老職員の講習(前)

 冒険者ギルド城外支所の2階にある打合せ室でウィンストンと対面しているユウは、この老職員から初心者講習と魔窟講習を受けることになった。本来は別々に受講するものらしいが階下の受付係の横着によりこのような形になる。


「まず最初に、ここの冒険者ギルドについて話をしようか。ユウも冒険者だからギルドそのものについては知ってるだろうから、アディの町の冒険者ギルド特有の部分を詳しく説明する形でな」


「お願いします」


「冒険者ギルドってのは冒険者をまとめるための組織だ。大抵は部外者からの依頼を取りまとめて冒険者に紹介し、仕事が終わったら預かってるカネを支払う。手数料を引いてな」


「魔物の討伐や荷馬車の護衛、それに薬草の採取関係なんかですね」


「そうだ。荷馬車の護衛は傭兵と被っちまうから場所によるが、ともかくそんなもんだ。もう1つ、町の中の偉い連中との繋がりもあるんだが、今は関係ないからいいだろ」


「できれば関わりたくないですよね」


「確かにな。で、冒険者ギルドは本部と城外支所の2つがある。本部は町の中のギルドホールに部屋があって、そこでギルド全体の運営をしてるらしい。儂も見たことないから知らんが」


「どんな人がいるのかなぁ」


「貴族様や官僚殿さ。一方、城外支所ってのはここのことだ。こっちは儂らのような貧民上がりの職員が実際の仕事をしてる」


「前から不思議だったんですけど、こっちの方が冒険者ギルドの中心に見えるんですけど、どうして支所なんですか?」


「町の中の方が本部だからだよ。その辺はあちらさんの面子が関わってるから儂らじゃどうにもならん。ま、名前なんてどうでもいいからそれで満足してもらえるんならいいと思ってるが」


 あまり興味がなさそうな顔のウィンストンが少し肩をすくめた。ユウとしても気になっただけなのでそれ以上は追求しない。


「さて、冒険者ギルドってのは大体こういう所なんだが、それじゃアディの町のギルドはそれ以外に何かあるのかというともちろんある。それが魔窟ダンジョンの探索とそこで働く冒険者の管理だ」


魔窟ダンジョンって言葉、この町でよく聞きますよね」


「当然だ、何しろこの町の主産業だからな。魔窟ダンジョンがなけりゃ成り立たないんだよ、ここは」


「ということは、ここの冒険者の仕事は魔窟ダンジョンの探索が中心なんですね」


「そういうこった。正式な名前は終わりなき魔窟エンドレスダンジョンと呼ぶんだが、ここに居る連中はみんな魔窟ダンジョンで通用するからそうとしか言わねぇな。すぐ北にある小岩の山脈の穴から入って魔石と出現品を持って帰ってくるのが仕事だ」


「城壁と同じ壁で囲われた中にある、あの?」


「それだ。そこが出入口だ」


 尋ねたユウに対してウィンストンが大きくうなずいた。腕を組んで背筋を伸ばす。


「そういやユウはこの辺りのことは何も知らないんだったな。だったら最初から説明してやるが、アディの町はマグニファ王国に所属してるが、この国の北側はほとんどが小岩の山脈で向こう側と遮られてる。それだけでっかくて険しい山の集まりだと思ってくれ」


「はい」


「そんな山脈の南麓の大体真ん中辺りにこの町がある。正確には魔窟ダンジョンの穴があってその隣に町があるんだが」


魔窟ダンジョンの探索が儲かるからですよね。古代文明の遺跡なんですか?」


「儂たちはそう見てる。出入口近辺こそ自然の洞窟みたいだが、少し中に入ると誰かが作ったとしか思えねぇような石造りの通路と部屋が延々と広がってるんだよ。罠付きでな。しかも魔物もいるわけなんだが、こいつの様子がちょっと、いや結構おかしい」


「もしかして突然変異種とかそんなのがいるんですか?」


「そうじゃねぇ。出てくる魔物は魔窟ダンジョンの外の魔物と同じなんだが、倒したときに死体が消える。そして、代わりに魔石が現れるんだ」


「なんです、それ?」


「儂らにもさっぱりわからん。頭のいい魔術師たちがずっと昔から調べてるそうだが、一向に解明できないんだと」


 首を横に振るウィンストンの様子を見ながらユウは先日出会った古代人のことを思い出した。尋ねれば恐らく答えてくれる可能性は高いが今ここにいない。


「更に、ごくたまにだが魔石と一緒に道具も現れる。儂たちはこの道具を出現品と呼んでいるが、魔石と同じでどうやら魔物の強さに応じて出てくる道具が変わるらしい」


「どうせわからないんでしたら、出てくる理由は考えない方がいいのかなぁ」


「そうだな。どうせ儂らの頭じゃ何も思い付かんだろうしな。他にも、たまに部屋の中に宝箱が出てきて出現品と同じ物が入ってることがある。ただ、罠が仕掛けられてることがあるから注意しねぇといけねぇが」


「そういえば、魔窟ダンジョンから出てきた武器を売ってるお店があったっけ。あんな感じで売られているっていうことは、割と出てくるんですか?」


「割合はいまいちだが、中に入る冒険者の数が多いから結果的にたくさん出現品が出回るんだよ。このアディの町にゃ何千人もの冒険者がいる。そのうちの少なくとも何百人かは昼も夜も関係なく常にあの中に入ってるんだからな」


「そんなに儲かるんだ」


「町全体ではって意味でな。駆け出しの奴なんかだとなかなか苦労してることもあるようだが、それでも何とかやっていけるくらいには誰でも稼げる。そういう場所なんだ」


 冒険者の数の多さにユウは絶句した。思い返してみると冒険者の道では同業者がたくさん往来していたし、冒険者の宿屋街には複数階の建物が建っている。


「で、魔窟ダンジョンから持ち帰った魔石や出現品は換金所で現金と交換するのが普通だ。ユウも昨日魔石を換金してきたんだよな?」


「ええ。そうか、だからあんなに人がたくさんいたんだ。あの換金所で並んでいたのは魔窟ダンジョンから帰ってきた人たちなんですね」


「そうだ。あそこで拾った物は一旦全部見せることになってる。町が規制してる物はその場で有無を言わさず買い取られるが、それ以外は欲しいんなら持ち帰ってもいいことになってる」


「すり抜けようって人はいるんじゃないですか?」


「もちろんいるぞ。だが簡単じゃねぇ。換金所の買取担当者は専門の業者だからごまかしが難しいし、隠して持ち出そうにも出入りする門には魔法で検査するようになってる」


「なるほど」


「実際は金を稼ぎたくてあの魔窟ダンジョンに入って入る冒険者ばっかりだから、こっちもあんまり気にしてねぇけどな。揉めることがあるとすりゃ、探検家の一行が出てくるときくらいか。あいつら規制品が目当てってことが多いからなぁ」


 対処したことがあるらしいウィンストンは目をつむってため息をついた。


 あまり自分には関係なさそうな話なのでユウは曖昧にうなずくだけだ。それよりも他に知りたいことがある。


「ウィンストンさん、魔窟ダンジョンって1人でも入れるんですか?」


「1人だ? そりゃ入るだけなら1人でも行けるが、なるべく誰かと組んでパーティで入った方がいい。普通は4人から6人くらいでつるんでるぞ」


「僕、今1人なんですけど、もしかしたらどこかのパーティに入るのに時間がかかるかもしれないなって思って。その間も生活費は稼がないといけないでしょう?」


「そりゃまぁそうだが、だったら冒険者の道を挟んでこの建物の向かいの原っぱに行けばいい。あそこにゃ仲間を探してる連中がいつもいるからな。今じゃ冒険者同士の出会いの場になってるぞ」


「そういう場所があるんですね。でも、魔窟ダンジョンって1人で入るとそんなに危険なところなんですか?」


「危険だぜ。複数の魔物に囲まれると危ねぇし、隠されてる罠に引っかかったら厄介だ。けど、それと同じくらい面倒なのが同じ冒険者なんだよな」


「どういうことですか?」


「まず最初に言っておくが、魔窟ダンジョンの中ではすべてが自己責任だ。これは魔物や罠だけじゃなく、冒険者同士の諍いは当事者で解決するのが原則って意味でもだ」


「何となくわかりました。悪い冒険者もいるってことですね」


「ふとしたきっかけで争うことなんてこともあるからそれだけってわけじゃねぇが、中にはこの習慣を利用しようとする奴もいるのは確かだ。何しろ、手に入れた物は原則として拾った者のものだからな」


「ということは、魔窟ダンジョン内で冒険者を見ても喜べないんだ」


「知り合いじゃなけりゃな。そうそう、仲間探しのコツは似たもの同士で組むのが一番だぞ。性格が合うのが一番だが、目的が一致しているのも重要だ。逆に話をして性格が合わないならそのパーティには入らない方がいい」


「なるほど」


「特に急ぎで組むときはこの辺りを妥協することがあるから失敗しやすい。自分と相手の相性や目的を見てよく選べよ」


「わかりました」


 仲間選びで苦労したことのあるユウはうなずいた。厄介事は避けられるなら事前に避けたい。


 更に話を聞こうとユウは真剣な顔をウィンストンに向けた。

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