常識知らずのよそ者(後)

 古代遺跡の中で問題なさそうな部分をつなぎ合わせてユウはウィンストンに事情を説明した。また、転移した証拠となりそうな冒険者ギルドの証明板と別の地域で使われている貨幣をテーブルに置く。


 しかし、いずれもユウの説明を決定づけるには足りないために対面で座るウィンストンは黙ったままだ。手にした証明板をテーブルに置いて今度は金貨を手にする。


「貨幣の真贋は儂にゃできねぇが本物っぽく見えるな。ま、例え本物だとしても、この辺りじゃ使えねぇが」


「ということは、今の僕は一文無しというわけですね」


「他に隠し持ってねぇんならそうなるな。実はどこかの間者かんじゃってわけじゃねぇよな?」


「だったらこんな微妙な嘘はつきませんよ。もっと信じてもらえる話をします」


「だよなぁ。大体、うちらんところに来る意味がねぇ。行くなら町の中だろうし」


「そもそも使えるお金がないんで町の中に入れませんけど」


「カネなんぞちょっと持っていそうな奴からかっぱらったら何とかなるだろう」


「追い剥ぎやスリの考え方じゃないですか、それ」


 肩をすくめたウィンストンをユウが半目で見つめた。調べられる側にもかかわらず、老職員を怪しく思う。


「僕が教えてほしいことはこの町の基本的なことです」


「お前さんの故郷はどうか知らんが、こっちの冒険者ギルドには初心者講習ってのがあるぞ。あそこなら一通り教えているが」


「冒険者としての話ですよね、それ。僕はそれ以前のここの常識についてです。それに、さっきから言ってますけど、僕は使えるお金を持っていないんです。それとも無料で講習を受けられるんですか?」


「いいや、有料だ。なるほど、そっちのギルドもそこは同じなのか」


 金貨をテーブルに置いたウィンストンが興味ありげにユウへと目を向けた。青年になりつつある冒険者がうなずく様子を見ながら右手で顎をなぞる。


「まぁ、それなら教えてもいいだろう。ただし、町の外のことだけをざっくりとだぞ。あんまり延々と話をしても時間がかかるだけだからな。残りは自分で聞いて回れ」


「充分です。どうせ町の中に入ることはないでしょうし」


「そいつぁどうかな? もしかしたら中に用ができるかもしれねぇぞ?」


「冒険者の仕事で町の中が関係することってあるんですか?」


「可能性は小さくともあるだろう。決まって厄介事ばっかりだが」


 故郷の町での依頼をユウは思い返した。確かに町民からの依頼を引き受けたことがある。更に言うと精神的に面倒な仕事だった。


 渋い顔をしたユウがうなずくとウィンストンがにやりと笑う。


「お前さんも心当たりがあったか。ま、逃げられるうちは逃げ回っておくんだな。ともかく、それじゃ今からこのアディの町の外についてざっくりと話してやろう」


「はい、お願いします」


「この町はアディの町っていうんだが、マグニファ王国の中にある。この辺りじゃなかなかでかい国で、幸いこの町は北側の山脈以外三方は全部自国領だ」


「隣国と接していないから安全っていうことですか?」


「その通りだ。おかげでこの町は主産業である魔窟ダンジョンに集中できるってわけさ。今回の説明は町だけって話だから魔窟ダンジョンについては省略する。知りたきゃ初心者講習を受けるんだな」


「はい」


「町の外についての説明をするんなら、まずは道の説明からした方がいいな。この町の外には大きく分けて3つの道がある。1つは他の町に繋がっている宝物の街道、2つ目はそこから枝分かれしている東西に伸びる貧民の道、3つ目は南北に伸びる冒険者の道だ」


「貧民の道と冒険者の道って、もしかして神殿のあるところで曲がっている道ですか? 同じ道なのに名前が途中で変わるんです?」


「今から説明する。最初に宝物の街道だが、これはこの町でも主な道だ。魔窟ダンジョンから採れた魔石や魔法の道具を輸出し、食料や資材を輸入するためのな。もちろん人の往来もあるぞ」


「なんか魔窟ダンジョンの方が気になりますね」


「だからそっちは初心者講習だっつってんだろ。次に貧民の道だが、元々は宝物の街道からこのギルドの目の前まで全部をそう呼んでいたんだ。名前の通り町の中に入れない貧乏人の集まる場所って意味だ」


「どこも似たような名前になるんですね。僕の故郷だと貧者の道でしたよ」


「町の中の連中がそう言ってたんだろ? むかつくよな。ま、それは置いといて次だ。最後の冒険者の道だが、これは後に城外神殿っていう道が曲がってる所にある建物の辺りから後にそう呼ばれるようになったんだ」


「確かに、冒険者の数はあの辺りから増えていましたね」


「だろ? 魔窟ダンジョンという産業が発達するにつれ、中に出入りする冒険者の数が増えて貧民街の一角を占めたからさ。今じゃこの辺りはすっかり冒険者の街なんだ」


「ということは、アディの町の外も道を中心にして街が郊外に広がっている感じですか? 道から掘まで50レテムくらいは建物禁止で」


「そうだ。町の構造が似てると教えるのが早くていいな」


 先程からしゃべっているウィンストンが嬉しそうにうなずいた。そうしてそのまま続ける。


「ここ冒険者ギルド城外支所の説明は初心者講習で扱ってるから省略するぞ。それで、ここの南に冒険者の宿屋街がある。名前の通り魔窟ダンジョンに出入りしてる冒険者が寝泊まりしてる場所だ。大部屋の安宿だけじゃなく、個室のある宿もある。稼げる連中はみんなこっちだな」


「そうだ! ここもそうですけど、道から離れた所に平屋じゃない宿がありますよね。役人が文句を言ってこないんですか?」


「世の中、何事にも例外ってのがあるんだ。冒険者はこの町の産業の主力だからな。特例扱いなのさ。この城外支所と宿屋街だけだけどな」


「そんなのが認められるなんてすごいですね」


「それだけ稼いでるってことだよ。もっとも、周りから攻められる心配がないってのも理由にあるんだろうけどな。さて、次は宿屋街の南にある冒険者の歓楽街だ。ここも結構でかくてな、冒険者の道沿いに酒場が軒を連ねていたのは見ただろうが、その裏手には別のお楽しみもあるんだぜ」


「別のお楽しみ、ですか?」


「そう、女と博打だ。てめぇの故郷って所にもあっただろ?」


「ええ、まぁ」


 にやにやと笑うウィンストンにユウは顔を引きつらせた。確かに小さいながらも歓楽街にあったことは知っている。しかし、当時は近づいたことはなかった。


 ユウの反応を楽しむかのように眺めていたウィンストンは言葉を続ける。


「ま、気晴らしに行くのも悪くないぞ。こっちは命のやり取りをしてんだ。楽しみたいときだってあるさ。ただ、突っ込み過ぎんなよ?」


「あ、はい」


「でだ、歓楽街の南にあるのが貧民の工房街だ。ここは日用品から武具までを作る工房が集まってる。職人としての質が怪しい奴も多いが、中には真っ当な奴もいる。その辺を見極めて馴染みの店を作るんだぞ」


「物を買うのは市場じゃないんですか?」


「ここにも貧民の市場ってのが確かにある。貧民の道の西側だ。ただ、ここは総じて質が低い。大抵は貧民上がりの駆け出しが通ってるな。ある程度カネが貯まった奴は大体工房街へと移るのが一般的だ。お前さんの身なりを見てると、市場にゃあんまり用はなさそうに見えるがな」


「手元に使えるお金があれば、ですよね」


「まぁな。続いて貧民の歓楽街と旅人の宿屋街だが、ここは貧民や旅人向きだから冒険者はほとんど寄らない。ああ、貧民上がりの駆け出しはここ歓楽街で飲むんだっけな。何にせよ、お前さんが寄ることはないだろう。正直、あっちの歓楽街の酒と飯はまずいぞ!」


「力説しますね」


「そりゃ散々儂も食ったからな。こっちの歓楽街の酒と飯を口にしたらもう戻れねぇ」


 感慨深そうに首を横に振ったウィンストンが顔を上に向けた。ユウとしてはそこまで言われると逆に興味が湧いてくる。


「さてと、これくらいか?」


「あと神殿についてまだ教えてもらっていません。パオメラ教の有志の信者が活動するための拠点だそうですけど」


「お前さん、あそこの信者と話をしたのか?」


「町の外に神殿があるのに驚いて見ていたら声をかけられて。貧民を救済するために色々としているらしいですが」


「ああ、確かに色々とやってるな。まぁあれのおかげで貧民街もぎりぎり落ち着いてるって面もあるが、連中は信者集めのためにやってるから何とも言えん」


「やっぱり純粋な善意じゃないんですね」


「モノラ教がこっちで布教を初めてから町の中じゃ押されてるそうだ。それで焦ってるってのがあるんだろうよ」


「うわぁ」


 裏の理由を知ったユウは露骨に嫌そうな顔をした。故郷の町では相手にされていなかったので余計に強く感じてしまう。


 ともかく、町の外についてはこれで大体知ることができた。後は実際に行ってみるしかないだろう。

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