地図の効果

 うっすらと白み始める中、ユウは冒険者の道を北に向かって歩いていた。周囲には多数の同業者が同じ方角に向かって進んでおり、冒険者ギルド城外支所まで来ると道を逸れて原っぱに向かう者たちもいる。


 白い息を吐きながら換金所手前の門に着くとユウは周囲に顔を巡らせた。その間に門の近くから声をかけられる。


「ユウ、こっちだよ!」


「おはよう、ルーサー。今日も寒いよね」


「このくらい平気だよ! それに、魔窟ダンジョンに入ったらましになるしね!」


「確かに。それじゃ行こうか」


「今日も稼ぐぞ!」


 元気いっぱいに声を上げたルーサーが先頭を切って門を潜った。ユウもそれに続く。


 小岩の山脈に開いた穴に入り、2人は整備された通路を人の流れに合わせて進んだ。その間にルーサーが話しかけてくる。


「ユウ、昨日地図を作ってたんだよね? どんなのか見せてよ」


「いいよ。冒険者ギルドの地図をほぼ丸写ししただけなんだけど」


「そうなんだ。これが地図かぁ。うーん、この□は通路? いや部屋にもあるね」


「それは10レテム四方の枡目ますめなんだよ。この魔窟ダンジョンはこれを基準にしてできているそうなんだ」


「聞いたことあるかも。へぇ、それでこの□で通路と部屋を表してるんだ。この×は?」


「それは罠だよ。どんな罠かは矢印の先に書いてあるでしょ」


「俺、文字は読めないんだ。絵で描いてくれよ」


「そうなんだ。今度から気を付けるよ」


 2人は地図を見て話ながら通路を歩いた。ルーサーはたまに他の冒険者にぶつかりかけるがそれでも地図を覗き込む。


 最初の部屋に着いたユウたちはそこで立ち止まった。すぐにルーサーがユウに尋ねる。


「今日はどうするんだ?」


「何枚かの羊皮紙に地図を写してきたから今日はまずそこに行ってみよう。もし地図に描いていない場所に出くわしたら、そこからは羊皮紙に描き足していくよ」


「ということは、もう前みたいに帰るときに迷わなくてすむんだね?」


「先に進むときも地図がある範囲なら迷わなくてすむよ」


「いいねそれ! それじゃ早速行こう! 今日は前よりも稼ぐぞ!」


 嬉しそうに声を上げたルーサーにユウはうなずくと地図を見ながら通路を歩き始めた。


 今回2人が向かう場所は2日前に向かった辺りだ。再挑戦というわけではないが、少しでも慣れている地域から活動範囲を広げたかったのである。


 地図を見ながら通路を歩き部屋を通り抜けていくと、徐々に周囲の冒険者の姿が減っていった。1枚目の地図の端に到達した頃にはまだ他にも人がいたが、2枚目の途中からほぼ見かけなくなる。


 腰にぶら下げた麻袋から取り出した地図を見ながら周囲に目を向けていたユウはルーサーに声をかける。


「ルーサー、ちょっとこの地図を見てほしい」


「どうしたの?」


「僕たちはこっちの地図のここから魔窟ダンジョンに入って、この辺りをずっと通ってこの2枚目のこの辺りまで来ているんだ」


「結構歩いてるんだね。あんまりそんな気はしなかったけど」


「それで、今周りには他の人がいないから、これからは部屋に魔物が出てくる可能性が高くなると思う」


「やっとか! へへ、今日はもっと楽に勝つからね!」


「期待しているよ。それじゃ行こうか」


 大きくうなずいたルーサーを見ていたユウは苦笑いしつつも地図を片手に通路を歩いた。閉じた扉を見ると腰の麻袋に地図を入れる。


「ここの部屋は罠がないから、魔物がいたらそのまま戦えばいいからね」


「任せろ! この剣の錆にしてやるぞ!」


 地図から槌矛メイスに持ち替えたユウはルーサーと一緒に扉を開けて部屋に入った。その中央には小鬼ゴブリンが3匹待ち構えている。


 魔物を見た途端にルーサーが走り出すと小鬼ゴブリンたちもユウたちに向かって駆けてきた。戦闘時の分業はユウが2匹にルーサーが1匹と初日で確立している。


 ルーサーが1匹程度なら後れを取らないことを知っているユウは目の前の2匹に集中した。今回もぼろぼろのナイフを右手に持った小鬼ゴブリンである。格下の上に対処法も心得ているので倒すのはたやすい。


 槌矛メイスでさっさと目の前の魔物2匹を片付けたユウはルーサーへと向き直った。相変わらず1匹相手に時間はかかっているが最初の頃よりもましになっている。


「はあぁぁ!」


「ギャギャ!」


 弱いといえど闘争心は強い小鬼ゴブリン相手にルーサーは果敢に攻めていた。体の動きに合理性があまりないのでなかなか決定打は出ないがそれは魔物も同じだ。


 やがて負傷により体力を削られた小鬼ゴブリンの動きが大きく鈍ったところでルーサーの致命的な一撃が相手に入った。それにより、小鬼ゴブリンは倒れる。


 以前よりも戦闘時間をわずかに縮めて勝利したルーサーは大きく肩で息をしていた。それでも勝ったことで笑みを浮かべ、ユウに振り向く。


「どうだい! 勝ったよ!」


「お疲れ様。前より良くなってるように見えるよ。休みの間に練習でもしたのかな?」


「やっぱりわかる? 前の反省をしながら剣を振る練習をしたんだ」


 胸を張って話をするルーサーの言葉にユウはうなずいた。相棒の成長は自分の負担が減ることを意味しているので素直に喜ぶ。


 ここから先の部屋はしばらく人が足を踏み込んでいないようで、入る部屋すべてに魔物が現れた。毎回小鬼ゴブリン3匹と同じだ。


 以前よりも危なげなく戦えるようになったルーサーの活躍もあり、前のときよりも次の部屋に進む調子は早い。その分だけ倒した魔物の数が増える。


 何枚か地図を描いていたユウはできるだけ地図に描かれた部屋を回るように移動した。同じ進むなら既に地図に記入した場所の方が楽だからだ。もちろん罠のある部屋は避けてである。そうすることで前回が嘘のような調子で進めた。


 しかし、あらかじめ地図を描いた羊皮紙の数はそれほど多くはない。昼食の干し肉を食べる頃には地図上の安全な部屋は大体行ってしまった。


 とある部屋で床に座って干し肉を食べているユウがルーサーに話しかける。


「昨日描いた地図の所はこれまでで大体行ったから、これからは地図にないところを行くことになるよ」


「そうなんだ。となると、地図を描きながらになるんだよね。描くのに時間はかかるの?」


「省略した記号を使うから毎回そんなに時間はかからないよ。ただ、通路の長さを測ったりするから今までみたいにすぐ次の場所には行けなくなるけど」


「まぁ仕方ないよね。地図があったときはかなり楽だったんだし。今日帰ったらまた冒険者ギルドで地図を描くの?」


「明日1日休みをもらうことになるけどいいかな?」


「うっ、それはイヤだなぁ。俺としては毎日稼ぎたいんだけど」


「そうなると、これからは当面地図を描きながら進むってことになるね。でも、毎回描いた先を攻略するんなら日に日に楽になるんじゃないかな。だって描き溜めた地図が手元に増えていくんだし」


「なるほど、だったらしばらく我慢すればいいんだ。いいね!」


 楽しそうに喋るルーサーは笑顔で干し肉を囓った。


 これから魔窟ダンジョン内で地図を描くことになるユウも悪い気分ではない。手元に自分が描いた情報が残るというのは何とも嬉しいものだからだ。


 昼食が終わると2人とも出発の準備を整える。


 今回のユウは麻袋からインク瓶を取り出して紐を首からかけ、次いで木製の折り畳み下敷きを広げて半分に切った白紙の羊皮紙を上に乗せた。試しにインクを付けたペンで羊皮紙に描いてみる。


「う~ん、描きにくいな。っていうか、インク瓶の蓋を閉めないとこぼれるぞ、これ」


「ユウ、描けそうか?」


「描けることは描けるけど、慣れるまで時間がかかるかもしれない」


「俺も戦うときの時間はユウより長いからね。そこはお互い様ってことにしておくよ」


「ありがとう。それじゃ出発しようか。あ、悪いけどこれからはルーサーが前に出て。僕、両手が塞がっているから」


「だと思ったよ。任せてよ!」


 ユウの要請を快諾したルーサーが先頭を切って前に歩き始めた。これからは地図を描きながらの移動だ。


 部屋から出たユウたちは通路を進むが、このときユウは歩幅を数えていた。扉の端から通路を直進するならその突き当たりまで数え続ける。もちろん専門職ではないので歩幅は完璧ではないし、実際に歩数がずれることも多かった。しかし、10レテム四方の枡目で魔窟ダンジョンが構成されているとわかっているのなら、そこから逆に補正することも可能だ。ユウは自分の未熟な技術を魔窟ダンジョンの規則性で補った。


 こうしてユウたちは地図を作りながら更に奥へと進んでいく。その歩みはあらかじめ記載した地図があるときよりも遅いが着実だ。未確認の場所であっても落ち着いて進める。何よりも確実に帰還できるのは心強い。


 気になることといえば、戦闘直前に筆記用具と羊皮紙を片付けないといけない点である。これが実に面倒だ。


 それでもユウたちは不安なく進めることに利点を見いだしていた。

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