通貨の工面と物価の違い

 町の外限定だが、アディの町についてある程度教えてもらったユウはぼんやりとその様子を頭に浮かべられるようになった。初めて町にたどり着いたときに宝物の街道から道なりに冒険者ギルド城外支所まで周囲の様子を見てきたのも一助となっている。


 後は自分の足で各地を回って知れば良いわけだが、困ったことに先立つものがない。これでは動きようがなかった。


 冒険者の証明板と貨幣を片付けながらユウが難しい顔をしていると、ウィンストンが椅子から立ち上がる。


「ま、こんなところだな。お前さんも単なる迷子のようだし、後は好きにしな」


「はい。ああでも、お金がなぁ」


「別の国の金貨と銀貨があるんならそれを換金したらいいだろ。そりゃ通貨同士の両替と違って買い叩かれるだろうが、そこはもう諦めるしかねぇ」


「そうなんでしょうけど、あ!」


 自分の背嚢はいのうに手をかけていたユウが急いで腰にぶら下げた麻袋に手をかけた。すぐに口を開けてウィンストンに中を見せる。


「これ、遺跡の中で拾った魔石なんですけど、換金できるところってありますか?」


「魔石だと? ほう、こりゃ確かにそうだな。なるほど、確かに換金できたらカネになる。だったら換金所に行けばいい。ここのすぐ北側に壁があるだろ? その奥にある換金所で魔石を交換できるぞ」


「本当ですか! やった、これでお金が手に入るよ!」


「はは、お前さんは運がいいな。カネ目の物を持ってるんならそれを換金するのも悪くねぇ」


「ありがとうございます! 早速行ってきます」


 希望の見えてきたユウは背嚢を背負うと部屋を出た。階段を降りて城外支所の建物から北に向かう。ウィンストンの言っていた壁はすぐ目に入った。


 その壁は城壁と同じものらしく、非常にいかめしいもので奥にそびえる山の一部を囲っている。途中、城外支所の北の端辺りに城門のような大きな門が備え付けられており、開放されたそこには何人かの番兵が立っていた。冒険者の道はその門の奥へと続き、最終的には山に開いた穴にまで続いている。


 人の流れに乗って門を潜ったユウは道の西側に大きな建物があることにすぐ気付いた。石材を使った無骨な平屋の建物で、道に面した東側の壁はほぼ取り払われたかのように開放されていて中が丸見えだ。基本的な造りは城外支所と似ており、室内の中央に買取カウンターが走っていて部屋は東西に分かれている。


 買取カウンターの様子をしばらく眺めていたユウは室内の北側の列に並んだ。腰にぶら下げた麻袋を手にする。


 並んでいる人の数が少し多かったので待つ時間は長かったが、その間にユウはカウンターでどんなやり取りがされているのか観察した。自分の対応をするのは覇気のない青年担当者なので、その人物の顔と手には特に注目する。


「次の人、持ってる魔石を出して」


「はい、これです」


 自分の順番がやって来たユウは先の人の様子を真似て麻袋から魔石を取り出した。カウンターに置いた魔石を大小に手早く分ける。


 青年はユウが手を引くとその数を数えながら自分の手元に1つずつ寄せていった。すべて数え終えると顔を上げる。


「中魔石8個で銀貨8枚、小魔石40個で銅貨10枚、これで全部?」


「はい」


「それじゃこれが代金。確認できたらそこをどいて」


「ありがとうございます。これが、マグニファ硬貨」


 カウンター上で差し出された貨幣をユウは目にした。初めて見る硬貨だ。大きさは故郷の貨幣と変わらない。1枚ずつ数えると銀貨も銅貨も確かにある。1個あたりの魔石の金額も常識の範囲内だったので安心して巾着袋に入れた。


 列を離れたユウは建物から出て道に踏み入ると南へと足を向ける。壁に囲われた換金所辺りは精神的に少し息苦しいが、門を潜って外に出るとその圧迫感もなくなった。


 歩きながらユウは小さく息を吐き出す。


「やっと一息つけたな。やっぱり使える手持ちのお金がないと落ち着かないや」


 せっかく町にたどり着いたのに何もできないというのはユウにとってつらい状態だった。気分は目の前にごちそうがあるのに食べられないというものだ。しかし、そんな不安も現金を手に入れたことで解消する。


「さて、次はどうしようかな。時間はまだあるみたいだけど」


 空を見上げたユウは太陽の位置を確認した。時期は冬なので西の空へと傾きつつあるが、まだ夕方というほどではない。五の刻の鐘が今し方鳴り終わったところだ。


 空になった麻袋を背嚢にしまったユウは首を傾げた後、冒険者の道に戻って南に進む。城外支所の建物を過ぎて冒険者の宿屋街に差しかかった。


 特にこれといった目的を見出せなかったユウは冒険者の歓楽街も通り過ぎて貧民の工房街までやって来る。この辺りもまだ活気があり、冒険者の数が多かった。


 何かに気付いたユウはふと足を止める。視線の先には武器が描かれた看板を掲げた工房があった。小さくうなずくと武器の工房へと入る。


 中は手前が簡素な棚に武器が並べられており、奥は鍛冶場だからなのか棚のある場所もほのかに暖かい。ユウの他に2人の先客が2人いて、そのうち1人は無骨な顔つきの筋肉質な男と話をしていた。


 その話を耳にしながらユウは並べられている武器を眺めていく。さすがに工房だけあって多種多様な上に手入れはしっかりとされているようだ。しかし、すぐに首を傾げる。


「あれ、もしかして全部中古品?」


 いくつかの武器を手に取って眺めたユウは新品でないことに気付いた。


 そんなユウに対して声がかけられる。


「そうだ、ほとんど魔窟ダンジョンから出現したのを手入れしたものだ」


「え? あ」


 顔を上げたユウの目の前に無骨な顔つきの男が立っていた。先程まで話をしていた客は去ったらしく室内にはもういない。


 目を大きく見開いたユウは何度か呼吸をして落ち着いてから返答する。


魔窟ダンジョンから出てきた武器ですか。今日この町に来たばかりなんでその辺はまだよくわからないですけど」


「冒険者ギルドで聞くといい。お前のような新入りは工房に中古品があると不思議がる奴が多い。が、この町では当たり前のことなんだ。魔窟ダンジョンで稼ぐ気なら慣れておくといい」


「それで、例えばこの槌矛メイスですけど、いくらになるんですか?」


「それだと銅貨80枚だな」


「え、そんなに!?」


 値段を聞いたユウは目を剥いた。今自分の持っている槌矛メイスと形状も長さもほぼ同じものだ。それが故郷の町の倍にもなっている。念のために他の武器の値段も尋ねてみたところ、どれも倍くらいだった。


 手にした武器を棚に置いたユウは武器の工房を去って冒険者の道に戻る。それからすぐに歩き始めて工房を見繕った。


 今度は防具が描かれた看板の工房に入る。こちらは作業場と棚がほぼ一体になっているようで、手入れのなされた盾が壁に立てかけられ、鎧がその手前に陳列してある。先客は1人で四角い顔のぽっこりと突き出た腹の男と何かを話していた。


 その間にユウは見える範囲の防具を眺めていく。これらも補修した後が所々あるので中古品であることがすぐにわかった。しかし、修繕はしっかりとされているようなのでおかしな点は見当たらない。


 先客との話が終わるのを待ったユウは色あせた角刈りの金髪をしたその男に近づいた。不機嫌そうな顔をしているので多少気後れするが声をかける。


「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、あの軟革鎧ソフトレザーはいくらになるんですか?」


「胴鎧が銀貨12枚、籠手と脛当てが銀貨4枚だ」


 文句があるのかというような顔つきで見られたユウはたじろぎながらも頭の中で計算した。胴鎧は銅貨に直すと240枚になる。なので故郷の12倍だ。思わず息が詰まる。他の防具の値段もいくつか尋ねてみたがやはり同様に高かった。


 ここまで値段に差があると思わなかったユウは動揺する。武器の値段よりもはるかに差が大きい。


 これはまずいと思ったユウは防具の工房を出ると他にも工房を見て回る。雑貨を扱っている細工の工房に薬を扱っている製薬の工房などだ。ここも故郷に比べて2倍から4倍くらい高かった。


 もちろん通貨を直接交換できるわけではないので直接比較できるわけではないものの、それでもユウの感覚は西方辺境や南方辺境のものなので修正しておかないと危険である。


「どうしよう。結構な大金が入ったと思ったけど、物価が高いとそうとも言えないよ」


 予想外の事態にユウは焦った。工房街の値段がこれだと宿や酒場の値段も比例して高くなっていることは確実だ。急いで収入源を確立しないといけない。


「ああ、そういえば、ここだとみんな魔窟ダンジョンに入るんだっけ」


 振り返ったユウは冒険者の道の先にある門の奥、道の終わりに見える穴に目を向けた。今も頻繁に冒険者が出入りしている。


 これからの路銀のことも考えるとユウの選択肢は多くなかった。

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