初めての魔窟(中)

 魔窟ダンジョンに入ってとりあえず進んだ結果、1周して元の部屋に戻ってきたユウたちは思わぬことに肩を落とした。ルーサーなどは信じられないという表情を浮かべていたがしばらくすると立ち直る。


「さすが魔窟ダンジョン、ナメたらダメだってことか。ま、1周したのはしょうがないか。ユウ、今度は奥に進もうな!」


「うん。それじゃ最初に別れていたところまでもう1回進もう」


 賛意を示したルーサーがうなずくのを見たユウは先程選んだ通路に再び足を踏み入れた。1つ目の部屋を通り過ぎたところで最初の分岐路にたどり着く。


「ここでさっきはまっすぐ行ったんだよね。ということは、今度は左側に行けばいいはずだと思うんだ」


「そうだね。それじゃ早く行こう!」


 待ちきれないといった様子のルーサーが人の流れに合わせて左の分岐路へと進んだ。左に曲がり右に曲がりそして分岐で一方向を選んで着いた部屋からは更に2つの通路が伸びている。そのうちの1つの通路に入ってまた進み、同じ事を繰り返していった。


 今度は最初の部屋に戻るようなことはなかったものの、しばらく進んでいるうちにユウは少し眉をひそめる。最初の頃に比べて減ったが周囲に冒険者の姿はちらほら見えて、部屋は相変わらず素通りできるのだ。


 講習では聞かなかった事態に直面したユウはルーサーに話しかける。


「ルーサー、結構歩いたと思うけどまだ他の人がいるよね」


「そうだね。もっと少ないと思ってたけど、やっぱりあんなにたくさんの冒険者がいるからどこでも見かけるのかもしれない」


「僕が講習で習った話だと、部屋の中には魔物がいて、そいつらを倒さないと次の通路には進めないようになっているそうなんだ。でも実際はどこの部屋の扉も開きっぱなしだよね。これは予想外だった」


「近場はみんなこんなものだって俺は聞いていたけどね。もっと遠くに行かないと誰かが攻略した部屋しかないんだと思う」


「どこまで行けばいいんだろう?」


「さぁ? とにかく奥へと進まなきゃ」


「人が攻略していない部屋だと罠も気にしないといけないんだよね?」


「まだ心配する必要はないでしょ。ほら、ここにだって他の人がいるんだし。本当に誰も見かけなくなってからだよ、そういう警戒をするのは」


 ある部屋を通り過ぎるときに見かけたパーティの一行へちらりと目を向けたルーサーがユウを諭した。その態度は自信に満ちている。


 若干の不安を感じたユウだったが、ルーサーの言葉にも一理あったのでそれ以上は何も言わなかった。それよりも、いい加減にまだ人が来ていない部屋に入りたいと強く感じる。


 魔物を求めて2人はそれから更に魔窟ダンジョンの中を突き進んだ。そうしてついに扉の閉まっている部屋を見つける。


「ユウ、ついに閉まってる扉を見つけた! これでやっと稼げるよ!」


「そうだね。結構歩いたなぁ」


「そりゃ1度に何百人も魔窟ダンジョンにに入ってるんだからしょうがないよ。それより、早く入ろう!」


「わかった。それじゃ僕が先に入るから、ルーサーは後からついてきて」


「よぅし、やっと戦えるんだ!」


 短剣ショートソードを鞘から抜いたルーサーが勇んだ。


 やる気に満ちたその姿を見たユウはうなずくと自分も槌矛メイス右手に持って扉を手前に開ける。


 部屋の大きさは今までと変わらなかった。開け放った扉以外に他の扉は1つだけで更に閉じられている。部屋の中央には、成人男性の半分くらいの大きさで、薄汚れた緑色の肌をしたがりがりの小人が3匹いた。粗末な衣類にぼろぼろのナイフを持っている。


小鬼ゴブリン! ルーサーは右の1匹を相手にして! 僕は残りをやる!」


「わ、わかった!」


「ギギャギャ!」


 ユウが叫んで突っ込むと同時に小鬼ゴブリンも向かってきた。中央と左側がユウに、右側がルーサーに襲いかかる。


「あああ!」


 声を上げたユウは中央の小鬼ゴブリンに突進し、突き出されたその右手を槌矛メイスで叩き潰した。握られていた傷んだナイフはその拍子に床へと滑り落ちる。悲鳴を上げた相手の勢いはしかし止まらず、ユウの体にぶつかった。


 悲鳴を上げながらぶつかってきた小鬼ゴブリンの両肩を捉まえたユウは、左側から近づいて来る同族の魔物を見つめる。同じく錆の浮いたナイフを刺そうとしてきた。体の向きを変えてぶつかった相手を盾にする。


 盾にされた小鬼ゴブリンは背中に錆の浮いたナイフを突き立てられると悲鳴を上げた。わずかにもがいていたがすぐに動かなくなる。


 動かなくなった小鬼ゴブリンを手放すと、ユウは持ち直した槌矛メイスで同族を刺した魔物の頭に振り落とした。手加減のない一撃はその脳天を粉砕して悲鳴も上げさせずに絶命させる。


 夜明けの森以来久しぶりに相手をした魔物だったが、思い通りに体を動かせたユウは安心した。散々相手をしてきただけに多少間が空いても体が対処法を覚えていたようである。


 残り1匹はどうなっているのかとユウはルーサーの方へ顔を向けると目を見開いた。少し離れた場所で小鬼ゴブリン相手に互角の戦いを演じているのを目の当たりにする。


 ルーサーの装備は短剣ショートソード丸盾ラウンドシールドで、一方の小鬼ゴブリンはナイフだ。武器の長さで有利な上に相手の攻撃を受けられる盾もある。しかも大人と子供くらいの身長差があった。落ち着いて戦えば負ける要素はない。


「はぁはぁ、うわあぁ!」


「ギギ!」


 しかし、実際は互いに声を上げては攻防を繰り返していた。確かに相手の攻撃を盾ですべて受け止めており、剣で少しずつ傷は与えている。有利なのは違いない。ただ、行動が消極的すぎて利点を活かせていなかった。


 はっきり言うと戦い方が下手である。いや、それ以前にろくに訓練もしていない素人そのままだ。体の動きの1つ1つがなっていない。よくこれで魔窟ダンジョンに入ろうと思ったと逆に感心するくらいだ。


 横から割って入って魔物を倒すのはすぐにできる。しかし、ユウはしなかった。死にそうになっているのならともかく、有利に戦えているのならば最後まで自分で戦わせるべきだと考えたからだ。


 それからも長い時間をかけて戦っていたルーサーだったが、ついに小鬼ゴブリンを倒した。何十回も攻撃してようやくである。


「お疲れ、ルーサー」


「はぁはぁはぁ。やった、やったぞ。俺は小鬼ゴブリンを倒したんだ!」


「戦うのは初めてだったの?」


「そうだよ。ついこの間までは貧民街で友達と木の棒を振って稽古ばかりしていたけどね。これでやっと俺も一端の冒険者になれたんだ」


「ああ、そうなんだ。ところで、冒険者ギルドに戦闘講習っていうのがあるのは知っているかな? あれだと自分で武器を持ち込んで教えてもらえるよ」


「そんなのいらないよ! 稽古なら散々してきたし、後は実戦を繰り返して強くなればいいだけだって!」


「えぇ」


 聞く耳を持たないルーサーにユウは呆れた。こういう手合いがいることは知っていたが、いざ目の当たりにすると何とも心が落ち着かない。


 そんなユウの内心をよそにルーサーは床に目を向ける。


「あったあった! これが魔石かぁ。換金所に売ったらカネになるんだよね。ユウのは?」


「え? ああ、まだ拾ってなかったな」


 自分が殺した魔物の倒れた辺りに目を向けたユウは小さい魔石を2つ見つけた。半透明な灰色の石である。屑魔石だった。


 この魔石をこれからたくさん集めないといけないということに思いを馳せつつも、ユウはルーサーに話しかける。


「この辺りで1回休憩しない? そろそろ何か食べておいた方がいいと思うんだ」


「そうだね。散々歩いて戦ったあとだし、いいかも」


 賛意を示したルーサーは背嚢はいのうを床に下ろして水袋と干し肉を取り出すとその場に座った。すぐに干し肉にかぶりついて噛みちぎる。


 休憩を提案したユウも同じように背嚢を下ろして座った。取り出した干し肉を小さく噛みちぎる。今はきつい塩味も悪くない。


 よく噛みながらユウは魔物について考えを巡らせた。話に聞いていたが実際に見るとやはり不思議に思える。


魔窟ダンジョンの魔物って死んだら魔石を残して消えるって講習で習ったんだけど、本当にそうなんだね」


「みたいだね。俺も知り合いから教えてもらったことはあったけど、実際に目にしたのは今日が初めてなんだ。どうなってるんだろう? 不思議だなぁ」


「不思議って言えば、部屋の中の魔物を倒しても後でまた出てくるんだよね?」


「そうそう! 死んだやつが蘇ってるだとか、どこかからやって来てるだとか色々と噂があるけど、どれなんだろう。ちょっと気になってるんだ」


「それは僕も気になる。でも、偉い人が調べてもわからないらしいんだよね」


「その真相に迫れたら、大金持ちになれるかも!」


 そのときのことを夢想したルーサーがはしゃいだ。実に楽しそうだ。


 気持ちはわかるのでユウは苦笑いした。自分にだって一山当てたいという気持ちはもちろんある。


 だが、それもここに慣れてからの話だ。ユウはすぐに気持ちを現実に戻した。

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