もがんがん稼ごう!」


「そうだね。ただ、そろそろ罠のある部屋に入ってしまうかもしれないから気を付けよう」


「冒険者ギルドの地図は描き足していないの?」


「そんな時間はなかったよ。あれって結構時間がかかるから、1日休まないとできないし」


「せっかく調子良く行けるんだし、休むのはイヤだな」


「だったら、罠に気を付けながら進むしかないよ。さ、行こうか」


 話を打ち切ったユウは道に戻ると門を潜って魔窟ダンジョンに向かった。


 出入口に近い部屋は相変わらず冒険者でごった返している。早朝なので最初の部屋は特にひどい。


 地図を取り出したユウはそれを見ながら迷わず通路を歩いた。既に3度目の経路なので見覚えのある角や分岐もある。最初は多かった周囲の冒険者の数も次第に減ってきた。やがて自分たち以外に誰も見かけなくなる。


 そこからもう少し進んだ部屋でユウは立ち止まった。後ろから着いてきていたルーサーが声をかける。


「どうしたの? もうそろそろ魔物のいる部屋に行くのかな?」


「そうだね。ここからは昨日とは違うところに行くよ」


「ということは、魔物がたくさん出てくるってことだね! いいじゃない!」


「それじゃ先頭を歩いて。あ、通路はこっち側だよ」


 指示通りに歩き始めたルーサーの後をユウは追った。散々やったことなのでお互い慣れたものだ。


 ここからは昨日と同じく通路を進み、地図を描き、部屋に入って魔物と戦う、という一連の流れを繰り返した。魔物も小鬼ゴブリンばかりとなると作業に近くなる。


 それでも今の2人にとっては良いことだった。安定して稼ぐということが実現できているからだ。今求めているのは刺激的な冒険ではないのである。


 何度か部屋にいる魔物を倒した後、ユウは進むべき通路をルーサーに指示してその先に向かった。分岐路にたどり着くとルーサーが振り返る。


「ユウ、これどっちに向かうの?」


「どっちにもいかない。引き返すよ」


「え、どうして?」


「ここは昨日通った通路だからだよ。この地図を見て。今ここにいるんだけど、目の前の通路はこれなんだ」


「へぇ。それじゃなんでこっちに来たんだよ?」


「この間の通路を確認するためだよ。ほぼ確実だから予想で埋めてもいいんだけど、こういうのは1回自分の目で確かめておいた方が安心できるでしょ」


「なるほどな。言われてみると確かに。それじゃ、引き返して別の通路を進むんだね」


「そうだよ。ここからだと前の部屋のこっちの通路だね」


「ちょっと面倒だなぁ」


「まぁね。でもどうせ大した手間じゃないからやっておいた方が良いと思うんだ」


「便利な地図ができるんなら構わないよ。それじゃ行こうぜ!」


 説明を聞いて納得したルーサーが踵を返して歩き始めた。


 その後もユウたちは魔窟ダンジョンの中を奥に向かって進んで行く。1度はナイフが出現品として現れたので2人して喜んだ。


 しかし、一見すると順調に稼げているユウたちであったが不安要素はあった。


 いつも戦いになるとユウが魔物を2匹担当するのだが、先に倒してしまってルーサーの戦いぶりを眺めるというのが日常になっている。それで今日も眺めていたのだが、ルーサーの持っている剣と盾に今は注目していた。


 やがて戦いが終わるとルーサーが笑みを浮かべて魔石を拾い上げたときにユウは声をかける。


「ルーサー、ちょっといいかな?」


「なんだろう? 俺の戦い方が大分様になってきたのかな」


「今使っている剣と盾について聞きたいことがあるんだ。それって毎日手入れをしている? 前に見たときよりも状態が悪くなっているように見えるんだけど」


「そうかな? こんなものだと思うけど」


「それで、手入れはしているの?」


「手入れ? そりゃしてるよ。剣を磨いたりするんでしょ? ぼろ布でぴかぴかになるまで毎日磨いてるんだ!」


「刃こぼれなんかは気にならない? 切れ味が前よりも悪くなったとか」


「どうだろ。別に気にならないよ。でも使ってるうちに悪くなるのはしょうがないんじゃないの?」


「もちろんそうだよ。いずれは使えなくなるのもね。ただ、一回お店で手入れしてもらった方がいいんじゃないかなって思うんだ」


「えー、でもそんなことしたらカネ取られるじゃないか」


「そうだけど、また武器が充分使えるようになるんだから良いことじゃない」


「それはどうかな。市場の店の連中って、売るのは熱心だけど手入れはへたくそだって友達が言ってたもん」


「え、そうなの? なら手入れが上手なお店の人に頼めばいいんじゃない?」


「そんなヤツいないよ! だから、あいつらの店から選びに選んだましな武器や防具でカネを稼いで、もっといい武器や防具を買うんだ!」


 断言されたユウは絶句した。店の質に差があることは知っているが、どこも駄目だとは思わなかったからだ。


 黙っているユウに対してルーサーが更に喋る。


「けど、店で買うとカネがかかるだろ? だから魔窟ダンジョンで出てきた出現品を使うんだ」


「もしかして換金所で剣と盾を売らないって慌てて言っていたのって、手入れが充分にできないせいなの? だから今使っている武具を使い潰した後の代わりにするんだ」


「そうなんだ。魔窟ダンジョンの出現品ならタダで手に入るからね!」


 笑顔で応えるルーサーにユウは微妙な表情を向けた。それもやり方の1つなのは間違いないが、いつ出てくるかわからない上に望む武具が出てくるとは限らない出現品に頼るのは危険すぎる。しかし、それでもそんなやり方に頼らざるを得ないというのがここの貧民なのかとも思った。


 とりあえず思い付いた代案をユウは提案してみる。


「手入れが難しいのはわかった。でもそれなら、最初に使う武器はあんまり手入れをしなくてもいいやつにした方が良いと思うんだ」


「例えばどんな武器?」


「そうだなぁ、僕が今使っている槌矛メイスなんてそうだよ。言ってしまえば鉄の棒だから多少欠けても凹んでも普通に使えるし」


「えー、剣の方がいいよ。だって切ったら魔物は死ぬし。槌矛メイスだと何度も殴らないとダメだろ?」


「あーうん、確かに。それなら斧なんてどうかな。あれなら多少刃こぼれしても殴れるし」


「それって槌矛メイスと同じだろ」


「うっ、そう言われるとつらいな。ただ、武器を使い潰すというやり方で戦っていると、なかなかお金が貯まらないんじゃないかな? 例えば、昨日あの剣と盾を売ったら銅貨15枚になっていただろう? でも使うとそのお金が手に入らないよ」


「だったらそれ以上に稼いだらいいだろ。それに、自分で使う武器や防具以外は全部売るんだし。それで何とかなるって」


「なるほどなぁ。そう考えるのか」


 ここまで考え方が違うとなるとユウにはどうにもならなかった。アディの町のことについてまだ知らないことが多いので、ルーサーの言い分が正しい可能性もある。


「それじゃ最後に1つ。今使っている武器や防具を使い潰したってどうやって判断するの? 戦っている最中に剣が折れるとかはわかりやすいけど、戦闘中に武器の切り替えは危ないと思うんだ」


「確かにね。だからやばいなって思ったら換金所の担当者か市場の店の店主に見せるんだ。それでこんなの鉄くず買い取れるかって言われたら取り替えるんだよ」


「すごいやり方だね。ちなみに、そのいらなくなったやつはどうするの?」


「市場の店で引き取ってもらう。そしたらあいつら、適当に修理して店で売るんだ」


「うわぁ嘘でしょ。そんなことしていたの」


 とんでもない話を聞いたユウは目を剥いた。1度店内で品定めしていたが、まさかそこまでひどい品物があるとは思っていなかったので絶句する。


 あまりにも常識が違いすぎることにユウはため息が出た。どおりでルーサーと意見が並行するわけだ。


 そんな疲れた表情のユウをルーサーは面白そうに眺めていた。

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