出口を探して
体調を崩したスキエントを休ませるために、ユウは箱型の石の寝台へ病人を横たわらせた。今後どうするかという以前の話になってしまう。
「スキエント、落ち着いたかな?」
「ああ。あのまま死んでしまうかと思ったよ」
「久しぶりに起きていきなり食べたから、胃腸がおかしくなったのかもしれないね」
「どうだろう。胃腸は割と強い方だと思っていたのだが」
「ともかく、しばらくは寝てないと」
「すまないな。急がないといけないときに」
「いいよ。それより、スキエントが寝ている間に、出口の確認をしておこうと思うんだ。道順を教えてくれたら1人で確認しに行くよ」
「都市は広いから出口はいくつもあるはずだが、問題はどこもここから割と遠いことだ。まずその点を留意してほしい。その上で、比較的簡単な経路から教えていく」
「わかった。あ、そうそう、出口が見つかっても戻って来るからね。外套や帽子を返してもらわないといけないから」
「なるほど、ちょっとした人質代わりというわけだ。それじゃ、最初の経路を教えるぞ」
力なく笑ったスキエントがユウに経路の説明を始めた。方法としては、経路を1つ教えて確認後に戻って来て次、というやり方だ。複雑な経路もあるため、一度に複数の経路を覚えるのは危険なのである。
「これが最初の出口だ。覚えられたか?」
「何とか。まっすぐな道が多いから楽だよ」
「それは良かった。前にも言ったがもう1度言っておく。今教えた経路は私が眠る前のものだ。ここが遺跡と呼ばれるほど時間が経過した後はどうなっているかわからない。もしかしたらたどり着けないこともあるから、その点は気にかけておいてほしい」
「うん、無理だと思ったら戻って来るよ」
忠告を聞いたユウはうなずくと、
スキエントを置いて部屋から出たユウは教えてもらった通りに通路を歩く。もちろん何がいるかわからないので周囲への警戒は怠らない。
松明の明かりによって浮かび上がる石造りの通路は不安定だ。炎の揺らぎによって変化する上に暗い。スキエントの
そこまで考えてユウは薄く苦笑いする。
「出会ったばかりだというのに、すっかり頼りにしているなんてね」
たまたま箱型の石の寝台の中で怪しい液体に漬かっていた人物だ。当人の主張によれば古代文明が滅亡する直前から眠っていたらしいが、ユウとしてはまだ疑っている部分がいくらかある。話が荒唐無稽で確かめようがないからだ。
しかし逆に言えば、いくらかしか疑っていない。ある程度信用する気になったきっかけは祖母に教えてもらった言葉を話せたことだ。また、万華鏡の話をしていたときの態度にも何となく好印象を抱いた。
一方で、ユウの祖母に対する疑問が今になって湧き上がってくる。
「異界諸言語だっけ。教えてもらったのはおばあちゃんの国の言葉のはずなんだけどな」
てっきり遠い国の言葉だとばかり思っていたユウは戸惑っていた。異界からやって来たのかそうでないのか、言葉はどこで覚えたのか、万華鏡はどこでどうやって手に入れたのか。今まで深く考えていなかったことがあやふやな状態で突きつけられる。
別に今を生きるだけなら追求する必要はない。冒険者としてやっていけばとりあえず生活はできるのだ。このまま気ままに生きていくのも悪くないだろう。
ただ、いろんな場所を巡っていればそのうち手がかりがあるかもしれないとユウは漠然と考えていた。祖母の謎を追究する意味は今のところ見出せないが、今回のように思わぬところから意外な話が聞ける可能性は低くてもあるのだ。
ゆっくりと通路を進んで行くと、出口近づくにつれて周囲の傷みが激しくなってくる。そうしてついに途中で通路が土石で埋まっている場所に出くわした。予定だと出口はまだ先である。
「ああ、埋まっちゃっているのか」
幸い何にも遭遇しなかったとはいえ、成果なしという現実を突きつけられたユウは落胆した。最初からできるだけ期待しないようにはしていたものの、それでも心のどこかでは期待していたのだ。
ため息をついたユウは踵を返す。次の経路を聞き出すためにユウはスキエントの元に足を向けた。
部屋に戻ってきたユウはスキエントが横たわる箱型の石の寝台に近づいた。光の玉が輝いているので間違えようがない。
寝台の中を覗いたユウがスキエントに声をかける。
「もう少しってところで通路が土砂に潰されていたよ」
「駄目だったか。ユウが前に言っていたように、都市の上部が丸々なくなっていたとしたら他の所も期待できなさそうだな」
「だからって諦めるわけにはいかないけどね。次の道順を教えて」
「今度は反対側だぞ」
そうしてユウはスキエントに出口までの経路を教わっては確認するということを繰り返した。その度に床の崩落や地層のずれによる通路の切断などでいずれも出口までたどり着けずじまいとなる。
もちろんその間に魔物の脅威に曝されることもあった。前に仲間を襲ったのと同種らしき姿もユウは目にする。その大半はユウ1人では手に負えない魔物ばかりだ。一旦逃げて迂回路を探し、見つかれば先に進み、なければスキエントに相談した。その結果、諦めた出口もある。
スキエントの調子が回復するまで延々と出口の探索を続けていたユウだったが、ついに体力の限界が来た。何度目かの探索の後にとうとう休息することになる。
「これだけ探しても見つからないとなると厳しいなぁ」
「確かにきつそうだな。これは私の方も覚悟するべきなのかもしれない」
ユウの様子を見ていたスキエントはその結果の不調ぶりに眉をひそめた。
ずっと横になっていたスキエントに見張りを任せたユウは開いている箱型の石の寝台の中に入って横になる。いい気はしないが他に眠れる場所もない。
目が覚めると体が冷えていて震えるが疲れはある程度癒えた。すぐに起き上がって支度をする。その間にスキエントも寝台の中から出てきた。
わずかに目を見張ったユウがスキエントに声をかける。
「もう体の調子はいいの?」
「さすがに治った。これからは私も一緒に行こう。まだいくつかの経路が残っているが、結構面倒なんだ」
「一緒に来てくれるなら助かるよ」
体調が回復した様子のスキエントを見てユウは顔をほころばせた。やはり1人よりも2人の方が良いのだ。
2人で共に行動するようになってからは、スキエントが
通路の様子を見ながらスキエントが呻く。
「これはひどい。本当に廃墟じゃないか」
「魔物が入ってきているくらいだからね。荒れ放題だよ」
「防衛機構も完全に停止しているのだな」
「防衛機構?」
「不審者の侵入を防いだり取り押さえたりするための仕組みだ。どれも魔法を使っていたから魔力の供給が止まって動かなくなったのだろう」
「
「ああそういえば、あれは自立型だったな! だから都市からの魔力供給がなくても動けるのだよ。そうか、今も都市を守っているのか」
声を上げたかと思うとスキエントはそれきり黙った。顔つきも神妙なものに変わる。
そのまま口数少なく出口の探索は続いた。案内人でもあるスキエントがいることで経路選択に迷いがなくなる。また、毎回すっかり拠点となった部屋に戻る必要がなくなったので探索も効率良く進む。
その間にも魔物との遭遇はあった。例えば、探検隊の生き残りを散々喰った
「ユウ、なんだあの化け物は!?」
「あれが魔物だよ!」
意外と素早い鰐に似た盲目の魔物に追われながら2人は地下通路を走り回った。
他にも、天井から毒を吐いてくる
幸い、スキエントが内部構造を覚えていたので道に迷うことはなかったが、魔物と遭遇すると探索は大抵中断した。
息を切らせて通路に座り込んでいるスキエントにユウが話しかける。
「魔法であいつらをやっつけられないの?」
「私は技官だ。あんな馬鹿でかい化け物やすばしっこいやつらを倒せる魔法は使えない。そういうのは専門の訓練を受けた兵士の役目だ」
「魔法ならやっつけられると思ったんだけどな」
「当たり所が良ければいけるかもしれないが、動く相手に当てられる気がしない」
魔法も古代人も万能ではないことを知ってユウは内心で落胆した。しかしそれを言うと、自分は更に惨めな存在になってしまうので黙る。
1人のときとあまり変わらないと思いつつもユウは小さくため息をついた。
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