魔窟内での泊まり込み(前)

 ユウがアディの町にやって来て2週間が過ぎた。当初はどうやって糊口を凌ぐかで悩んでいたが、ルーサーと組んで魔窟ダンジョンに入るとその稼ぎに驚く。そう、1度稼げる軌道に乗ると割と簡単に稼げることがわかったのだ。


 直近10日の収支はというと、魔石の収入が銅貨45枚、生活による支出が銅貨29枚弱と収入が大きく上回っている。しかも、これに出現品の換金額が加わるのだ。それも銅貨30枚である。


 確かにウィンストンから駆け出しでなければ儲かると聞いていたが、ユウはここまでだとは思っていなかった。故郷で冒険者をするよりここの方がはるかに稼げる。周辺から冒険者が集まってくる理由がわかろうというものだ。


 当然それだけ稼げるとなるとルーサーも大した負担を感じることなく借金を返済できた。一応取り決め通り1日銅貨1枚ずつを返済していたが終始笑顔である。


「はい、これが最後の鉄貨50枚! 全部返したからね!」


「確かに受け取ったよ。それにしても、この魔窟ダンジョンって本当に稼げるね。駆け出しの冒険者で苦労している人もいるらしいけど、それが逆に不思議だな」


「たまに不幸な連中がいるんだよ。魔窟ダンジョンで仲間の武器や防具が次々とダメになるなんてあるらしいんだ」


「あの貧民の市場で買った武具ならその可能性もあるよねぇ」


「それで身動きが取れなくなってパーティがバラバラになったりするんだって聞いたことがある」


「あの原っぱでパーティに参加したがっている人たちの中にも、そんな経験をした人がいるのかな?」


「いるよ。だからパーティの方もメンバーを選ぶときは慎重になるんだ」


「ということは、ルーサーは結構幸運な方だったりする?」


「うっ、実はそうだったりする。ユウが俺みたいな駆け出しじゃなくて、装備がしっかりした冒険者だったからかなり助かってた」


 ばつが悪そうに目を逸らしたルーサーを見てユウは苦笑いをした。誰にも相手をされなかった当時としてはルーサーは妥当な相手だったので何も言うことはない。お互い様だ。


 そんな調子の良いユウたちだったが、あるときルーサーから提案があった。魔窟ダンジョンから出たところで話を持ちかけられる。


「ユウ、実はちょっとやってみたいことがあるんだけど」


「どんなこと?」


「俺たち、今稼げてるだろ。これをもっと稼げる方法にするんだよ」


「さすがに2階には上がれないよ? そもそも人数が足りないし」


「そんなことはわかってるよ! そうじゃなくて、今までのような日帰りじゃなくて、一晩中魔窟ダンジョンで稼ぐんだ」


「それはやめておいた方がいいよ。徹夜をすると夜の活動中は調子が悪くなくなるし、次の日の体調ががた落ちになるから」


「そうなの? でも、一晩くらいならいけるんじゃない」


「まぁ一晩くらいならね。ただ、次の日はどうするの? 休むの?」


「あーそれは」


「責めてるんじゃないよ。実際に何度もやったことがあるから説明しているんだ。単に稼ぐためっていうなら今のままの方がいい」


 提案したルーサーは残念そうな表情を浮かべた。単純に活動時間を2倍にすれば2倍稼げると思っていたことがよく見て取れる。


 より稼ぎたいという気持ちはわかるのでユウは馬鹿にはしない。日帰りの方が心身共に充実するのでその方が良いと思っているだけだ。しかし、ルーサーに経験させるという点では1度やってみるのは悪くなかった。


 すっかり日が落ちた外に出た2人は換金所で今日の成果を換金して山分けする。それが終わると今度はユウがルーサーに声をかける。


「ルーサー、さっきの話だけど1回やってみる?」


「え? でも、調子が悪くなるんだろ?」


「実際にやってみてどんなものか体験しておいた方がいいと思ったんだ。まだそういうのやったことないんでしょ?」


「うん、ないよ」


「ただし、本当に一睡もしないわけじゃないからね。いくらか仮眠を取りながら活動するんだよ」


「そうなんだ。一晩中でもできると思うんだけどなぁ」


「まぁ実際にやってみたらわかるよ。これでも初めてだったら結構きついから」


「わかった。どうするかはユウに任せるよ」


「ありがとう。それじゃ、明日は休みにしよう。今日までの疲れを取り除いておくんだ。そして、明後日の朝から一晩魔窟ダンジョンで活動する」


「わかったよ!」


「それともう1つ。ルーサー、今君が使っている剣と盾は新しいのに取り替えておくこと。それ、もう限界でしょ」


「うっ、そ、そうだね。俺もそろそろかなって思ってたんだよ」


「道具を切り替える時期は見誤らないでよ。パーティ組んだ人に迷惑がかかるから」


「は~い」


「それじゃ質問は? なかったら今日はこれで解散しよう」


「ユウ、それじゃ明後日な!」


 元気よく駆けていくルーサーを見送ったユウは自分も歩き始めた。明後日に備えてやるべきこともある。明日は1日中のんびり休むというわけにはいかなかった。




 翌朝、ユウは安宿で三の刻の鐘が鳴ってから起きた。日はとうの昔に昇っており、室内は明るい。周囲の宿泊客はほとんどが出払っていた。


 ゆっくりと宿を出る用意を済ませると背嚢はいのうを担いで安宿を出る。今日も寒いが良い天気だ。


 ユウが向かったのは貧民の工房街にある細工工房『器用な小人』だった。貧民街の近くにある何となく寂れた工房にためらわずに入る。


「オリヴァーさん、おはようございます」


「久しぶりじゃないか。どうしたんだ?」


「砂時計と羊皮紙10枚をください」


「いいぞ。砂時計はどのくらいの長さのやつだ?」


「そうですねぇ、鐘1回分の3分の1でいいかな」


「そうかい。だったらこれだな。羊皮紙10枚と合わせて銅貨6枚だ」


「ありがとうございます」


 銅貨6枚を手渡したユウは代わりに砂時計と羊皮紙を受け取った。羊皮紙はその場で作業台を借りて半分に切る。これでいつでも使えるようになった。


 買った品物を背嚢に納めながらユウはオリヴァーに話しかける。


「ところで、折り畳み式の下敷きって売れてますか?」


「今のところまだだな。まだ全然話が広まってないようだから、これからだよ」


「売れるといいですよね」


「まったくだ。今は真似されてもいいように色々と工夫をしてるところさ」


「できたら見せてくださいよ」


「わかってる。ところで、その下敷きの使い心地はどうだ?」


「いいですよ。軽くて持ち運びも楽ですし、広げたらきちんと羊皮紙に描き込めますから。戦う前に毎回腰にぶら下げている麻袋にしまうのが面倒ですけど」


「なるほどなぁ。下敷きそのものよりも地図を描く道具全部の出し入れが面倒なのか」


「ペンもインクも下敷きも羊皮紙もまとめて1つにできませんか?」


「なに、全部だと? それは、う~ん。インクが難点になるな。どうやってこぼれないようにするか」


 要望を聞いたオリヴァーが首をひねった。これは地図を描く者に共通する悩みだが、今のところ解決したという話は聞いたことがない。それに、地図を描くというのはそういうことだという認識が根強いため、そんなものと納得する風潮があった。


 自身の希望を伝えたユウもとりあえず言ってみたという感じで急いではいない。あったら嬉しいなという程度である。


 雑談を終えるとユウは次いで冒険者ギルド城外支所へと向かった。建物に入ると受付カウンターから伸びている列に並ぶ。


「トビーさん、地図についての相談があるんです」


「なんだ? 今爺さんはいねぇぞ」


「いや別にウィンストンさんでなくてもいいです。僕の描いた地図を冒険者ギルドに提供しようと思って」


「ああそれか。どれ、見せてみろ。これは資料室で写したやつだろ。こっちからか。たぶんもうあるんじゃねぇかな。じゃ、ちょっと借りるぞ」


 カウンターに置かれた羊皮紙を何枚か見たトビーがそれを手に踵を返した。受付カウンターの奥にいる別の職員にその羊皮紙を見せて話をした後、再び戻って来る。


「地図の係に見てもらったが、全部もうあるんだと。だからこれは必要ないね」


「そうですか。資料室にたくさんあったもんなぁ」


「今は1階だとかなり奥まで記録してあるからそう簡単にはカネにならねぇぞ。もっと奥の方にいかないとな」


「みたいですね。わかりました」


「そこまで描いたんなら、2階に行って描き足したらどうだ? 魔窟ダンジョン内で描くよりは楽だろう」


「確かにそうですね。それじゃ描こうかな」


 中途半端な地図を冒険者ギルドで完成させるという提案をされたユウはうなずいた。椅子に座ってゆっくりと落ち着いて地図を描けるのならばその方が良い。


 提出した地図を手にしたユウは受付カウンターから離れて城外支所の2階へと向かった。中途半端に描かれた地図は10枚以上と結構あるのですべての羊皮紙を完全に描き込むのは時間がかかる。


 今日丸1日かかる作業になることをユウは覚悟して資料室に入った。

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