買取金額はいくらになるのか?

 その日、ユウたちは調子良く魔窟ダンジョン内を進むことができた。地図があるおかげで帰路に不安がないので更に奥深く探索できたのだ。


 2人が魔窟ダンジョンの外に出たときは既に日が暮れていた。それでも出入口近辺には多数の冒険者が往来している。


 その間を塗って2人は換金所へと入った。まずは魔石の換金からだ。北側の買取カウンターの前にできている列に並ぶ。自分たちの番が回ってきたユウとルーサーは取り出した魔石をカウンターに置いた。それをユウが数えて魔石買取担当者が確認していく。


「全部屑魔石で162個、銅貨8枚に鉄貨10枚だ。ほら、代金だぞ」


「ありがとうございます。ルーサー、これが君の取り分だよ」


「おお、銅貨4枚! すっげぇ! 1日でこれだけ稼げるんだ!」


 両の手のひらで掬うように貨幣を手にしたルーサーが目を見開いた。かすかに体が震えているのが傍目でもわかる。


 その様子にユウは懐かしさを覚えた。かつて冒険者になりたての頃に貧民時代との稼ぎの違いに驚いたものだ。同時に日々費やす金額にも目を剥いたものだが。


 列の順番を譲るためにユウはルーサーを脇に引っぱった。そこで改めて話しかける。


「ルーサー、君の持っている剣と盾を出す用意をして」


「え、どうして? これは俺の物になったんだろ?」


「規則を忘れたの? 魔窟ダンジョンで手に入れた物は1度全部ここで見せないといけない決まりでしょ」


「あー、そういやそうだったっけ」


 警戒心を露わにしていたルーサーは最後まで説明を聞いて肩の力を抜いた。渋々剣と盾を取り出す。


 次いで南側の買取カウンターの前にできている列に並んだ。こちらは魔石の列よりもずっと少ない。すぐに順番は巡ってきた。少し不安そうなルーサーが手にした剣と盾をカウンターの上に置くと、出現品買取担当者が慣れた手つきでやる気なさそうに確認する。


「1階の低品質な短剣ショートソード丸盾ラウンドシールドか。買取価格は銅貨15枚だよ」


「売らないよ、これは俺のなんだ!」


 すぐさま返答したルーサーが剣と盾をたぐり寄せて抱え込んだ。担当者は一瞬目を見開いたがすぐに肩をすくめる。


 その様子を苦笑いしながら見ていたユウはそのままルーサーを引っぱって換金所の建物の隅に寄った。剣と盾を抱えたままの相棒を見ながら話しかける。


「これで今日やるべきことは終わったね。それじゃ最後に確認をして解散しよう」


「確認って何をするんだ?」


「借金の話だよ。ルーサーはその剣と盾を手に入れたんだけど、本来なら換金してお金を半分僕に渡さないといけないでしょ。だからそのお金を今後僕に少しずつ返していかないといけないじゃないか」


「あ、ああ、そうだね。金額は、えっと」


「銅貨7枚と鉄貨50枚だよ。半分だからね」


 ユウの話を聞いたルーサーは目を剥いた。自分の手のひらにある今日の稼ぎに目を向ける。銅貨4枚と鉄貨5枚だ。半分くらいしかない。その顔が引きつった。


 何度か呼吸を繰り返した後にルーサーが口を開く。


「ねぇ、それって高くない?」


「高くないよ。換金所で本来僕がもらえるお金だったんだから。今その抱えている物を売ったらすぐに手に入るんだよ?」


「う、売らないよ、これは! でも、なんでその金額なんだよ?」


「冒険者ギルドの職員によると、町の中のお店の店頭価格が基準になってるらしいね」


「それっていくらなんだ?」


「買取価格から逆算すると両方合わせて銅貨300枚かな。町の中だと銀貨でやり取りする額だね」


「銅貨300枚! 銀貨!」


 金額の大きさにルーサーは再び目を剥いた。声も震えている。


「なんでそんなに高いんだよ!? 市場だったら両方合わせても銅貨で120枚だぞ?」


「町の中と外じゃそもそも価格が違うし、町の商店で売ってる武具の品質とルーサーの抱えているそれの品質も違うからだと思う」


「ちなみに、市場の価格で買取価格を計算したらいくらになるんだ?」


「町の中のお店って決まっているから意味ないんだけどな。それでも計算すると銅貨12枚だね」


「それでもあんまり変わらないんだ」


「劇的にはね。でも今君も言ったけど、貧民の市場で買ったら銅貨120枚するんでしょ? それを考えたら銅貨7枚と鉄貨50枚で買えるのは破格じゃない」


「そりゃそうだけど」


「別に今すぐ全部払えなんて言わないよ。ないのは知っているんだし。これから少しずつ払えばいいじゃない」


「あー、うん。今日は、どうする?」


「今日はいいよ。今度から毎回魔窟ダンジョンで稼ぐ度に銅貨1枚ずつ返してくれたら。しばらくは今日みたいに稼がないといけないしね」


「うん、そうだね。わかったよ」


 感情が落ち着いてきたルーサーが力なくうなずいた。それから大きなため息をつく。


「銅貨7枚と鉄貨50枚かぁ。毎日銅貨1枚ずつユウに返すとして8日間、あれ? 1週間とちょっと? 思ったよりも短いな」


魔窟ダンジョンでそれだけ稼げるからだよ。今日みたいに稼げるならそんなに思い詰める必要なんてないと思うけどね」


「そっか! あ~、心配して損した! なんだ、借金なんてすぐに返せるんだ!」


「浮き沈みが激しいね、ルーサーって」


「そうかな? みんなこんなものだと思うけどなぁ」


「ルーサーの友達って騒がしそうだね」


「ああ賑やかだよ! にしても、もしこの剣と盾を売ってたら銅貨7枚が手に入ってたのか。これと合わせて11枚。銅貨11枚!? すごいな!」


「そうだね。これからはたまにそんな日もあるってことだよ」


「へへ、すっげぇ楽しみだな! みんなに自慢してやりたい!」


「お金のことを人に話すと面倒なことになるかもしれないよ?」


「友達だったら大丈夫だよ! みんな仲いいし!」


 あまりにも無邪気に話してくるのでユウはそれ以上何も言えなかった。これ以上言うのは見たことのないルーサーの友人の非難になりかねないので自制する。


「それじゃ、今日はこれで解散しよう。明日の朝も同じ時間、同じ場所で待ち合わせよう」


「わかった! でも、どうせだったらもっと早くでもいいよね。二の刻の鐘くらいとかさ」


「しばらくは日の出頃でいいんじゃないかな。集合時間を早くするのはもっと慣れてからでも遅くないと思う。大体そんなに早く起きられるの?」


「起きられるよ! 今まで二の刻の鐘くらいに起きてたんだから!」


 返事を聞いたユウは微妙な表情を浮かべた。二の刻の鐘の鳴る頃に集合なのに起床時間が同じでは絶対に遅刻するのだが、ルーサーは気付いていないらしい。


 ともかく、この日2人は換金所で解散した。ユウは門を潜ると冒険者の道を南に進む。周囲は暗いが月明かりでかろうじてぼんやりと何があるかわかるので歩けた。たまに松明たいまつを持っている者も往来しているのでそれを頼りにもしている。


 冒険者の歓楽街に差しかかると壁に掛けられた松明や角灯ランタンで少し明るくなった。誘われるようにユウは体の向きを変えて路地へと入る。


 向かう店は既に決めてあった。安酒場『黒鉄の酒樽亭』だ。安酒場の店舗が集中する一角にある石造りの平屋の店舗である。手持ちの金銭に余裕のない冒険者が集まる店だ。


 既に何度か利用したことのあるユウは勝手に定位置と決めているカウンターの端に座った。足下の背嚢はいのうを確認してから給仕女を呼ぶ。


「いらっしゃい。今日は何にするの?」


「肉料理ってありますか?」


「肉の盛り合わせがあるわよ」


「それじゃそれ1つとエールをください」


「1人であれを食べるの。元気ねぇ。鉄貨175枚よ。はい毎度。ちょっと待っててね」


 料金を受け取った給仕女がその場を離れた。そのまま店の奥へと姿を消す。


 カウンターに向き直ったユウは大きく息を吐き出した。


「はぁ、疲れた。今日も1日頑張ったなぁ、僕」


 冒険者になってからの習慣として、ユウは夕食については可能な限り酒場や食堂で食べるようにしていた。朝食と昼食が干し肉のみと単調なので、夕食くらいは他のものを口にしたいからだ。こうして精神的にも1日の疲れを癒やすわけである。


「はいお待たせ。肉の盛り合わせとエールだよ」


「おお、すごい!」


 皿いっぱいに盛られた肉を見てユウは声を上げた。鶏、豚、牛、羊、兎の肉が乱雑に盛られている。それらの絡み合った肉の香りが空腹を刺激してきた。


 とりあえず木製のジョッキを傾けて喉を潤してからユウは肉に手を出す。肉自体は干し肉でいつも食べているが、こういった温かい肉汁滴るものは久しぶりだ。


 一時はまともに稼げるのはいつになるやらと暗澹とした気持ちだったユウだが、思いの外早く収入源を確立できる目処を立てられて喜ぶ。周辺の冒険者たちがこの町に稼ぎに来る理由がよくわかった。やり方さえわかってしまえば本当に簡単に稼げるのだ。


 当面はこのまま魔窟ダンジョンに入って稼げば良い。安定して生活できそうな気配に喜びながらユウは肉に大きくかぶりついた。

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