老職員の講習(後)

 アディの町の冒険者と冒険者ギルド、それに終わりなき魔窟エンドレスダンジョンの話を聞いたユウはこの町のことがぼんやりとわかってきた。少なくとも冒険者は魔窟ダンジョンで働く以外の選択肢はほぼないらしい。


 頭の中でユウがそう結論づける中、ウィンストンが言葉を続ける。


「ま、大体のところはこんなもんか。わからなかったところはあるか?」


「大丈夫です。理解できました」


「そりゃ良かった。なら、次はより具体的な話をしようか。主に魔窟ダンジョンの話になるぞ」


「はい、お願いします」


「この魔窟ダンジョン終わりなきエンドレスなんて名前が付いてるが、本当に終わりがねぇんだ。発見されて以来もう何百年にもなるが、未だに端まで到達したという報告は1件もねぇ」


「そんなに広いんですか?」


「ああ広い。無限かってくらいにな。けど、他にも原因がある。実はこの魔窟ダンジョン、不定期にだが内部の構造が変わるんだ」


「え、変わる? 通路とか部屋がですか?」


「その通り。通路の曲がり具合や部屋の位置がごっそり変わっちまうんだ。しかも全体がいっぺんに変わるんじゃなく、部分的にあちこちが変わるんだよ」


「そんなことになったら、帰ってこれなくなりませんか?」


「恐らくこれが原因で帰れなくなっちまった奴らはいるはずだ。が、実際にそいつらの末路を見たわけじゃねぇから魔物や罠にやられたのと区別ができねぇ」


 話を聞いたユウは眉をひそめた。帰路が保証されていないとなると魔窟ダンジョンの奥深くまで入ることなどできない。


 ユウの表情を見ていたウィンストンがうなずく。


「心配するのも無理はねぇ。ただ、そう頻繁に起きることでもないから無闇に不安がることもねぇぞ。ホントにそこまで危ないんだったら、ここまで冒険者が集まって探索なんぞするわけがねぇだろ」


「まぁそうですね。不安は残りますが」


「不安はあっていい。それだけ慎重になれるからな。だが、危険を避けすぎるようになったら冒険者はおしまいだ。なに、内部の構造が変わっても帰ってこれる奴は割といるぞ」


「良かった。回り道をしたら帰れるとか方法があるんですね」


 笑みを浮かべるウィンストンにユウは安堵の表情を向けた。直近で入った遺跡のこともあり、さすがに脱出不可能になる可能性が高い魔窟ダンジョンには入りたくないという思いが強い。


 安心するユウの様子を見ていたウィンストンが一呼吸置いてから話を続ける。


「で、魔窟ダンジョンの中なんだが、どうもある程度規則性があるらしく、その通りに構成されてる。通路も部屋も縦横10レテム、高さ5レテムの大きさを単位に構成されているんだ。例えば、長さ50レテムの通路があれば、横幅は10レテムで高さは5レテムの大きさで最初から最後まで続いてる」


「随分と几帳面ですね」


「余程神経質な奴が作ったんだろうな。他にも、部屋の大きさは30レテム四方がほとんどで、たまに50レテム四方の大きさの部屋がある。でかい方は大部屋と呼んでるが」


「大部屋って普通の部屋と違うところがあるんですか?」


「普通の部屋に魔物が出てくるんだが、大部屋の場合は普通より数が多いかより強い魔物が出てくる。だから慣れないうちは入らないことだ」


「追いかけてこられたら大変そうですね」


「実を言うとその辺りはそんなに心配しなくてもいい。なぜかはわからねぇが、部屋にいる魔物は通路に出てこねぇし、通路にいる魔物は部屋に入ってこねぇんだ。だから、ヤバくなったら逃げたらいい。大抵は簡単に振り切れる」


「なんか変な習性の魔物ですね」


「ああ。外の魔物だって縄張りってのはあるが、ここまで行動がはっきりとわかるのは珍しい。まるで操られてるみてぇで少々気味が悪い。が、儂たちに有利な習性なんだから利用しなきゃな」


「ということは、敵わなさそうな魔物がいても、部屋の奥に続いている通路に逃げ込んだら奥を探索できそうですね。帰りが大変ですけど」


「そりゃできねぇんだよなぁ。何しろ入ってきた通路以外の出入口の扉は、魔物を倒さねぇと開かねぇようになってんだ。まったく、うまくできてるよ」


「うっ、そうですか」


 もしかしたら走り抜けることで奥まで探索できるのではと考えたユウは少し赤面した。


 そんなユウを苦笑いしながら見るウィンストンが話を続ける。


「みんな1度は考えることだ。で、その部屋になんだが、たまに宝箱がある。同じ部屋に通ってもあるときとないときがあるらしいから、完全に運頼みってことになるが」


「さっき言っていた出現品が入っているって箱ですよね。罠付きらしいですけど」


「まぁな。大抵は罠付きだと思ってる方がいい。で、宝箱の他にも罠が随所に仕掛けられてる。これにも気を付けねぇと思わぬ所で死ぬぞ」


「なんだか入れる気がしなくなってきましたよ」


「はっはっは! 大半の奴が戻ってきてるんだ。脅しはしたがそこまでじゃねぇよ。ただ、油断してると本当にヤバイからな。入るときは気を付けるんだ」


「はい」


 大笑いするウィンストンに対してやや深刻そうな顔をするユウが小さくうなずいた。覚えることが多くて大変でもある。


「今までの説明を聞いてると魔窟ダンジョンは平面に延々と広がってるように思えるだろうが、実は別の階層もある」


「え、無限に広がる階層がいくつもあるんですか!?」


「そうなんだよめんどくせぇ。まったく勘弁してほしいんだが、実際には2階以上もある。確認できてる範囲では4階までだそうだ」


「よくそんなところまで行けましたね。というか、帰ってこれましたね」


「儂も大したもんだと思うぜ。噂じゃ5階の階段を見つけた連中もいるそうだが、こっちははっきりとしねぇな」


「階層が違うと何が違うんですか?」


「端的に言うと難易度が違う。例えば、1階だと魔物は部屋にのみ存在して通路には現れねぇし、罠も部屋に設置されていることがあるだけだ。しかし、2階に上がると魔物は通路にも現れる上、その数が部屋なら1階の3倍、大部屋は倍かそれ近くになりやがる。更に通路にも罠が仕掛けられてるかもしれねぇ」


「簡単には進めなくなるわけですが」


「そうだ。1階に比べて消耗が早いから、慣れないパーティがペース配分を間違えることもよくある。階を上がった直後は特に気を付けるんだぞ」


「はい」


「ただし、悪いことばっかりじゃねぇ。階を上がるごとに魔石は増えるし、出現品の質も上がる。更に3階からはたまに魔法の道具も出てくるんだ」


「魔法の道具」


 そこまで口にしてユウは止まった。通常品であっても高い値が付く道具には縁がないのに、更に上の魔法の道具など現実味がない。


 半ば呆然とするユウに対してウィンストンがそのまま語りかける。


「魔法の道具は町の規制品だから、魔窟ダンジョンで手に入れても換金所で取り上げられちまう。が、大金をはたけるのなら町の中で買うことができるぞ」


「夢があるようなないような話ですね。町の中で大金が必要っていう時点で諦めがつきますけど」


「まぁな。儂たち冒険者で魔法の道具を持ってる奴なんてまずいねぇから、その感覚は正しい。それでもたまには夢を見ちまうもんだがな」


「やっぱりそうなんですね。1つくらいもらえてもいいと思うんだけどなぁ」


「まったくだ、ケチくせぇ話だぜ。あとは、そうだな、魔窟ダンジョン内の仕事の種類の話でもしようか。中を探索するとさっきから言ってるが、仕事の内容は大体次の4種類だ。魔石収集、出現物収集、情報収集、魔窟探索、これらだな」


「魔石収集は魔物を倒したとき出てくる魔石を拾うんですよね。出現物収集も名前の通り出現物を集めるんじゃないですか?」


「わかってんじゃねぇか。その通りだ。で、情報収集は地図作成、罠や宝物などの情報を集める。昔はこれを他の冒険者に売ってカネにしていたらしいが、今はギルドに小遣い程度のカネと交換でみんな提供してるぞ」


「みんなが納得しないと思うんですけど、それ」


「さっきも言ったが、魔窟ダンジョンの中は定期的に変化する。しかもあの無限に広がる場所を個人や1パーティで調べ尽くすのは無理だ。だから、みんなで情報を持ち寄って1つにまとめ上げて、誰でも見られるようにするんだよ。その方が自分の負担も少ねぇしな」


「独り占めした方が儲かるような気もするんですけどねぇ」


「最初はみんなそう言うんだ。けど、何度も同じ場所を最初から調べ直すのは思った以上にきついんだよ。それに、どうせしばらくしたら魔物はまた湧いてくるし、宝箱だって中身が戻ってる可能性がある。早い者勝ちって面はあるにせよ、そっちの方がまだましなんだ」


「なるほど、そうですか」


 未だに実感はないユウだったが、ウィンストンが力説する様子を見てとりあえずうなずいた。その後、魔物、地形、罠、出現物などのより細かい話を老職員から聞く。


 講習会が終わったのは四の刻の鐘が鳴る頃だった。

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