知識や常識のすり合わせ(前)
寒さで身を震わせながらもユウはスキエントを歩けるところまで支えることができた。しかし、他にも厄介な問題は残ったままだ。それを解決しない限りこの場から動けない。
「スキエント、僕はこの遺跡の出口を探しているところなんだ。今までの口ぶりからするとこの遺跡のことを知っていそうだけど、ここからどうやって出られるかってわかる?」
「ここから外に出る経路なら確かに教えられる。ただし、この辺りが私の知っている
「つまり?」
「その経路が今どうなっているかまったくわからない。ここがこんな廃墟みたいになっているんだ。他も大変なことになっているだろう」
「確かに大変だった。何度も死ぬような目に遭ったし」
これまでの経緯を思い出したユウは少し眉をひそめた。遺跡に入って生き残っているのが自分だけということに改めて内心で慄然とする。
そんなユウを見たスキエントが何度かうなずいた。それから少し間を開けて口を開く。
「これは私からの提案なんだが、これからしばらく時間を使って意識のすり合わせをしないか? 私とユウは生まれ育った時代と場所があまりにも違いすぎる。奇跡的に言葉は通じたが、持っている知識や常識がかけ離れて会話が滑らかにできない。この中が危険な場所だというのなら、今のうちにお互いの考え方を知っておくべきだと思うんだ」
「そうだね。僕もスキエントとの会話で知らない言葉が出てきて戸惑うことが多いんだ。その辺りを解決できるなら悪くないと思う」
「決まりだ。なら改めて自己紹介をしよう。私はスキエント、ここセレスティアの出身なんだ。都市がうまく機能するようにその修理や調整をする仕事をしていた」
「僕はユウ、西の端にあるトレジャー辺境伯爵領の出身だよ。冒険者なんだ」
「なんて言うか、短い自己紹介の中にも色々と聞きたいことがあるな」
「僕もだよ。これは時間がかかるんじゃないかなぁ」
「そこは覚悟を決めよう。危機が迫ったときにいちいち説明を求めるなんてことを繰り返したくないからな」
「そうだね。仕方ないか」
小さくため息をついたユウは気を取り直した。そうして、スキエントとの意思疎通を図るすり合わせを始める。
事前の予想通り、言葉は通じてもそれ以外は色々と大きなずれがあるため、どちらも質問をすると延々と尋ね続けることになった。しかも相手には前提条件がないため説明のための説明が増えていく。中には省略することも多かった。
たまに寒さで震えつつもユウとスキエントは会話を続ける。どちらも知識欲は旺盛な方なので質問が途切れることがあまりない。これも長引く一因である。
かなりの時間を費やしてようやく一段落着いた。正確には際限がないことにどちらも気付いたので切り上げたというのが正しい。それでも一応は何とかなるところまで意識を合わせることに成功した。
水袋を傾けて一息ついたユウが口を開く。
「こんなに話をしたのは久しぶりだよ。自分のことについて話したのは初めてかも」
「私もだ。それにしても、外の世界は相当大変なことになっていそうだな。実際に見てみないとわからないが、文明がかなり後退しているのは間違いなさそうだ」
「昔あった太陽帝国がこの大陸を統一していたなんて聞いただけじゃ信じられないよ。しかもその国が滅んじゃったなんて」
「私だって信じたくない。けど、現にこうやって何もかもが駄目になってしまっている」
「内乱がきっかけで滅んだんだよね。せっかく繁栄していたのに」
「これだけきれいさっぱり忘れられてしまうくらい痕跡が消えているとはな。自分たち自身を文明ほどに高められなかったのが悪かったとはいえ、随分と寂しいものだ」
一瞬泣き笑いのような表情を浮かべたスキエントは寂しそうに結論づけた。箱型の石の寝台に寄りかかってため息をつく。同時に腹の虫が盛大に鳴った。
同じ沈黙でもしんみりとした雰囲気から微妙なものへと変わる。
ユウは少し迷うそぶりを見せた。しかし、ついには問いかける。
「もしかしなくても、お腹が空いてる?」
「そうだな。眠る前から食べていないから、ちょうど減ってきたところなんだ」
「僕の持っている保存食なら今すぐ渡せるよ。硬い干し肉なんだけど」
「どれくらい硬いんだ?」
「結構硬いと思う。火で炙ったら柔らかくなるんだけど、これは、う~ん」
眉をひそめるユウに対してスキエントは何でもないように言葉を返す。
「それなら私が魔法で火を出そう。だからその干し肉というのを分けてくれないか」
「いいなぁ、魔法が使えるんだよね。便利そうだなぁ」
「ああ、とても便利だぞ。これも大半が失われていると聞いて驚いたが」
手にしていた松明を再び脇に立てかけたユウはスキエントの話を聞きながら
「それ食べたら絶対のども乾くから水も一緒に」
「助かる。しゃべりすぎたらしくて欲しかったんだ」
「飲みきったら水袋は返してよ。僕の大切な道具なんだ」
「わかった」
嬉しそうにユウから受け取ったスキエントは早速水袋を口に付けた。すると、奇妙な表情を浮かべる。
「ユウ、この中に入って入るのは水ではないよな? 薄い味がする」
「薄いワインだよ。水だと傷みやすいから」
「君たちは1日中酒を飲んでいるのか? それだと酔っ払ってしまうだろう」
「そうならないための薄いワインなんだ。そのくらいじゃ小さい子だって酔わないよ」
「今を生きる人間はみんな大酒飲みみたいに聞こえるよ」
説明を聞いても信じられないとスキエントは首を横に振った。古代では常時新鮮な水が飲めたので薄い酒は飲まないと聞いて逆にユウが驚く。
他愛ない話の中にも驚きがある中で、スキエントは小声で呪文を唱えて左手のひらから魔法で火を発生させた。それから右手で干し肉を手に取ってゆっくりと炙る。
「これをしばらく炙ればいいんだな」
「そうだよ。それにしても、簡単に魔法を使うね」
「私たちにとっては簡単なことだからな。使えない人間も確かにいたが、その代わり魔法の道具を使っていたぞ」
「そんな高価な道具、今じゃ普通の人には手に入らないよ」
「日用品が高級品扱いとはな。外に出るのが少し怖くなってきた。お、柔らかくなってきたぞ。これくらいでいいのか?」
「噛んでみたらわかるよ。味の方は保証できないけどね」
今を生きる人間にとってもいまいちな味に古代人がどう反応するのかユウは見守った。
柔らかくなった部分を口に含んだスキエントは力一杯噛みちぎる。そして咀嚼してすぐに渋い表情へと変化した。悲しそうな目をユウへと向ける。
「まだ硬いのは仕方ないが、ひたすら辛いな」
「僕もそう思う。もっとおいしい物があるならそれを食べたいよ。昔の保存食はもっとおいしかったのかな?」
「これよりは確実に。そうか、文明が後退するということは、こんなところにも大きな影響があるんだな。ユウ、食べる物は他にないのか?」
「あったら渡しているよ。それが唯一なんだ」
「保存食でこれということは、普通の食べ物も期待できなさそうだ。ああ、ますます外に出るのが怖くなってきたな」
「我慢して食べてもらうしかないよ。それしかないんだから」
反論しつつもユウは自分の干し肉を取り出して囓った。冷え切って硬い。苦労して噛みつつ、松明の弱々しい明かりへちらりと目を向ける。
「魔法で火を使えるんだったら明かりも点けられるかな?」
「できる。そうか、その松明の明かりは随分と弱くなっているからか」
「うん。油はまだあるんだけど巻き付けるぼろ布がもうほとんどないんだ。できれば魔法で明かりを灯してほしい」
「いいぞ。これくらいか?」
しかめっ面をしながら干し肉を囓っていたスキエントは、火の魔法を一旦手のひらから消して光の玉を生み出した。松明よりも断然明るく安定している。
それを見たユウは純粋に感心した。食べる手を止めて光の玉を見つめる。
「すごいなぁ。こんなに明るいんだ」
「一般的な魔法だが、これもユウからすると珍しいのか。さっき言っていた魔術師という専門家は使っていなかったのか?」
「そういえば使っていなかったな。配下の人たちに松明を持たせていたよ」
「この
「僕もそう思う。どうして使わなかったんだろう」
指摘されたユウは納得してうなずいた。しかし、その理由はもうわからない。
考えるのをやめたユウは再び干し肉を囓った。
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