出現物と宝箱
地図を描きながらの進出は若干の面倒さがあるものの、自信を持って前に進めるのはそれ以上の利点だった。何しろ、自分たちの進んで来た経路が明確なのである。帰りたくなれば描いた地図に沿って引き返せば良いだけなのだ。
ルーサーが魔物との戦いに慣れてきたこともあって攻略は順調に進む。そして、悪いことが重なるのと同じように、調子の良いときは良いことが重なるものだ。
とある部屋で魔物と戦っていたときのことである。珍しく相手の
それでもユウにとっては苦労する相手ではなく、今まで通り2匹ともすぐに倒す。一方、ルーサーは相手の武器の長さが等しくなったことで苦戦した。同格の武器での戦いにまだ慣れていないのだ。
早々に魔物を倒して魔石を拾って待っていたユウはルーサーに声をかける。
「ルーサー、手助けした方がいいかな?」
「いらない!」
威勢良く返答したルーサーが自分の
「ギャ!?」
殴られた右手を痛めた様子の
そこへルーサーがすかさず
「勝ったぞ!」
「盾で殴るなんてよく知っていたね。普通は守るものだって決めつけている人が多いのに」
「ずっと前に友達の知り合いの冒険者から教えてもらったんだ。それを思い出したんだよ。まさかこんなきれいに決まるとは思わなかったけどね」
「色々とやっていたんだ。って、剣が落ちてる?」
「あれ、ホントだ。でも俺のじゃないぞ」
床に転がっている魔石の隣に
じっとその剣を見ていたユウだったが、少し間を置いてからそれが出現品であることに気付く。これも冒険者ギルドで老職員に教わったことだ。
魔石と共にその
「ユウ、これってもしかして出現品ってやつかな?」
「そうだと思う。あんまり出てこないって聞いていたけど、ついに出たんだね」
「あれかぁ。魔石と一緒にこんな風に出てくるんだ。初めて見たよ」
珍しそうに出現した剣をルーサーは眺め続けていた。次第に物欲しそうな顔つきになってくる。
その間にユウは
「そろそろ次に行こうか。ルーサー、どうしたの?」
「え、何でもない。ユウ、これ俺が持っててもいいかな?」
「構わないよ。でも自分のと間違って使わないでよ。傷物になって換金できなくなると困るから」
「わかってるって! こうやって背中に背負っておけばいいんだよ」
機嫌の良いルーサーの用意が整うと2人は部屋の奥にある通路へと向かう。その後は再び今までと同じ作業の繰り返しだ。通路を歩き、地図を描き、部屋に入り、魔物と戦う。そして、これらを何度か繰り返す度に少し休んだ。
あるとき、水を飲んだルーサーがユウに話しかける。
「ユウ、拾った魔石って今どのくらい持ってる?」
「60個くらいだったと思う。正確な数はわからないけど」
「そうなると俺のと合わせて100個くらいあるんだね。つまり、鉄貨500枚くらいか。へへ、なかなかの稼ぎだなぁ」
「僕としてはあと100枚くらいは欲しいかな。それでやっと差し引きなしになるから」
「ユウって毎日結構カネ使ってるんだな」
「宿代、酒場の代金、それに水と干し肉、これだけで最低そのくらいかかるんだ」
「ユウってよそから来たから住むところがないんだったね。そりゃ大変だ」
「まぁね。ところで、ルーサーって次の武具を買うためにお金は貯めているの?」
「もちろん! でも、高いからなかなか目標まで貯まらないんだ」
「確かに。高いもんね。僕も苦労したなぁ」
「だよな! この剣なんて銅貨100枚もしたんだよ! 俺のような貧乏人がそれだけ貯めるなんてどれだけ苦労したことか!」
「よくそんなに貯められたって逆に思うよ」
「そりゃもう何もかも切り詰めたんだ! 苦しかったけど、今こうやって
嬉しそうに力説するルーサーに少し気圧されたユウは苦笑いした。
休憩が終わると再び
そんなユウたちはあるとき行き止まりの部屋にたどり着いた。これだけ
「あれって、もしかして宝箱なのかな?」
「そうだよ、ユウ! 今日の俺たちはツイてるな!」
はしゃぐルーサーの隣でユウはうなずいた。話には聞いていたが実物を目にすると驚きで言葉が出てこない。
宝箱は縦が約50イテック、横が約100イテック、高さが蓋を含めて約70イテック程度あった。
2人とも宝箱に近づいてその周囲を眺めてみる。全体は木製で端や角を金属で補強したものだ。また、底から3分の2くらいのところで箱と蓋が分かれるようになっている。見たところ特に何かありそうには見えなかった。
ぐるりと1周したルーサーがユウに顔を向ける。
「開けてみよう。何が入ってるか早く知りたいよ」
「それは僕も同じだけど、こういう宝箱って罠が仕掛けられている可能性があるじゃない。それをどうやって調べたらいいのかわからないんだ」
「それは俺もわからないなぁ」
宝箱を目の前にしたユウたちは顔を見合わせて黙った。どちらも罠に引っかかってひどい目に遭いたくはない。ただ、いつまでもじっとしているわけにはいかなかった。
どうするべきか悩んでいたユウはややためらいがちにルーサーへと話しかける。
「僕が宝箱を開けるから、ルーサーは周りで罠が仕掛けてこないか見張っていてくれないかな」
「そりゃいいけど、なんで俺が見張り役なの?」
「だって盾を持っているから。矢が飛んできてもその盾で防げるでしょう」
「なるほどな。それは確かに。でも、俺も宝箱を開けたいなぁ」
「だったらその盾を僕に貸してよ。そうしたら役割を代わってもいいよ。それと、宝箱自体に罠が仕掛けられていることもあるみたいだから、それは自力でなんとかして」
「わかった。俺が周りを見張るよ」
罠の存在を強調されたルーサーは顔を引きつらせて自分の主張を引き下げた。できるだけ痛い目には遭いたくないのだ。
役割が決まった2人はユウが宝箱の前に膝立ちになり、ルーサーがユウの背後に立つ。お互い背中合わせで正反対の方向を向いていた。
罠がないか何度か宝箱を触ったユウだったが何も見つけられない。仕方がないので箱と蓋のそれぞれの縁に手を付けて宝箱を開ける。開けた後、ユウはしばらくじっとしていた。しかし、何も起きない。
「良かった。罠はないみたい。で、これは盾?」
「うわ、
背後から声をかけられたユウは振り向いてルーサーの顔を見た。興奮した表情をユウが手にしている盾に向けている。
半ば取り上げるようにその盾をユウから受け取ったルーサーはその表と裏などをしきりに見ていた。やがて感情が落ち着いてくるとユウに窺うような顔を向ける。
「なぁ、相談があるんだけど」
「どうしたの?」
「さっき拾った剣とこの盾、俺がもらってもいいかな?」
「どうして? 利益は折半だから換金してお金を分けるんじゃないの?」
「そうなんだけど、俺の持ってる剣と盾って店で買ったやつだろ。それと同じやつがここでこんなに簡単に出るんなら、1つくらい予備が欲しいって思ったんだ」
理由を聞いたユウは微妙な顔をした。ルーサーが品質の悪そうな武具を使っているのは知っているのでその気持ちは良く理解できる。壊れたときの替えを用意するのは当然だ。
しかし、パーティを組んで
しばらく考えた末にユウが提案する。
「その対価を僕に支払ってくれたらいいよ。例えばその剣と盾が銅貨10枚だったら、半分の5枚を僕に払うんだ。そのときに全額払えなかったら少しずつでもいいから」
「なるほど、それならいいかな」
「だったら構わないよ。その剣と盾はルーサーのものだ」
「やった!」
盾を抱えたルーサーが飛び跳ねた。そして嬉しそうに盾を振り回す。
その嬉しそうな様子を見たユウの顔もほころんだ。
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