初めての魔窟(前)

 2人だけの臨時パーティを結成したユウは条件を取り交わした後、大雑把にどんな装備なのかをお互いに相手へと伝えた。


 ユウは槌矛メイスを主な武器とし、ダガーとナイフが予備だ。防具は軟革鎧ソフトレザーで胴鎧、籠手、脛当てを身に付けている。後は旅に必要な各種道具を詰めた背嚢はいのうを背負っていた。


 一方、ルーサーは武器として短剣ショートソード、防具として丸盾ラウンドシールドを装備している。この盾は皮革で補強した木製盾だ。あとはほとんど何も入っていなさそうな背嚢を背負っているだけある。


 戦い方に関しても原っぱの端の方でお互いに少し披露したが、そのとき見たものがユウには気がかりだった。しばらく迷ってから尋ねてみる。


「ルーサー、その剣と盾ってどこで買ったんですか?」


「市場の店だよ」


「あの神殿の隣にある?」


「そうだよ! あそこには何でも揃ってるからね。値段が高かったからお金を貯めるのに苦労したけど、これからは魔窟ダンジョンで思い切り稼ぐんだ!」


 嬉しそうに返答するルーサーを見ながらユウは何ともいえない表情を浮かべて納得した。前に貧民の市場で店巡りをしたときのことを思い出す。どこの品物も品質が悪かった。ルーサーの持っている剣と盾を見て働いた直感は正しかったのだ。


 自分の懸念を伝えるべきかユウは迷う。これから入る魔窟ダンジョンではどんなことも命にかかわることなので知っておいた方が良いことだ。しかし同時に、冒険者になる前にその装備を揃えることの苦労も知っているだけに話すことはためらわれた。


 結局、ユウは何も言わないことに決める。臨時とはいえようやく迎えた仲間の気分を損ねる方がまずいと考えたからだ。へそを曲げられて自分の元から去られても困る。


「ルーサー、それじゃ中に入ろうと思うんだけど、魔窟ダンジョンのことってどのくらい知っているんですか?」


「危険だけどそれだけ稼げる場所ってみんな言ってたよ。魔物や罠は危ないけど、魔石を換金したらそれなりのカネになるし、出現品っていう武器や道具を拾って売ったらそれなりのカネになるってね」


「他には?」


「なんか細かいことを誰かが言ってた気がするけど、よく覚えてないなぁ。まぁ、入ってみたらわかるでしょ」


「冒険者ギルドの初心者講習なんかは受けていないんですか?」


「そんなの受けなくても大丈夫だよ! 友達から話をいくらでも聞けるんだから。むしろそっちの方が重要なことを聞けるくらいだよ!」


 良い笑顔で言い返してきたルーサーにユウは呆れた。別に友人が悪いとは言わないが、そういう話の内容はどこまで信用できるかわからない。なので過信するのは危険なのだがルーサーは気付いていない。


 なんとも不安がつきまとう相手だが、ユウとしては当面このルーサーとやっていくしかなかった。気持ちを切り替えてユウは告げる。


「それじゃ、魔窟ダンジョンに入りましょうか」


「うん!」


 東の空から日差しが差し込む中、歩き始めたユウに喜んでルーサーがついていった。


 多くの冒険者と同じように冒険者の道を北に進むと城壁と同じ壁で囲われた場所に出くわす。その壁に設えられた門を潜ると西側に換金所の建物が現れた。道沿いの壁一面が取り払われているので中が丸見えだが、その室内はこんな朝からでも列ができている。


 更に北へと進むと小岩の山脈の壁面が行く手を阻んでいた。そして、その壁面の一角に洞窟のような穴がぽっかりと開いている。そのまま中に入ると、石造りの通路がまっすぐに伸びていた。かつて鉱山として掘られた坑道を整備されたものである。


 両側の壁に掛けられた松明たいまつの明かりが通路をぼんやりと照らしているが、神秘的な雰囲気はまるでない。往来する多数の冒険者の喧騒で耳がうるさいくらいなのだ。


 しかし、同じようにうるさくても本格的に魔窟ダンジョンへ足を踏み入れるとその違いに目を見張ることになる。今までは松明によって視界を確保していたが、通路の先にある30レテム四方の部屋ではその必要がなかった。床、壁、天井を構成する石材がうっすらと光っているのでぼんやりと明るいからだ。


 通路と同様に騒がしい魔窟ダンジョン最初の室内だったが、初めて見る不思議な光景にユウもルーサーも目を見張る。


「すごいな。壁自体が光ってるんだ」


「壁だけじゃないよ。床も天井も光ってる! すごいね、ユウ!」


 目を輝かせながら周りを見ていたルーサーがユウに顔を向けた。


 同じ気持ちのユウがうなずく。少し前に入った遺跡の石材はまったく光らなかったのでこの光景には素直に驚いた。


 2人がそうやって感動していると近くの冒険者がルーサーに声をかけてくる。


「なんだお前ら、魔窟ダンジョンに入るのは初めてなのか?」


「そうです!」


「オレもそんな感じだったっけな。けど、何度か入ってるとそのうち慣れるぜ。せいぜい生き残って稼ぐんだぞ」


「はい、がんがん稼ぎますよ!」


 一層目を輝かせたルーサーの返答に笑みを浮かべたその冒険者は仲間に声をかけられて奥の通路へと姿を消した。


 興奮冷めやらないという様子のルーサーを尻目にユウは改めて周囲に目を向ける。


 ほんのりと輝いているという以外は普通の部屋と同じに見えるここには、出入口に通じる以外にも3方向へと通路が伸びている。対面の壁の両端に1つずつと左手側の壁に1つだ。どの通路もたくさんの冒険者が往来している。


 冒険者の喧騒が乱反射してうるさい魔窟ダンジョン最初の部屋でユウはルーサーにやや大きめの声をかける。


「ルーサー、通路が3つあるけどどこに行く?」


「そうだなぁ。別にどこでもいいけど、稼げるところがいい!」


「そんなのわからないよ。うーん、それじゃこっちの通路にしよう」


「左の通路? どうして?」


「いや別に理由はないよ。どうせ何もわからないから適当だけど」


「まぁいいや。それじゃ行こう!」


 ユウの提案に賛成したルーサーが先に動いた。他の冒険者に混じって歩いて行くのにユウも続く。


 通路はしばらくまっすぐ伸びていたかと思うと、10レテム程度一旦右にずれて同じ方向に伸びていた。それから更にもう1度右にずれてまっすぐ続いたかと思うと30レテム四方の部屋にたどり着く。ここも人がいっぱいだった。


 そのまま対面の壁にある奥へと続く通路に入ると、右に折れ曲がったところで枝分かれしている。まっすぐ伸びている道とすぐ左に分岐している道だ。周囲の冒険者は大半が左の通路を選んでいた。


 通路の脇で立ち止まったユウはルーサーに顔を向ける。


「道が分かれているけど、どうする? 人の流れに沿って左に行こうか?」


「いや、まっすぐ行こう。早く人の少ない所へ行って稼がないと!」


 張り切って断言したルーサーが先に進み始めた。ユウも人の流れから抜けて後に続く。


 歩いてすぐ左折するとまた部屋があった。そこは冒険者が何人かいるだけだ。側面の壁に奥へと続く通路があるので2人はそちらへと足を向ける。


 今度の通路は2度右折して部屋に出くわしたが、やはり冒険者が数人いるだけで何もない。更に奥の通路に入って進むと左右に伸びる通路にぶつかった。すると、ぶつかった通路を冒険者たちが右から左に進んでいるのを目にする。


 分岐点の手前で立ち止まった2人は顔を見合わせた。先にルーサーが口を開く。


「なんでみんな右から来てるんだ?」


「わからないよ。確認のために1度右へ行ってみよう」


 首をひねっているルーサーにユウが提案するとうなずかれた。もしかしたらと思いつつも人の流れに逆らって右折して進む。


 再び見かけた分岐路をまっすぐに歩いて部屋に入り、その奥の通路へとまた進んだ。すると、大勢の冒険者で賑わう部屋にたどり着く。部屋の右手の通路からは多数の冒険者が部屋に入ってきて、左の通路へと抜けていくのが見えた。


 ここまで来てユウは何とも言えない表情を浮かべる。


「これってもしかして、最初の部屋に戻ってきたんじゃないかな?」


「ええ? だって俺たちまっすぐ進んできたじゃないか」


「僕たちは確かにまっすぐ進んだかもしれないけど、魔窟ダンジョン内はまっすぐ進めていなかったってことじゃないかな。念のために右の方の通路に行ってみよう」


 困惑するルーサーを促したユウは先に歩き始めた。人の流れに逆らって進むので歩きにくいが進めないほどではない。やがてたどり着いた先は魔窟ダンジョンの最初の部屋だった。


 呆然とするルーサーの横でユウがつぶやく。


「これは、何も考えずに歩くのは良くないみたいだね」


「えぇ、こんなことってあるんだ。まっすぐ歩いていたのに」


 戻って来たことに衝撃を受けているルーサーがぽつりと漏らした。


 ルーサーほどではないにせよ、ユウも驚いている。魔物や罠のことは気にかけていたが魔窟ダンジョンの構造についてはそこまで考えていなかったのだ。これは一筋縄ではいかないことを思い知る。


 自分の予想以上に大変な所だとユウは改めて強く感じた。

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