折り畳み式下敷きの作成依頼

 地図について教わったユウは冒険者ギルド城外支所を後にした。次は描くための道具を揃えないといけない。


 冒険者の道を南に向かってユウは歩き、貧民の工房街に差しかかると路地へと入る。往来する人々が冒険者から貧民へとある程度変化したところで寂れた石造りの工房が見えてきた。木槌と刃物が描かれた看板が掲げられている。


 そのまま迷わずユウは細工工房『器用な小人』に入り、様々な小道具が並べられた棚の前で立ち止まった。そこからやや禿げかかった茶髪の丸い顔をした男を呼ぶ。


「オリヴァーさん、こんにちは」


「おや、あんたはこの前松明たいまつを買ってくれた子じゃないか」


 小太りの体を椅子から立ち上げたオリヴァーがにこやかにユウへと近づいて来た。


 機嫌の良さそうな親方に対してユウが話しかける。


「筆記用具が欲しいんですけど、いくらですか?」


「中古なら銅貨4枚だな。これがペンでこっちがインクだ。インクは新しいのに入れ替えてあるから傷んでないぞ」


「ありがとうございます。それで、実はもう1つ相談があるんですが」


「お、なんだい?」


魔窟ダンジョンの中で地図を描きたいんで下敷きが欲しいんですが、ありますか? ざっと見ましたが棚にはないように見えたんですけど」


「あー下敷きかぁ。そっちの一般的な羊皮紙の大きさのやつだと、縦50イテック、横30イテックと結構大きいぞ?」


「そうなんですよね。でもそれだと持ち運びにくいですし」


「だよなぁ。その半分の大きさの下敷きもあるが」


「縦30イテック、横25イテックですか? だいぶましですけど、うーん」


「その更に半分だと今度は小さすぎるだろ。持ち運びには便利だが、地図を描くにしちゃ羊皮紙の大きさが小さすぎる」


 そこまで話をして2人とも黙り込んだ。羊皮紙の大きさを取ると持ち運びが不便になり、持ち運びの利便性を取ると羊皮紙の大きさが小さすぎてしまう。なかなか困った問題だ。


 しばらくしてからオリヴァーが口を開く。


「小さい板をいくつか組み合わせて大きい下敷きを作るってことはできるが、手間だよな」


「それをやっている暇が惜しいですね。どうせなら折り畳んだりできませんか?」


「折り畳む?」


「扉を開閉するみたいに2枚の板をこう折り畳めるようにするんです。そういうのないかなぁ」


「それだ! そうか、扉みたいに可動式にしてしまえばいいんだ。なんで思い付かなかったんだろう」


「そういうのは今までなかったんですか?」


「見たことないな。みんな俺と同じで思い付かないんだ」


「ということは、作ってもらわないといけない?」


「ああ。けど、そんなに難しくはないからすぐに作れる。待てるかい?」


「構いませんよ。今日は休みですし」


「よし、それじゃ今から作ってみる。待っててくれ!」


 喜び勇んで奥の作業場に戻ったオリヴァーは早速折りたたみ式の下敷きを作り始めた。このような作業は好きなのだろう、楽しそうに制作している。


 棚にある小道具を吟味していると羊皮紙が目に入った。おおよそ縦50イテック、横30イテックの大きさだ。1枚取り上げて眺める。


「オリヴァーさん、この羊皮紙って1枚いくらですか?」


「銅貨1枚だよ。中古品だけどモノが良くてね。まだまだ使えるんだ」


 返事を聞きながらユウは羊皮紙を顔に近づけた。確かに表面を削った跡がいくつもある。こういった紙は貴重なので使えなくなるまで繰り返し使われるのだ。


 かつて商店で働いていたことのあるユウはもちろん羊皮紙も見たことがある。なので多少の良し悪しがわかるのだった。


 更に棚の周りでユウが待っていると、奥の作業場からオリヴァーの歓声が聞こえてくる。


「できたぞ! 見てくれ! これだったら使うときは羊皮紙の半分の大きさで、持ち運ぶときは4分の1になる。どうだ?」


「あ、本当に折り畳めますね。良いじゃないですか。これなら使えそうです」


「だろう! いやぁ、いいもん作れたなぁ」


「ちょっと羊皮紙を借りてもいいですか?」


「いいぞ、試してみてくれ。ああいやちょっと待ってくれ。こっちの羊皮紙を使ってくれないか。これならもういらないから実際に書いてくれてもいいぞ」


 作業場の机に置いてあった穴と落書きだらけの羊皮紙をオリヴァーが持ってきた。確かにこれでは普通の用途には使えないし、試し書きにはちょうど良い。


 廃品扱いの羊皮紙を受け取ったユウは下敷きで使おうとして大きすぎることに気付いた。オリヴァーに半分に切ってもらって改めて試す。


 下敷きの大きさはちょうど良かった。買ったばかりのペンを使って落書きをしてみる。片手で持ったままでも安定して書き込めた。他にもしばらく書き込んでみる。


「うん、使いやすいや。これなら持ち運ぶときもまだましだと思いますよ」


「そうだろう。これはなかなか便利な代物だぞ」


「作って売ったら、売れるんじゃないですか?」


「これがか? 売れるかもしれないが、このままだと簡単に真似されるよなぁ」


「何か特別な仕掛けがあれば何とか売れるかも」


「特別な仕掛けって、どんなものなんだ?」


「そうだなぁ、例えばこの下敷きの上の方で羊皮紙を挟んで板に固定するとか、あるいは今これは半分に折り畳んでいるけど更に半分に折り畳めるようにするとか、かな」


「なるほどなぁ。更に工夫するわけか。悪くない考えだ。やってみるか」


 腕を組んで唸っていたオリヴァーはうなずいて決意した。職人としての興味を刺激されたようだ。


 そんなオリヴァーにユウが声をかける。


「オリヴァーさん、これっていくらになるんですか?」


「カネはいらない。面白いことを教えてくれたからな。しばらくは退屈しなくてすみそうだ。それと、せっかくだから羊皮紙もここで買うなら負けてやろう」


「え、本当ですか!?」


「ああ。ただし、その下敷きを使った感想を聞かせてくれ。また何か役立つことが聞けるかもしれないからな」


「わかりました。ありがとうございます」


「あと、インクの瓶を首からぶら下げられるようにしておいてやる。これなら魔窟ダンジョンで立ったまま使えるぞ」


「そうか、机の上で使うんじゃなかったでしたね」


「みんな初めてのときは決まってそれを忘れるんだよ。よくある話だ」


 瓶の首の周りを紐で縛りながらオリヴァーが話をした。終わるとユウに首からぶら下げさせて調整する。


 こうして、羊皮紙も一緒に買い込んだユウは細工工房を後にした。


 思わぬ買い物をしたユウは冒険者の道を北に向かって歩いたが、そのときに四の刻の鐘が鳴る。昼時だ。


 冒険者ギルド城外支所までやって来ると建物の近くで背嚢はいのうを下ろした。そして、中から干し肉を取りだして囓る。立ちながらの食事だ


 城外支所の建物の南側と冒険者の宿屋街の北の端の間からユウは道を挟んだ原っぱを眺めた。今もパーティ参加希望の冒険者たちが立って声をかけられるのを待っている。


「あれにはもう戻りたくないなぁ」


 水袋を口にして噛んだ干し肉と一緒に飲み込んだユウは何気なくつぶやいた。幸運にもすぐに新人冒険者と組めたから良かったものの、下手をすればずっとあの原っぱで立っているところだ。そんなことを想像して背筋が寒くなる。


 昼食を終えたユウは背嚢を背負い直すと城外支所の中に入った。いつもなら受付カウンターの列に並ぶが、今は2階へ続く階段に足を向ける。朝の間に教えてもらった資料室へと入ると誰もいなかった。


 都合が良いことに気を良くしたユウは部屋の隅にある机の近くに背嚢を置くと、地図の収められている棚へと向かう。そこから魔窟ダンジョンの入口近辺の地図を取り出した。


 何枚かの羊皮紙を手に机へと向かいながらユウは地図を見る。略式記号で記載された地図が羊皮紙いっぱいに描かれ、必要事項が細かく書かれていた。


 机の上にそれら羊皮紙を置いたユウは背嚢から筆記用具と羊皮紙を取り出す。そして、まっさらな羊皮紙をナイフで半分に切って下敷きの大きさに合わせた。


 準備が整ったユウは小さく息を吐き出す。


「さぁ、始めようかな」


 多数の冒険者から寄せられた情報を元に作成された地図に記載された情報は非常に多かった。すぐに全部は写しきれないと悟ったユウは、とりあえず地図情報だけを抜き出して魔窟ダンジョンの構造から知ろうとする。


「うっ、それでも多いなぁ。これは何の記号だっけ? 宝箱か。こっちは罠」


 つぶやきながら記号を転記していくユウは本当にこの終わりなき魔窟エンドレスダンジョンが広大であることを知る。


「これはどこか一方向に方角を絞った方がいいかな。どうせ全方位になんて1度に行けないんだし」


 部屋と通路の位置だけを広く描いてしまうより、ユウは特定の方向や地域だけを描いて残りは罠や宝箱を記載することにした。方針を転換すると集中して転写する。


 その後、ユウは夕方まで一心不乱に地図を描き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る