工房巡り(後)

 貧民の工房街の路地を歩くユウは冒険者の道から貧民街に近づいていることを実感した。奥に進むにつれて往来する人々の姿が冒険者から貧民に変わりつつあるからだ。ここは宿屋街や歓楽街とは違い、貧民の生活を支える場でもあることを改めて知る。


 前の工房を出てしばらく歩いた後、ユウは木槌と刃物が描かれた看板がぶら下がった石造りの平屋を見つけた。何となく寂れた感じのする細工工房である。


 ふらりとユウが工房内を覗くと手前にある棚には様々な小道具が並べられていた。どれも丁寧に手入れされてはいるものの、いくつかの品物から再生品であることがわかる。


 思ったよりも感じが良さそうだと判断したユウはそのまま工房に入った。品定めをしているとやや禿げかかった茶髪の丸い顔をした男が奥の作業場から声をかけてくる。


「よく来たね。旅の人かい?」


「冒険者です。ユウって言います」


「そりゃわざわざご丁寧に。俺はオリヴァー、この細工工房『器用な小人』の親方だ。とは言っても一人親方だけどな、はは!」


 小太りの体を揺すりながら笑うオリヴァーにユウはなんと返したらいいのかわからなかった。とりあえず品物を続けて見る。


 すると、木製の丸椅子から立ち上がったオリヴァーが近づいて来た。ユウと一緒に品物を見る。


「ここにあるのは全部中古品だ。いろんな奴から俺が引き取ったんだが、どれもきちんと手入れしてあるからちゃんと使えるぞ」


「みたいですね。市場のやつよりも良さそうに見えます」


「そりゃそうだ! あいつらと違ってこっちはモノを選んでるからな! その上手入れをする腕も違う。そもそもあいつらロクに手入れをしないからなぁ」


 一言喋るといくつも言葉が返ってくることにユウはやりづらさを感じた。ゆっくりと選べない。とりあえず一旦引き上げようと思い、今すぐ買う必要のあった松明たいまつの棒の部分だけを手にする。


「これください」


「銅貨4枚だよ! 前のは壊れたのか?」


「ええそうです。だから新しいのが欲しかったんですよ」


「そりゃ良かった! また何か買いに来てくれよ!」


 嬉しそうに声をかけてくれたオリヴァーに苦笑いを見せたユウは踵を返して工房を出た。そしてすぐに肩の力を抜く。何ともやりづらい親方であった。


 とりあえずまっすぐ歩いていると、ユウはかすかに怪しい臭いがしてきたことに気付く。何とも言えない臭いに眉をひそめていると薬瓶が描かれた看板の工房を見つけた。一見すると普通の石造りの平屋にしか見えない。


 こっそりと工房の中を覗くと出入口近くの棚にいくつもの小瓶が並べられていた。別の棚には中瓶が揃えられている。そして、奥の作業場には机に向かって座っている禿げ頭で焦げ茶色のローブを着た老人が作業をしていた。


 そのまま静かに中へと入ったユウは並べられた小瓶を眺めていく。さすがに中身まではわからない。


「あの、ちょっといいですか?」


「なんじゃ?」


「ここにある薬について教えてもらえますか?」


「欲しい薬を言えば持ってきてやる」


「それじゃ、腹痛止めの水薬を1回分ください。小瓶は自分で持っています」


 細工工房とはまた違ったやりにくさを感じたユウは微妙な表情を浮かべて注文した。一方、老人は作業を中断すると立ち上がって奥の棚に向かう。


 その間にユウは老人が作業をしていた机の上を何となく見た。そこに、乾燥しているが特徴的な花びらがあるのに気付く。


 小瓶を手に老人がユウの目の前に立った。頬のこけた顔を不機嫌そうに向けてくる。


「空の小瓶を寄越せ」


「これです。それと、あの机の上にあるのはマギィ草の花びらですよね。何か魔法の薬でも作っているんですか?」


「何だと? お前、あの花のことを知っとるのか?」


「前に薬草採取の仕事をしていたんですよ。そのときに採っていました」


「ほう、それは珍しい」


 興味をそそられた老人が矢継ぎ早にユウへと質問をしてきた。専門的な内容も多かったので半分程度しか答えられなかったが、かつて友人に簡単な薬の作り方を教えてもらったことを伝えると再び質問の数が増える。仕事そっちのけだ。


 ようやく質問攻めを終えた老人の表情はなかなかの上機嫌である。疲れた様子のユウとは対照的だ。そうして思い出したように小瓶へと水薬を入れ始める。


「最近の冒険者にしては悪くないな。儂はニコラス、この製薬工房『泉の秘薬』の親方だ。薬が必要になったら来るといい。ないのなら作ってやるからな」


「あーはい。それと、僕はユウと言います。まだ名乗ってませんでしたね」


「はっはっは、そうだったな。ほら、終わったぞ。銅貨1枚だ」


 小瓶を受け取ったユウはそれをしまうと疲れ果てた様子で工房を出た。


 足取りの重くなったユウが次に見かけたのは布に鋏が描かれた看板だった。貧民街に近い場所にあるその工房の見た目はぱっとしない。


 あまり何も考えずに入ったユウは、工房内の一角にある棚に置いてある衣服や壁に掛けられている外套などよりも、縦横無尽に走り回っている子供の姿に驚いた。


 その子供がユウに気付く。


「おかーちゃーん、おきゃくさんがきたよー!」


「わかったから、あっちいって遊んでな! はい、いらっしゃい! 用件はなんだい?」


 恰幅の良い体にチュニックワンピースとエプロンを身につけた女が椅子から立ち上がってユウの前にやって来た。灰色の頭巾から覗くやや丸い顔が笑顔を浮かべている。


「えっと、用件っていうよりも、他の町から来たばかりなんで、この町の服の値段はどのくらいなのかなって思って寄ったんです」


「なんだそうなのかい。でも、服っていっても色々あるよ?」


「そうですよね。えっとそうだなぁ、例えば外套なんていくらします?」


「外套だったら銀貨3枚だね。ああもちろん古着の類いだよ。新しいのだったら倍はするからね」


 値段を聞いたユウは目を剥いた。やはり高い。南方辺境よりも更にだ。他にもいくつか尋ねてみるといずれも高かった。こうなると、古代遺跡でつばあり帽子や全身を覆える外套を譲ったのはかなり痛い出費だ。


 その様子を見ていた女が肩をすくめる。


「言っとくけど、この値段は特別高いわけじゃないからね。他も大体こんなものさ。あんたがどこの町の服と比べてるのは知らないけど、出費は覚悟しとくんだね」


「ええまぁ、他のお店でもそうでしたから、ここが特別だとは思っていません。そのうち何か買うことになるかもしれませんけど、今はそこまでお金がありませんから」


「あらそうかい。買うときはウチにしておくれよ。あたしはベリンダ、この裁縫工房の親方さ。子供がやかましいのは愛嬌ってことにしておくれ」


「あ、はい。僕はユウです。そうだ最後に、ぼろ布はいくらするんですか?」


「ぼろ布? あれは銅貨5枚だったかねぇ。1レテム四方でだけど」


「わかりました。今日はこれで失礼します」


「はいはい。今度来たときは何か買っておくれよ」


 手をひらひらとさせて別れを告げるベリンダに頭だけで礼をしたユウは工房を出た。その表情はかなり渋い。何しろ松明の先に巻き付ける布が故郷の8倍以上するのだ。これはかなりきつい。


 消耗品について悩みながら歩いていると、ユウは独特な臭いがしていることに気付いた。良い臭いではない。鼻につく嫌な臭いだ。


 何の臭いか気にしていると毛皮が描かれた看板に出くわした。皮革工房だ。中に入ると臭いは一層きつくなる。


 出入口近辺にある棚には革製品が並べられていた。使い古した感じがするので再生品か中古品あたりだろう。


 ユウが入ったのに気付いた男が奥からやって来た。ぼさぼさの茶髪で不健康そうな白い顔の男である。


「いらっしゃい。ここは皮革工房『獣の守り』です。用件は?」


「品物を見に来たんです。この町に来たばかりなので、どんな物があるのかなって」


「棚にあるのは中古品ですが、俺が手入れしたのでちゃんと使えます。新しいのが欲しければ作りますが」


「今すぐ欲しいっていうのはないです。そのうち必要になりそうな物はありますが」


「そうですか」


 会話をしていてユウは奇妙な表情を浮かべた。相手の男は相手を窺うように見ながら小声でぼそぼそと話すので聞き取りにくい。物からすると腕は悪くなさそうなのだが。


「ここの親方さんはどちらに?」


「俺です。ミッチェルといいます」


「そうですか。僕はユウです。何か欲しい物ができたらまた来ます」


 どうにも話を進めにくかったユウは一旦外に出ることにした。話すのが苦手なのかもしれないと推測する。


 再び路地を歩き始めたユウは大きく息を吐き出した。振り返ってみるとあまり買い物をしていない。簡単には買い直せないものを失ったので手を出せなかったのが残念に思う。


 次はどこにしようかと考えながらユウは路地を進んだ。

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