冒険者はたくさんいるけれど

 冒険者の宿屋街の安宿で一夜を明かしたユウは二の刻の鐘が鳴った頃に目覚めた。鐘の音で目覚めたのではなく、周囲の喧騒によってだ。


 横になったまま目を開けたユウは周囲の冒険者が次々に出発の準備をしているのを目の当たりにする。今日の稼ぎを期待して表情の明るい者たちが多い。


 とても二度寝する気になれなくなったユウは体を起こした。自分の隣で寝ていた冒険者らしき男は既にいない。


 まだ日の出前なので角灯ランタンの薄暗い明かりが頼りだ。白い息を吐き出しながら寝台に腰掛ける。


「みんな早いな。魔窟ダンジョンって日の出前から入るのが当たり前なのかな」


 自分自身も何となく出発の用意を始めながらユウはつぶやいた。まだ魔窟ダンジョンに入ったことがないので勝手がわからない。


 準備が整ったユウは周囲の流れに沿って安宿を出た。たまに他の冒険者が持っている明かりを頼りに周囲の同業者も冒険者の道へと向かっている。


 講習は受けてもまだ実体験のないユウはよくわからないまま歩いた。路地を出て冒険者の道を北側に曲がる。


「あそこは確か」


 冒険者ギルド城外支所の建物に差しかかる手前で、ユウはその対面の原っぱに大勢の冒険者がいるのを見かけた。昨日昼間に見かけたよりもはるかに多い。


 そこでユウは老職員の言っていた冒険者同士の出会いの場のことを思い出す。目の前の集まりがそうなのだ。


 勝手がわからないユウは周囲の冒険者たちを観察することにした。下手なことをして悪目立ちをしてしまうと誰からも相手にされなくなってしまう。魔窟ダンジョンに入るためにはパーティに参加することが重要らしいのでそれは避けないといけない。


「人数の足りないパーティはないか!? オレは剣を使えるし、盾も持ってるぞ!」


「槍使いはいないか!? 硬革鎧ハードレザーを装備してるなら大歓迎だぞ!」


「俺とこいつは2階に行った経験がある! 雇いたい奴はいないか?」


「手先の器用な奴はこっちに来てくれ! 罠解除の経験が豊富な奴がいい!」


 パーティと個人で交渉している他にも大声で呼びかけている冒険者たちが多数いた。何人もの男たちが反応する場合もあれば全然反応がない場合もある。


 そうやって積極的に動いている者たちがいる一方で、静かに待っている冒険者たちもいた。たまに人がやって来ては何かを話している。


 あまりにやり方が多彩すぎでユウはどれを参考にしたら良いのかわからかった。


 ゆっくりと歩きながら周囲の様子を見ていたユウは話が次々と決まっていくのを目の当たりにする。もちろん交渉が決裂する場合も多いが、いずれにせよ決断が早い。


 話がまとまったところは個人がパーティに入ってそのまま魔窟ダンジョンへと向かって行く。この原っぱにやって来る冒険者もいるが、同じくらい出ていく者たちが居るように見えた。


 悠長にしているとそのうち誰もいなくなるように思えたユウは自分から動く。試しに近くの5人組に寄っていった。交渉が成立しなかった人物が去って行くのに代わってパーティのリーダーらしき男に話しかける。


「あの、1人採用するんですよね。条件を教えてもらえますか?」


「ん? 誰だお前は?」


「僕はユウです。2日前にこの町へ来た冒険者です」


「2日前? ということは、お前魔窟ダンジョンに入ったことはないのか?」


「はい、まだです」


「論外だ。うちは2階に行こうとしてるからな。初心者お断りだ」


 犬を追い払うように手を振られたユウは肩を落としてその場を離れた。


 気を取り直してユウは次のパーティを探す。今度は4人組に近づいた。両手を腰に当てた男に声をかける。


「あの、メンバーを探しているんですよね。条件を教えてもらえますか?」


「お前は1人か?」


「はい、1人です」


「ならダメだ。オレんところは2人組を探してるからな。他を当たってくれ」


 こちらも条件が合わずにユウは門前払いとなった。相手の男は他の2人組に声をかけるために別の場所へと去って行く。


 この後、何度かメンバーを探しているパーティに声をかけたユウだったが、いずれもほぼ相手にされなかった。ならばと声を上げて条件を提示しているパーティに向かうも、経験不足、武器の種類の問題、競合相手との競り負けなどでいずれも不採用となる。


 そのうち空が白み始めた。松明たいまつを掲げていた冒険者がその火を消していく。それで周囲の様子がよりはっきりと見えるようになった。条件が合致した面々が原っぱから出ていく勢いはそのままだが、入ってくる冒険者の数は目に見えて減っている。


 今やパーティに参加を希望する冒険者の数が圧倒的に多かった。一旦交渉を辞めて周囲の様子を眺める。


「みんなこの後どうするんだろう」


 交渉がうまくいかなかったユウはこのまま続けてもうまくいく気がしなかった。何か参考になる方法でもないかと探して歩き回る。


 しかし、見えてきたのは嫌な事実だった。パーティに入れなかった者たちは大別して、初心者、能力不足の者、性格に問題がある者、怪しい言動をする者などなのだ。


 自分自身を振り返ってみるとユウは前者2項目が当てはまることに気付く。


「初めての人って一体どうやってパーティに参加しているんだろう?」


 不思議に思ったユウは首を傾げた。かつての自分を振り返ってみると、人づての紹介でパーティに参加していたことを思い出す。単独で飛び入りの経験はない。


 これはいよいよまずいことになってきたことをユウは悟った。最悪1人で魔窟ダンジョンで入って経験を積み、それを売りにするしかないのかもしれない。しかし、どの程度の経験が必要なのかがわからなかった。


 どうしたものかと悩んでいると、ユウは積極的に周囲の冒険者に声をかけている人物を見かける。最初はパーティの関係者に見えたが1人らしい。気になったので近寄ってみる。


「だから、このままだとどこのパーティにも入れないだろ? そこで自分たちで即席のパーティを作って魔窟ダンジョンに入っちまうって寸法さ!」


「でも、全員が初対面のメンバーなんて危なくない?」


「最初は安全な所から始めればいいさ。とにかくカネは稼がなきゃならないし、実績も作らないとどうにもできないだろ。それともこのままずっと誰かが声をかけてくれるまで待ってるのか?」


「それは」


 そこまで話を聞いたユウはなるほどとうなずいた。パーティに入れないのならば自分で作ってしまえば良いという発想に感心する。


 ただ、話を持ちかけられていた方の不安もユウは理解できた。寄せ集めは仕方ないにせよ、足の引っ張り合いにならないようにはしないといけない。


 どうするべきかユウは考えた。最初は安全な所から始めるのは賛成だ。当初から1階の近場だと考えていたので問題はない。次いで人数だが、2人から始めることを思い付く。いきなり大人数は無理なので、慣れる度に1人ずつ増やしていくのだ。これなら経験を積みながらやっていける。


 方針が決まったユウは周りに顔を巡らせた。既にメンバーを求めるパーティはほとんどいない。今や誰もがメンバーになりたがっている者たちばかりだ。この中で明らかに能力不足の者や性格に問題がある者は省いていく。そうなると対象は初心者だ。


 問題はどうやって見分けるかだが、ユウは単刀直入に尋ねてみる。


「あの、君は魔窟ダンジョンに入ったことはありますか?」


「あるぜ。それがどうした?」


「何でもないです。それじゃさようなら」


 相手からしたら訳がわからないだろうが、ユウはこれで求める人材を探し続けた。


 そうして声をかけること5回目にして、ようやく求める冒険者に出会う。その人物はやや幼い顔をした背の低い男の子だった。若干不安そうな顔をしているところにユウは声をかける。


「ねぇ、君は魔窟ダンジョンに入ったことはありますか?」


「いやないけど。あんたは誰なの?」


「僕はユウ、この町に来たばかりの冒険者なんです。パーティで魔窟ダンジョンに入ろうと思っていたんですが、初心者だと相手にされなくて困っているんですよ」


「そうだよね、俺もだよ。わかってたけど厳しいんだ」


「そこで僕たち2人で1度魔窟ダンジョンに入ってみないかな?」


「俺とあんたで!?」


「このままだとパーティに入れないままだから、とりあえず2人で行くんです。いきなり見ず知らずの人がたくさん集まってもうまく動けないだろうし、最初は僕たちだけで魔窟ダンジョンの浅い所から始めて少しずつ人数を増やして奥に進むんですよ」


「なるほどな。一時的に組むわけか。悪くないね」


「それじゃ決まりでいいかな?」


「ああ! 俺はルーサー、この町の貧民出身だけどちゃんと短剣ショートソード丸盾ラウンドシールドも持ってるんだ!」


 提案を喜んだルーサーの顔がほころんだ。


 この後、利益は折半であることや経費は自己負担であることなどの諸条件を詰めて、改めて2人で臨時パーティを組むことにお互い同意する。


 ユウはようやく魔窟ダンジョンに入る準備を調えられた。

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