初めての魔窟(後)

 食事休憩を終えたユウとルーサーは再び魔窟ダンジョンの奥へと進んだ。以後は部屋に高い確率で魔物が現れるようになる。ここからはほとんど他の冒険者は来ていないようなのだ。


 相手は小鬼ゴブリンのみだった。魔物が出現する傾向をユウたちは知らないので、この辺りはそういう場所なのだと覚えるしかない。


 戦いに関してユウは問題なく戦えた。完全に格下の相手なので数で押されない限り負けることはない。さすがに3年以上も冒険者をしているだけのことはある。


 一方、ルーサーの方は毎回小鬼ゴブリン1匹相手に長期戦をしていた。今日初めて魔物と戦ったというのだからこれはある意味仕方がない。


 ただ、戦い方がまるっきり素人で、我流の戦い方で何とかしようとしているのがユウには不安要素に思えた。自分は指導してもらって成長しただけに尚更だ。臨時で組んだ相手なので大きく口だしできないのがもどかしいと感じる。


 そんな大きく違う2人だったが、表面上は問題なく魔物を倒せていた。これならば永遠に続けられそうだと思えるくらいである。


 ある小休止中、ふと気になったユウは腰の麻袋の中の魔石を数えてみた。ちょうど40個ある。


「ルーサー、君は今いくつ魔石を持っていたっけ?」


「魔石? ちょっと待って。1、2、3、えっと全部で20個だよ。どうしたの?」


「今までいくら稼いだのかなって気になったんだ。屑魔石って確か1個鉄貨5枚だったよね」


「それくらいだったと思う。ということは、これで鉄貨100枚ってわけだ、へへへ」


「僕が40個持っているから全部で60個、鉄貨300枚か。2人で分けると150枚だね。ルーサーはこれだけあったら1日過ごせるのかな?」


「え、1日? どうだろ。う~ん、あれ? ちょっときついか、な」


「最低どのくらいほしい?」


「う~ん、200枚あったら何とか」


 首をひねりながらルーサーが返答した。それからも唸りながら考えごとをしている。


 質問したユウも今の回答を聞いて自分のことに考えを巡らせていた。1日3食を干し肉にした場合、水代と宿代を合わせて1日マグニファ銅貨2枚といくらかだ。1食を酒場に切り替えると3枚に増える。これが1日にかかる最低の金額だ。


 この調子ではとてもやっていけないとユウは眉をひそめた。ルーサーの戦闘時間を短時間にしたとしてもなかなかきつい。老職員は駆け出しが苦労しつつも何とかやっていけていると教えてくれたが、なるほど確かにと納得する。


 つまり、冒険者としては既に駆け出しを抜け出しつつあるユウの稼ぎ方ではないということだ。あるいは、よその町からやって来た冒険者の稼ぎ方と言い換えても良い。なかなか厳しい現実である。


 選択肢がいくつもあるのならもっと稼げる方法に切り替えるべきだ。このままではじり貧だからだ。しかし、その選択肢がユウにはない。具体的には選べる相手がいないのだ。


 逆にルーサーにとってユウは幸運な相手と言えるだろう。何しろ格上の相手が自分に合わせて活動してくれるのだ。それでいて利益は折半である。どこまで見抜いて承知したのかは不明だが、今の状態は笑いが止まらないはずだ。


 そこまで考えてユウはげんなりとした。今朝の状況からこのやり方が間違いだったとは思わないが、早急に対策をしないと所持金が尽きて路頭に迷ってしまう。


 小休止が終わってから再びユウたちは先に進み始めたが、そこでふとユウは後ろを振り返った。それからルーサーに向き直る。


「ルーサー、今まで通ってきた道順って覚えているかな?」


「え、今までの? そりゃ大体は覚えてるけど」


「僕も大体は覚えている。でもきちんとじゃない。せめて他の冒険者がたくさんいるところまで戻れたらいいんだけど、ここから出入口近くまで戻れる自信はある?」


 問われたルーサーはいくらか動揺した。返事がないということは自信がないということだ。2人ともこんな状態では本当に戻れるのか怪しい。


「ルーサー、今日はもうここから引き返そう」


「俺はまだやれる。もうちょっと稼いでからにしようよ」


「まだ戦えるかは問題じゃないんだ。ここから帰れるかを確認しておかないといけないんだ。たくさん魔石を手に入れても、この魔窟ダンジョンから出られないんじゃ意味がないだろう?」


「そりゃそうだけど」


「ここに何度も入ったことのある慣れた人ならともかく、僕たちは今日入ったばかりじゃないか。そんな僕たちの感覚はまだあてにならないんだから、気付いたらすぐに引き上げるくらい慎重でないと危ないよ。少なくとも、初日でいきなり無理をする必要はないと思う」


「あーうん、まぁそこまで言うんなら」


 何か言いたげなルーサーだったが何も言うことなく黙った。若干肩を落としている。


 方針が決まるとユウたちは引き返した。覚えている限り今まで歩いてきた通路をたどり返していく。最初は記憶も正確なので迷うことなく進めた。


 ところが、時間の経過と共に覚えていることが曖昧になっていく。何度も通路を折れ曲がり、何度も部屋を通過していくに従って選んだ道に自信をなくしていった。


 途中からはルーサーも事の重要性を理解した表情になる。2人の記憶が曖昧で選べないときは特に不安な顔になった。何度かそんなことが続いた後にぽつりと漏らす。


「大丈夫だよね? ちゃんと帰れるよね?」


「だと思う。大体の方角は合っているはずだから」


「不安になる言い方するなよ」


「やっぱり地図は必要だったかぁ」


 講習で教えられたことを思い出してユウは顔をしかめた。初回で浅い所を回るだけだからと考えていたが、それが今の状況を招いている。考えが至らないのならまだしも、保留にしたせいでこんな目に遭うのは間抜けに思えた。


 次第に大きくなる焦りを抑え込みながらユウは帰路を急ぐ。ルーサーは黙ったままだ。


 明快な打開策がないまま2人は通路を選び進んで行ったが、ようやく他の冒険者の姿が見えた。今まで誰1人と会わなかったので自分たち以外の人を見かけてどちらも胸をなで下ろす。


「良かった。こっち側で間違ってなかったんだ」


「あーもう、驚かせやがって」


 立ち止まって他の冒険者を見ていたユウたちは再び歩き始めた。不安が払拭されたので自信を持って通路を選び、ようやく人の流れがある場所まで戻って来る。そして、そのまま魔窟ダンジョンの外まで出た。


 大きな息を吐き出したユウがルーサーに声をかける。


「やっと外に出られた。あー怖かったなぁ」


「頭で覚えられるって思ってたけど、思ってたよりも難しいな」


 話しかけられたルーサーは眉をひそめて独り言をつぶやいていた。今回の帰路で思うところがあったようだ。


 外はほとんど日が暮れた状態だったので周囲は暗かった。明かりは魔窟ダンジョンの出入口に掲げられた松明たいまつと換金所の中から漏れる明かり、それに門に設置された篝火かがりびだけだ。


 それらを頼りに2人は換金所へと入る。今回は屑魔石を全部で72個拾った。これを換金すると鉄貨360枚になる。そして2人で分け合うと1人180枚だ。初めて魔窟ダンジョンで稼いだ金銭を手にしたルーサーは笑みを浮かべている。


 一方、ユウは微妙な表情だった。赤字だからというのもあるが、別のことを考えているせいでもある。


「ルーサー、今日はこれで終わりになるけど次はどうする?」


「次? 明日もどこかで落ち合って魔窟ダンジョンに入るんだろ」


「あー、明日は地図の準備をしたいから休みにして、明後日にしない? 明後日の日の出頃、あの門の外で落ち合うんだ」


「地図かぁ。ユウは道具を買えるカネを持ってるのか?」


「あるよ。もっと稼ぐにはもっと奥に行かないといけないけど、地図がないとどうにもならないのは帰り道で思い知ったでしょ」


「まぁね。ユウが用意してくれるっていうんなら別に構わないよ。明後日の朝だね?」


「うん。ところで、ルーサーの持ってるその剣と盾、大丈夫? 今日使って傷んだりしていないかな?」


「剣と盾? 大丈夫だって! こういう武具ってのは丈夫にできてるから、多少振り回したりぶつけたりしても平気なんだよ。ユウだってそういうこと知ってるだろ」


「物には限度があるけどね。僕は1回敵の前で自分の武器が壊れたことがあったから」


「本当に!? そんなことってあるの?」


「あるから言っているんだよ。そのときの僕は他の武器でなんとかしのいだけど、今のルーサーだとその剣が壊れたらおしまいでしょ」


「そのときはそのときで何とかするしかないと思うよ。どのみち、カネがないから買えないし。今は稼ぐしかないんだよ」


 懐事情を言われるとユウはそれ以上何も言えなかった。あのとき資金不足で苦労したことが脳裏に蘇る。


 結局、この話はここで終わり、2人は解散した。門を出たところで別れる。


 ユウは明日のことを考えながら冒険者の歓楽街へと足を向けた。

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