生き残るための探索

 体感で丸1日探した結果、出口はすべて使えないことがわかった。土石で埋まっていたり床が崩落してたどり着けなかったり魔物が厄介すぎたりなど理由は様々だ。


 一旦スキエントが目覚めた部屋に戻って来た2人は箱型の石の寝台に腰をかけた。簡単には脱出できないことを悟ったスキエントが頭を抱える。


「弱ったな。出口だけではなく、他の区域エリアにも行けないなんて。完全に閉じ込められているぞ」


「水と食べ物にも限りがあるから、これを手に入れる方法があればゆっくりと調べられるんだけどな」


「非常食を置いてある場所は確かにあるが、長い年月が経っているから期待はできないな。一応他の設備を確認するついでに見て回るつもりだが」


「他の設備ってどんなものがあるの?」


「すぐに確認したいのは防衛機構だな。ほとんど期待できないが、岩人形ストーンゴーレムを統括する仕組みが生きていればあれを使うことができる」


「あの岩人形ストーンゴーレムって操れるんだ」


「当然だろう。操れなければ使えないじゃないか」


 当たり前といった様子でスキエントに顔を向けられたユウはわずかにうろたえた。独り言のつもりだったのだ。


 一旦目を逸らしたユウはすぐにスキエントへ顔を向けて話を続ける。


「防衛機構以外には何かある?」


「転移の間と魔石の間を確かめたい。転移の魔方陣が使えるのなら別の場所に行けるし、その動力源を確保するためには魔石の間の状況を知っておく必要がある」


「スキエントと同じく眠っている人を探すのはどうするの?」


「仕方ないが後回しだ。脱出する方法が見つかってからでないと起こした人数分だけ食料が早く尽きてしまう。今はユウが持っている分しかないから無駄に消費できない」


「僕の方はどうしよう。外へと出たいんだけど」


「今は一旦保留してもらうしかない。出られる場所がないからな。ただ、転移の魔方陣の状態によっては何とかなるかもしれない」


「というと?」


「転移の魔方陣の使い方は2種類ある。1つはある魔方陣から別の魔方陣へ移動するもの、もう1つは別の場所に一方通行で送り込むものだ。別の魔方陣へ移動する場合ならこの都市の別の場所や他の都市に転移できるが、一方的に送り込む場合なら外に転移できる」


「つまり、転移の魔方陣がちゃんと動いたら僕は外に出られるんだ!」


「その通りだ。どこまで期待できるか正直なところはわからないが、ここから脱出するためには今のところこの方法しかない」


 真面目な顔つきで話すスキエントにユウは笑顔でうなずいた。脱出できる方法があるのならユウも積極的に協力できる。


 希望を抱けたユウはスキエントと交代で眠って疲れを癒やした。ある程度体力が回復すると再び拠点とする部屋を出て通路を歩く。


 最初に向かったのは操術の間とスキエントが呼んでいる部屋だ。魔物を避けながら何とかたどり着くと、両開きの扉の片方が室内側に倒れている入り口が見えた。


 扉の惨状を目の当たりにしたスキエントが顔をしかめる。


「ああこれは」


 そのつぶやきを耳にしながらユウは慎重に操術の間へと入った。頭上の光の玉が室内を照らす。室内は割と広く、いくつもの人間の腰辺りまでの高さの石台が縦と横に並んでおり、その上にひび割れたり砕けたりした水晶が乗っていた。


 部屋の壁や天井にもひびが入り、床は埃が積もっているだけでなく、何かしらの骨が横たわっている。使えそうなものは見当たらない。


 一通り室内を見たユウが振り返ってスキエントに顔を向ける。


「スキエント、これって何とかなりそうなの?」


「無理だな。予想はしていたが、ここまで荒れているとなると使い物にならない」


「あの丸い水晶みたいなのが砕けているから?」


「そうだ。放置されているだけならずっと残るはずなんだが、もしかしたら化け物に壊されたのかもしれないな」


「ということは、遺跡の中にいる岩人形ストーンゴーレムは使えない?」


「使えないな。あくまでも自分たちだけで何とかしないといけないわけだ」


「だったら次の所に行こう。どこに行く?」


「ここから近い所なら、糧食の間だな。行ってみよう」


 促されたユウは操術の間を出て再び通路を進んだ。スキエントは近くと言ったがそれでも割と通路を歩く。


 何度も通路を曲がった末にたどり着いた糧食の間だったが、がらんとした室内は空っぽだった。すべて持ち出されたのかそれとも朽ち果てたのかわからないが今はもうない。飲料水を生み出す設備のある部屋は通路が途中土石で埋まっていてたどり着けなかった。


 こうしていくつもの都市設備を確認したユウとスキエントだったが、結果はどれも暗いものばかりだ。覚悟はしていてもいざ悪い結果が続くと気が滅入ってくる。


 今はユウの案内で転移の間へと向かっているところだ。ここへ転移してきたときに使った魔方陣である。


「生きている魔方陣があるのは幸いだ。ユウが使ったのなら私にも使えるだろう」


「でも、どうして使えたのかはわからないんだ」


「それは今から行って調べるよ」


 多少不安そうなユウに対してスキエントの表情は比較的明るかった。現在でも動く都市の機能があると知って機嫌が良いのだ。


 昨日通った道順に沿って進んだユウは転移の間にたどり着いた。そのまま中に入ると振り向いてスキエントに声をかける。


「ここだよ。この丸い魔方陣っていうのが動いたんだ」


「これか。これが? いやしかし、うーむ」


 早速転移の魔方陣を覗き込むように眺めたスキエントは眉をひそめながら唸った。しばらくじっとしていたが、やがて円形の魔方陣に沿ってゆっくりと歩き回る。


 魔方陣を調べているスキエントの様子をユウは部屋の端で眺めていた。何を考えているのかはわからなかったが、表情の険しさから問題があるのではと推測する。


 じっくりと1周したスキエントが顔を上げて大きな息を吐き出した。それからユウへと向き直る。


「ユウ、本当にこの魔方陣を使ったのか?」


「え? うん、これを使ったというより、元の場所の魔方陣が勝手に光ったっていうのが僕の感覚なんだけど」


「ああそうか、ユウは魔方陣について何も知らないんだったな」


「何か問題でもあるの?」


「あるのだよ。まず、どんな魔法でも魔力が必ず必要になる。これは火をおこすには薪が必要なのと同じことなのだ。魔力がないと魔法は使えない。そして、魔方陣は魔法を使うための道具だからやっぱり魔力が必要なんだ。これは理解できるな?」


「うん、わかる」


「では次だが、通常、魔方陣を使うときは魔力を供給するするために魔石と呼ばれる丸い玉を用意する。この魔石には魔力が入っていて、ここから魔方陣に魔力を送り込むことで魔方陣が動くんだ」


「え?」


「そこで確認なんだが、ユウ、ここへ転移する前の魔方陣の4ヵ所に握り拳くらいの丸い玉は置いてあったか?」


「なかった。あったら蹴飛ばしていたかも」


「そして、こちらにも魔方陣には魔石は設置されていない。転移の魔方陣は操作する側から魔力を送り込む必要があるんだが、どちらにも魔石が置いてないのなら普通は起動しないはずなんだ」


 まるで問い詰められているように感じたユウは口をつぐんだ。自分で転移の魔方陣を動かそうとしたわけではないので理由を問われても答えられない。


 やや困惑した表情のスキエントが言葉を続ける。


「でも魔方陣は起動して、ユウはここに転移した。普通はあり得ないんだが、利用者自身が必要な魔力を持っていた場合はそれを使って転移できる」


「魔法を使えない僕でも魔力って持っているものなの?」


「調べてみないとわからない。私たちの時代だと魔法を使うのは当たり前だったから、魔力を体内に秘めている者はみんな魔法を使っていた。でも、今は違うのだろう? となると、魔法を使わないが魔力を持っている者がいても不思議じゃない」


「けれど、この魔方陣の動かし方なんて僕は知らないよ?」


「そこなんだよ。ユウに魔力があるとしても、魔方陣の起動の方法がわからないと転移しないはずなんだ。呪文なんて唱えられないのだろう?」


「うん、知らない」


「一体どうなっているんだか」


 ため息をついたスキエントが首を横に振った。それから眉を寄せたままユウの顔に再び目を向ける。


 思い当たる節のないユウは何と答えようか悩んだ。とりあえず思い付いたことを口にする。


「それで、この魔方陣は使えるの?」


「見た目は使えそうなんだが、ユウが使えた原因がわからないと怖くて使えないな。こんな様子じゃどこの魔方陣も同じかもしれないが、動作が不安定だとわかった魔方陣はできれば使いたくない。だから他の魔方陣を探そう」


 スキエントに宣言されたユウは黙ってうなずいた。確かにどう動くがわからないものは使いたくない。


 2人とも難しい顔を浮かべながら転移の間を後にした。

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