工房巡り(前)
四の刻の鐘が鳴ってウィンストンがいなくなった後、ユウはまだ打合せ室に残っていた。この後もやることはあるのだがその前に腹ごしらえである。
「次はお店を回らないといけないんだけど、どうしようかな」
口を動かしながらユウはぼんやりと考えた。昼からは消耗品などを買って回る予定なのだが、問題はどこで買うかだ。品質に不安がある物はいくら安くても使いたくない。そうなると貧民の市場と貧民の歓楽街は選択肢から外れる。残るは貧民の工房街だけだ。
ある程度行く先が決まってから食べ終わると次いで武器と防具の点検を始める。簡単に見て問題がないことを確認すると、どうせならと他の道具も背嚢から取り出した。
ついでに不足分の確認も終えると道具をすべてしまい、背嚢を背負う。
「もうそろそろいいかな」
打合せ室から出たユウは階段を降りた。1階の受付カウンターは盛況である。受付係の人数もいつも通りだったので昼時が終わっているのがわかった。安心して冒険者ギルド城外支所を後にする。
冒険者の道を南に向かってしばらく歩き、貧民の工房街にたどり着いた。特にどの工房からとは決めていなかったので、昨日入った所を中心に巡ることにする。
最初に入ったのは武器工房からだった。昨日ざっと見たが改めてよく見物しておきたくなったのだ。
工房内は手前の簡素な棚に武器が並べられていて奥は鍛冶場になっている。今日は先客がいない。
見たことのある武器の値段を聞いて大体故郷と2倍くらいだということは既に知っている。しかし、中には初めて見る武器もあるので興味は尽きない。
例えば、同じ剣でも長さや大きさが全然違うものがいくつも並んでいる。ユウが知っているのは短めの剣だ。他は名前も知らない。
棚に並べられた剣を見ていると無骨な顔つきの筋肉質な男が話しかけてくる。
「あんたは昨日も来ていたな。他の武器も色々と見ていたが、やはり剣が気になるのか」
「他の武器は大体故郷で見てきましたけど、この辺りの剣は初めて見るんで」
「ほう。そういえば、
「いやぁ、すっかりこれに慣れちゃって。一応先輩に他の武器の扱い方も教えてもらったんですけどね」
苦笑いして答えるユウに男が興味深そうな目を向けた。そこから武器に関する話が始まる。専門知識があるわけではないユウだったが、使い手としての意見を伝えると真剣に受け止められた。
ある程度話したところで男が話題を変える。
「面白い話だった。
「僕はユウです。冒険者をやっています。一昨日この町に来たばかりなんですよ」
「見ない顔だと思った。あんたも
「そんなところです。武器は今間に合ってますけど気になるんで見に来たんですよ」
「冒険者なら当然だろう。
「ダガーとナイフを予備として。手入れのやり方は故郷の武具屋で習いました」
「真面目だな。この町だと
「道具は大切に使った方が良いと思うんですけどね。そうしたら出現品を換金できるんですから」
「まったくだ。もし何かあったら相談に乗る。手入れだってできるぞ」
「高そうですね」
「もちろん安くない。その分しっかり仕事はするけどな」
最後はお互い笑い合った。
その後来客があったので話を打ち切り、ユウは店を出る。気分良く話せて仲良くなれたことに気を良くした。
次いで冒険者の道沿いにあった防具工房へと入り、内心しまったという思いをする。ここも昨日入ったところだったが、話をした人物の機嫌がわるかったからだ。
工房内は作業場と棚がほぼ一体になっていて、手入れのなされた盾が壁に立てかけられ、鎧がその手前に陳列してある。先客は誰もおらず、今はユウ1人だ。そして、そのユウが入った途端に四角い顔の腹がぽっこりと突き出た男に話しかけられた。やはり不機嫌そうな顔である。
「あんたは昨日、値段を聞いて驚いていた冒険者だな。また来たのか」
「ええ。昨日は値段のことばかり考えていてあんまり他のを見られなかったんで、珍しい防具を見ようかなって思って」
「珍しいねぇ。その辺りにあるのは普通に流通してる防具ばかりだよ」
「そうなんですか。こんな盾や鉄の入った鎧はほとんど見たことがなかったんです」
「珍しい奴だな。どこから来たんだ?」
そこからユウの故郷についての話が始まった。不機嫌そうな男は表情を変えないまま真面目に聞く。特に反応があったのは革の鎧の値段にだった。10分の1以下で売られているというはなしを聞いて強い反応を示す。
「そんな値段でやっていけるのか? 一体どんなからくりがあるんだ?」
「僕も買っただけなんで売る側の事情はわかりません。ただ、僕の故郷だと近くにたくさん獣が出てくる森があるんで、動物の毛皮はたくさん手に入るんですよ」
「なるほどなぁ。それで毛皮がやたらとあるから安いのか。確かにこっちは他から仕入れなきゃならんからな。それにしたって安すぎるとは思うが」
「そこはさすがにわからないです」
「だろうな。ま、面白い話が聞けて良かったよ。俺はパーシヴァル、この防具工房『岩蜥蜴の皮』の親方だ。初めて会う奴には揃って不機嫌そうな顔をしてるって言われるが、これが普通なんだ」
「え、そうだったんですか!?」
「やっぱりあんたもそう思ってたんだな」
若干肩を落としたパーシヴァルの顔が悲しそうなものに変わった。慣れているようでそうではないようだ。
それからまたしばらく話をしたが、盾の話になってからパーシヴァルの表情が真剣なものになる。
「ユウ、あんたは盾を持っていないのか?」
「はい。今のところはこれでやっていけているからですけど」
「
「いえ、まだです。それが何か?」
「あそこに入るのなら、盾は持ってた方がいい。
「そんなに危ないんですか?」
「上の階に行くパーティの冒険者は大抵持っている。もちろんここで売ってるのよりももっといい盾を持っている奴もいるが」
「なるほど、わかりました。考えておきます」
「そうしてくれ」
意見を受け入れられたパーシヴァルは安心した表情を浮かべた。
やがて話を切り上げたユウは店を出て今度は路地に入る。どこに行くかは決めていない。
しばらく歩いていると、ユウは弓矢が描かれた看板を目にした。古い石造りの平屋の工房だ。中に入ると、手前の壁には弓と矢が立てかけてある。
今のユウは弓を使わないが、かつてわずかに習ったことがあった。そのときのことを思い出しながら弓を眺める。
「いらっしゃい。何かご用かな?」
奥の作業場からほっそりとした顔つきの細身の男が近づいて来た。前の2人の親方とは違って顔に感情が浮かんでいない。
「用ってわけじゃないんです。昔、故郷で少しだけ弓を教えてくれた人がいたんですけど、その人のことを思い出してて」
「なるほど。このうちのどれかが似ていたのかな?」
「これです。まったく同じってわけではないですけど、何となく似ていて」
ユウが指差したのは丈の短い弓だった。そこまで深く考えて思い返していたわけではないので、若干緊張しながら男に目を向けている。
その男は指差された弓を取ると弦に軽く指を引っかけて離した。弓全体がわずかに震える。
「遠くの敵を攻撃できるのが弓の大きな魅力だけど、当てるのは難しいからね。使い手はあまりいない」
「そうですよね。僕も教えてもらいましたけどさっぱりでした。でも、武器で敵と殴り合っているときに遠くから矢で仕留められたのを見ると、やっぱり羨ましくなりますよ」
「それはみんな同じだと思うな。ああそうだ、まだ名乗ってなかったね。私はロウランド、この弓矢工房『遙かなる的』の親方だ」
「僕はユウです。冒険者をしています。一昨日この町に来たばかりなんです」
「新顔か。
「わかりました」
真面目な顔つきで言われたユウは笑顔を浮かべて返答した。その後、故郷で弓を教えてもらったことについて話をしてから工房を出る。そこでユウは気付いた。工房を回っただけでまだ何も必要な物を買っていない。
次こそはと思いつつもユウは路地の奥へと向かった。
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