知識や常識のすり合わせ(後)
腹を満たしたユウとスキエントは光の玉が照らす中心で箱型の石の寝台に寄りかかりながら話を続ける。
「スキエント、これからどうするの?」
「仲間を探してみようと思う。さすがに1人だけじゃ不安だからな。ユウは?」
「僕はここから外に出たい。元は雇われてこの遺跡に入っただけだから町に帰りたいんだ」
「さっきも言ったが、経路は教えてやれても今どうなっているかわからないぞ」
「仲間探しってこの遺跡内でするの?」
「最初はな。いずれは他の都市でも探したい。ただ、その前に拠点となる場所は欲しいな。それに、服も食べ物もユウに恵んでもらっている今の状態じゃ、他人どころではない」
「それはそうだよね」
自嘲するスキエントを見てユウは微妙な表情でうなずいた。魔法が使えるのは強みだとはいえ、今の遺跡には不意打ちで襲ってくる魔物もいる。こんな丸腰の状態で1人は危険すぎた。
そこでユウはスキエントに提案する。
「だったら、この遺跡にいる間は一緒に行動しない? 目的は違うけど同じ場所なら2人でいた方が良いと思うんだ」
「私もその意見には賛成だ。どうせこの都市内部のあちこちを回るなら1人よりも2人の方が良い。こんな状態じゃ魔法だけ使えても仕方ないしな」
「決まりだね。それならまずはここから出る方法を探して、その後でスキエントの仲間を探すのはどうかな?」
「ユウの希望を優先するのか。それはまたどうして?」
「スキエントの仲間を見つけたら、その後危ない場所に何人もの丸腰の人を連れて行くことになるでしょ。それはまずいと思うんだ」
「確かにそうだな。ということは最初に出口を探して、その次にまだ眠っている同胞を探す流れか。何人生き残っているやら」
「そこの石の蓋が閉まっているところにも人が入っているのかな?」
「そうだな。開けられるか試してみてもいいか?」
「いいよ。さすがに真隣にあるのを我慢しろとは言いづらいしね」
基本的な方針に固執する気はユウにはなかった。もしここで他の古代人が起き上がってきたときはそのときだと考えている。
腰を上げたスキエントが石の蓋がされたままの箱型の石の寝台に近づいて蓋に手を添えた。しかし、何も反応しない。寝台にも触れたが変化がないのは同じだ。他もすべてそうだった。結局、どれも無反応で終わる。
「スキエント」
「予想はしていたからそこまで衝撃はないが、誰か1人でもとは思ってしまうな、やはり」
「こうなるとスキエントが蘇ったのは奇跡的なのかな」
「眠っていただけで死んでいたわけじゃないけどな。いやちょっと待て。ユウ、君は一体どうやって私の眠っていた設備の蓋を開けたんだ?」
「え? その石の蓋に触ったら開いたけど」
「魔法は使えない、この設備の関係者でもない、なのに蓋を開けられた? それはおかしい。ああ、もう1つ質問なんだが、これらの蓋には触ったのか?」
「うん、触ったよ。何も反応はなかったけど」
目を見開いて見つめてくるスキエントにユウは戸惑いの表情を見せた。今となってはむしろなぜ石の蓋が開いたのかわからない。
しばらく考え込んでいたスキエントが再びユウに問いかける。
「さっきの意識のすり合わせのときに君が言っていたが、その異界諸言語の1つは祖母から教えてもらったのだな?」
「そうだよ。スキエントの他に話せる人はまだ見たことはないけど」
「君自身が異界からやって来たのではなく?」
「違う。僕の父さんと母さんは生まれも育ちも開拓村だった。その村の人たちは盗賊に殺されてもういないけど」
「ということは、その祖母が転移者の可能性が高いのか」
独り言とも質問とも受け取れるスキエントの言葉にユウは黙った。色々と教えてくれた祖母だったが、自分の出身地については何も聞いていない。
よくわかっていないままユウはスキエントに気になったことを尋ねる。
「転移者だったら誰でもこの石の蓋を開けられるの?」
「誰でもというわけではないが、どんな道具や機能でも自在に操れる転移者がいたとは聞いたことがある」
「おばあちゃんもそんなことができたのかな」
「どうだろう。私としてはそんな人物が辺境と言われる開拓村にいたことが不思議だが。あと可能性として」
「そうだ! スキエントなら知っているかもしれない。見てほしいものがあるんだ」
相手の話を遮ったユウは
「これはおばあちゃんの形見で万華鏡っていうんだけど、スキエントは見たことある?」
「いや、ないな。転移者が珍しい物を持ち込むという話は聞いたことはあるが、使い方も何のための物なのかもわからないことが大半らしい。これもその1つだろう」
「あ、使い方はおばあちゃんから教えてもらっているんだ。ここから中を覗いてくるくる回すと、中のかけらが動いてきれいな景色が見えるんだ。覗いてみる?」
「いいのか。それでは。おお、確かに。明るい方がよく見えるな」
尚も万華鏡を覗いているスキエントにユウは話しかける。
「それと同じ物を僕は今まで見たことないんだけど、スキエントのいたときの帝国にもなかった?」
「さっきも言ったが見たことも聞いたこともない。ただ、私が知らないだけで転移者の誰かがこれと同じ物を持ち込んでいた可能性はあるかもしれないが」
「それってやっぱり異界のものなのかな?」
「どうだろう。この万華鏡についての質問だが、魔法の道具か何かなのか?」
「違うみたい。そうやって回して中を覗くだけだって聞いた」
「ふむ。これと同じ機能を持たせた物なら私たちでも作れそうだ。しかし、材質が何かわからんな。だからあるいは異界由来のものかもしれん」
何とも曖昧な返答にユウは肩を落とした。
万華鏡から目を離したスキエントがユウの様子を見て苦笑いする。
「ありがとう。充分に見た。にしても、やはりユウも祖母の正体が気になるか」
「おばあちゃんがどこの誰だかっていうのはあんまり気にならないけど、この万華鏡がどこから来たのかなっていうのは少し気になっていたんだ。おばあちゃんだって他の誰かからこれをもらったのかもしれないし」
「なるほど、その可能性は考えていなかったな。そうなると、ユウがこの蓋を開けられた理由がますますわからん」
「それって今そんなに重要なことかな?」
「わからないことはできるだけ考察しておくべきこと、む? うっ!」
今まで平然と話をしていたスキエントが急に腹を抱えて苦しみ始めた。顔をしかめて震えている。
突然の変化にユウは呆然とした。しかし、すぐにスキエントに寄り添って言葉をかける。
「どうしたの!?」
「くっ、腹が、急に、痛く、なった!」
「ええ!?」
いきなり腹痛を訴えられたユウは動揺した。こんな遺跡の中で発症するとは思っていなかった病状なので的確な指示が出せない。
「とにかく、ちょっと横になって休んだ方がいいよ。立っているのはつらいでしょ」
「駄目だ、漏れそうだ!」
「漏れるって、ちょっと本当に!?」
「少し離れる!」
あまりのことにユウは言葉を投げかけられなかった。離れていくスキエントをただ見るばかりである。箱型の石の寝台の陰にしゃがんで下半身を隠したスキエントの呻きが耳に入った。それからすぐに聞きたくない音が聞こえてくる。
少しの間をおいて鼻に入ってきた異臭に顔をしかめたユウは背を向けてスキエントから更に離れた。宿では毎朝嗅ぎ慣れた臭いだが、遺跡でもその臭いに曝されるとは予想外だ。
音が収まってしばらくするとスキエントがユウに声をかけてくる。
「ユウ、一生のお願いがあるのだが」
「聞きたくないけど、何?」
「尻を拭く物がないんだ。何か持っていないか?」
「そこら辺の石ころを拾って拭けばいいじゃない」
「それは本気で言っているのか!?」
「本気だよ! 僕だって普段は葉っぱか石ころなんだから!」
「外の世界が恐ろしいと今ほど思ったことはない!」
あまりの常識の違いに2人とも叫んだ。しかし、スキエントの状況は何も変わらない。
散々議論した末に、ついにユウが折れて手拭いを差し出した。本当に仕方なく、震える手で。
事情を聞けば、はるか昔の帝国では水で洗って布で拭いていたらしい。ユウにとっては想像の埒外だった。
意を決したユウはスキエントに腹痛止めの水薬を飲ませる。その味に悶絶していたが、同じ事を繰り返したくないので無理矢理口に突っ込んだ。
こうしてとんだ災難を片付ける。すべてが終わったときにはどちらも疲れ果てていた。
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