常識知らずのよそ者(前)

 町の城壁からは孤立しているが山麓の一部を同じ壁が囲っている手前にそれはあった。冒険者ギルド城外支所だ。縦と横がほぼ同じ長さで石材を使った4階建ての建物と城壁よりも少し高い。


「あれ? 平屋じゃない?」


 違和感の正体に気付いたユウは目を見開いた。一般的にどの町であっても、防衛上の都合から外の建物は平屋に限定されている。それは冒険者ギルドも今までは例外ではなかった。しかし、この町では違うらしい。


 城外支所の建物の奥を見るためにユウが西側へと顔を向けると更に目を剥いた。宿屋街の道から離れた建物の中に2階以上の家屋がいくつも見えたからである。


「建物の規制がないのかな? でも、2階以上の建物はここだけっぽいし」


 神殿は町の中との関係が強いので例外扱いなのはユウにも理解できた。しかし、町の外の宿屋が例外扱いされている理由がわからない。城外支所の建物も複数階あるので他の町よりも冒険者ギルドの力が強いのかもしれないが、すべては推測だ。


 これ以上考えてもわからないユウは再び城外支所の建物に目を向けた。出入りする人の数は多く、いくつかある開け放たれたままの出入り口は往来する人々で賑わっている。立派な装備をした者から貧民がとりあえず武装したという者までその姿は多様だ。


 その中に混じってユウは建物の中に入る。室内には数多くの人々がいてかなり騒々しく、ときおり怒号や悲鳴が聞こえた。中央には受付カウンターが南北に走っており、その西側に受付係の職員が並んでいる。


 わからないことがあるのならば人に聞くのがユウの基本的な行動だ。なので早速受付カウンターに向かおうとし、だが体を止める。


「何から聞けばいいんだろう?」


 いつもなら大抵は仕事の有無だが今回はそれ以前だ。この町についてもここでの常識もあまりにも知らなさすぎる。ただ、それでもじっとしているわけにもいかない。


 渋い顔をしながら考えつつ、ユウは人が多く並んでいる列に並んだ。順番がやってくるまでに何を聞いてどう質問するのかをまとめておかないといけない。


 しかし、こういうときに限って列は順調に消化される。たまたまなのか前に並ぶ冒険者の用事はどれも短時間で終わった。


 用意ができないままユウは受付カウンターの前までやって来る。そばかすのあるやや頼りなさそうな顔をしたひょろ長い中年の受付係がやる気なさそうに立っていた。


 受付の職員に目を向けられたユウは緊張しながらも口を開く。


「この町に来たばかりなので基本的なことから聞いていいですか?」


「そりゃいいですよ」


「ここってアディの町でいいんですよね?」


「マジかよ。街道沿いの目立たない町ならともかく、ここは街道のどん詰まりだぞ。知らないままやって来た奴なんて初めて見た。念のために聞くが、知らないのは町の名前だけか? それとも他についてもか?」


「ほとんど何も知りません。神殿の近くで、この町がアディと呼ばれていることや魔窟ダンジョンで栄えていることを聞いたくらいなんです。ちなみに、通貨の単位はマグニファで合っているんですよね?」


「悪いがぜひ言わせてくれ。お前、この町に何しに来たんだ? いや、どうやってここまで来たんだ?」


「それは、歩いてですけど」


「ダメだ話にならねぇ。嘘をつくにしてももっとましな嘘をついてくれ。それじゃ生まれたてのガキだって信用してくれねぇぞ」


 かろうじてあった最初の接客態度をいきなりかなぐり捨てた受付の中年は頭を抱えた。列に並ぶ人数は増えつつある。1人だけに何時間もかけてはいられない。


 振り返った受付係は声を上げる。


「ウィンストンの爺さん、こっちに来てくれ!」


「トビー、てめぇまた何かしくじったのか?」


「最近はそんなヘマなんてしてねぇって。特別なお客さんなんだ。相手をしてくれ」


「特別な客だぁ? 面倒事を押しつけようって魂胆はらじゃねぇだろうな」


「ないとは言わない。が、それ以前の話なんだ。こいつ何にも知らないようだから、イチから色々と教えてやってほしいんだ。ほら、俺って今は忙しいから。他のお客さんも待たせたら悪いし」


 トビーという受付係に呼ばれてやって来たのはしわくちゃで偏屈そうな顔をした白髪の老人だった。しかし、割と良い体格をしており、トビーよりも明らかに強そうに見える。


 そのウィンストンという老職員がユウへと顔を向けた。眉をひそめて値踏みをする。


 老職員の鋭い眼光を受けたユウの背筋は自然と伸びた。しかし、緊張はしても震えてはいない。しばらくお互いの顔を見つめ合う。


「ついて来い。2階で話を聞いてやる」


「あ、はい」


「ほら、早く行った行った。ぼさっとしてるとどやされるぞ」


「余計なことは言うんじゃねぇ!」


 振り向いたウィンストンの怒鳴り声がトビーに刺さった。


 首をすくめる中年の受付係を見たユウは慌てて老職員の後を追う。受付カウンターの南端にある階段を速歩で駆け上った。


 2階に登りきったところで老職員に追いついたユウは周囲に顔を向ける。階段の脇から東西に伸びる通路の北側にはいくつもの木製の扉があった。それ以外は飾り気のない殺風景な石の表面が見えるばかりである。


 前を歩く老職員は近くの扉を開けるとそのまま中に入った。続いてユウも入る。


 中は扉がある南側以外はすべて壁だった。部屋自体は狭く、木製のテーブルに同じく木製の丸椅子が6つあるだけだ。


 奥の丸椅子をたぐり寄せた老職員がそれに座り、顎でユウにも勧める。


 背嚢はいのうを下ろしたユウはテーブルを挟んでウィンストンの正面に座った。まるで尋問されるような雰囲気だ。


 わずかな沈黙の後、ウィンストンが口を開く。


「トビーの奴が何も知らねぇって言ってたが、どういうことだ?」


「さっきの人にも言いましたけど、僕、この町の名前がアディだっていうことと魔窟ダンジョンで栄えているっていうことくらいしか知らないんです。それも通りすがりの人に聞いた話の受け売りで、この辺りで使われている通貨のことも知らないんですよ」


「もしかしてお前さん、記憶喪失ってやつか?」


「いえ、そういうわけじゃないんです。記憶はあるんですけど」


「ならなんでそんなに何も知らねぇんだ? このアディの町は近隣の国でも有名だし、この王国に入ってからだと耳を塞いでねぇ限りは話くらいは聞こえてきただろ? それに、通貨を知らないだと? お前さん、どうやってここまで来たんだ」


 問われたユウは口ごもった。正直に話すと荒唐無稽すぎて逆に信じてもらえない可能性がある。しかし、何も話さないわけにはいかない。


 しばらく考えたユウは慎重に口を開く。


「実は、別の町で遺跡を探索する探検隊の護衛を引き受けて遺跡の中に入ったんですけれど、探検隊が僕以外全滅しちゃったんです。その後僕は遺跡の中をさまよったんですけど、何かを踏んだら光に包まれてこの町の西側に立っていました」


「遺跡がらみかぁ。そいつぁ災難だったなぁ」


 目をつむって上に顔を向けたウィンストンが呻いた。しばらくそのままの姿でじっとしていたが、再びゆっくりとユウに顔を向け直す。


「お前さんの身に起きたのは、恐らく転移っていう別の場所に強制的に移動させられる魔法だろう。町の魔術師から聞いたことがある。それで、まったく見ず知らずのここに飛ばされたってわけか」


「はい」


「そりゃ何も知らねぇはずだな。念のために確認しておきたいんだが、別の場所からやってきたっていう証拠はあるか?」


「証拠ですか」


 問われたユウは首を傾げた。ウィンストンの態度からもあまり期待していない様子は窺える。そんな証拠らしいものなど持っていないのが普通だからだ。


 それでも考えたユウは背嚢から冒険者の証明板を取り出す。また、腰の巾着袋の中から硬貨を取り出した。その上でウィンストンに顔を向ける。


「これは僕が故郷の町で発行してもらった証明板です。こっちは今僕が持っているお金です。これ以外はありません」


「鉄級か。儂は文字が読めねぇんだが、なんて書いてあるんだ?」


「アドヴェント冒険者ギルド、ユウです。西の果てにあるチャレン王国トレジャー辺境伯領の町の名前で僕の故郷です」


「聞いたことねぇなぁ。けど、これは偽物には見えねぇ。うちのギルドと造りが同じだ。で、こっちの金貨と銀貨は?」


「こちらが僕の故郷の金貨と銀貨、そちらが南方辺境という地域のリーアランド王国の金貨と銀貨です」


「リーアランド王国はともかく、南方辺境ってのは聞いたことがあるな。お前さん、そこに行ったことがあるのか」


「はい、僕の故郷が西方辺境で、そこから行けたので」


「辺境から辺境ねぇ」


 ウィンストンは手に取った証明板とテーブル上の貨幣を見比べた。そのまま黙る。


 返答を待つユウも口を開かないので室内が静かになった。

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