服の代わりに外套を

 死んでいると思っていた青年スキエントが実は生きていたことにユウは驚いた。同時にまったく言葉が通じないことに頭を抱えることになる。かろうじて名前だけはお互いに名乗れたが以後はさっぱりだった。


 一方、目覚めたスキエントにとってもこの事態は問題のようで、何度も声をかけては言葉通じない度に難しい顔をしている。


 思い付くことは大体やった後、ユウは大きなため息をついた。これでは先に進めない。言葉は普段使っているもの以外にあと1つ、祖母から教えてもらった言葉だけだ。しかし、これは祖母の国の言葉らしいので、今目覚めたスキエントに通じる気がしない。


 それでも残っているのはこれだけなので、とりあえず祖母の言葉で話しかけてみる。


「この言葉はわかります? 僕が知っている外国語はこれだけです」


「なに!? 異界諸言語を話せるのか?」


 ユウとスキエントは目を剥いてお互いの顔を見つめた。まさか通じるとは思っていなかった言葉が通用して二の句が継げない。


 かける言葉を見失いながらもユウは今のスキエントの返答について考える。ユウにとっては外国語である祖母の言葉を石棺もどきの中で座る青年は異界諸言語と返した。諸言語はまだ何とかわかるが、異界という言葉の意味はわからない。


 会話が通じるのならばとユウはスキエントに尋ねてみる。


「異界諸言語? それは外国語ですか?」


「そうだ。しかし、この世界の言葉ではない。別の世界の言葉だ」


「この世界? 別の世界?」


「そこから通じないのか。とにかく、外国語の一種だと思えばいい」


 話しにくそうにしつつもスキエントは大雑把にユウの主張を認めた。なぜ異なる呼び方なのかの説明になっていないが、とりあえずユウの理解できる範囲に異界諸言語が収まる。


 意思の疎通が図れそうだとわかった頃には白いもやはかなり消えてなくなっていた。それにより、スキエントが薄い貫頭衣だけしか身に付けていないことをユウは知る。


 何かつぶやきながらスキエントが両腕を抱えるようにこすったのをユウは見た。たまに白い息を吐き出すその姿は寒そうに見える。


「スキエント、寒いの?」


「寒い! どうしてこんなに気温が低いんだ? それに明かりも消えたままとは!」


「寒いのは今が冬だからです。遺跡の明かりが消えた理由までは知らないけれど」


「気候がどうあっても室内は一定の温度に保たれているだろう。というか、遺跡? ここはセレスティアではないのか?」


「ここがどう呼ばれていたか僕は知らないです。前はそう呼ばれていたのかもしれないけれど、今は北の台地って呼んでいます」


「なんてこった。そんなに時間が過ぎているのか」


 ユウの返答を聞いたスキエントは天井を仰いで嘆息した。しかしそれも長くは続かず、すぐに寒そうに体を震わせる。顔の血の気も引いてきたように白い。


 その様子を見ていたユウがスキエントに話しかける。


「他に服は持っていないんですか?」


「持っていない。この石の寝台に入るときは、専用の服に着替えないといけないんだ」


「長く寝ていたんですか? 何日も?」


「たった数日でセレスティアがさすがにここまで荒廃はしないだろう。ちなみに今はいつなんだ? 暦を教えてくれ」


「暦ですか? えっと、僕の出身地だとチャレン王国歴で318年2月のはずです。日は恐らく4日くらいのはずですけど、この遺跡に入ってからどのくらいが過ぎているのかはっきりとしないんで自信ないです」


「チャレン王国? 全然知らないな。ユウは太陽帝国を知っているか?」


「知らないです。故郷でも今まで通ってきたところでも聞いたことないです」


「この周辺で太陽帝国を知らないなんて普通ならあり得ないな。これはいよいよまずいことになったのかもしれん」


 以後もスキエントはつぶやいていたが、ユウの知らない言葉なので内容は理解できなかった。その表情からかなり深刻な状態に陥っていることはユウにもわかる。


 正体不明のスキエントだが、その話の内容にもわからないことが多かった。少し話しただけでもセレスティアや太陽帝国など初めて聞く単語が当たり前のように出てくる。


 更にそもそもなぜこんな遺跡にある石の棺桶のような所に入って入るのかも謎だ。目の前のスキエントに聞けばわかるのだろうが、今はその当人に余裕がないので待つしかない。


 しばらくじっとしていた2人だったが、スキエントがくしゃみをしたところで再び会話が始まった。


 寒そうに震えるスキエントがユウに頼む。


「ユウ、何か着るものはこの辺りにないか?」


「この石の板を開ける前にざっと見ましたけど何もありませんでした。スキエントが眠ってから長い時間が経っているのなら、誰かが持って行ったんじゃないですか?」


「そうなるとこれ1枚か。ユウ、君の替えの服を貸してくれないか? さすがにこのままじゃ寒くてかなわない」


「僕、服はこれだけなんです。服は高いから、替えの服なんて持っているのはお金持ちの商人か貴族くらいです」


「一体今はどうなっているんだ? はっくしゅん!」


 大きなくしゃみをしたスキエントが震えながら再び両手で体をさすった。かなり弱っている。


 このままだと良くないことはユウも理解していたのでどうしようか考えた。服は着ているものしかないので貸せない。それ以外で温かくなれるようなものといえば外套だ。故郷で買ったものが1つ背嚢はいのうに入っていることを思い出す。


「外套でしたら1つ余っているので貸せますよ。どうします?」


「頼む、貸してくれ!」


 松明たいまつを脇に立てかけたユウは背嚢を下ろすと外套を取り出した。洗ってそのままのそれを震えるスキエントに手渡す。


 外套を受け取ったスキエントはすぐに立ち上がって体にそれを身に付けた。しかし、眠るときに毛布代わりになるとはいえ、普段着として使うのには難がある。とくに前ははだけているので正面からの冷気は今まで同様直接受けることに変わりはない。


 仕方なくスキエントは外套を胴体、特に腹回りに巻き付けた。しかし、肩や手足は依然冷える。


 それに対して、ユウは全身を覆える外套を身に付けていた。単なる外套ではあるが、体の周りを覆っているのである程度の冷気を防げるためにあまり寒くない。


 羨ましそうにユウの外套を見ながらスキエントが話しかける。


「ユウ、君が身に付けているそっちの大きい外套と交換してくれないか?」


「えぇ、これと?」


「借りておいていうのも悪いんだが、さすがに寒いんだ。これじゃ凍えてしまう」


「ああもう」


 嫌そうな顔をしたユウだったがスキエントの言い分も理解できた。大きなため息をつくと全身を覆える外套を外して普通の外套と交換する。途端に冷気を感じるようになって顔をしかめた。


 体を強ばらせたユウは表情に余裕が出てきたスキエントを見る。石棺もどきの中で立っているせいで足下は白いもやに隠れたままだ。ふと気になったことを尋ねる。


「スキエント、靴は履いている?」


「履いていない。裸足だ」


「だと思った。それじゃ靴も必要なんだね」


 予想通りだったことに肩を落としたユウは再び背嚢に向かってしゃがんだ。すぐに手を突っ込むと底の方から古い靴を取り出す。かつて使っていた靴だ。


 まだ使えることを確認したユウはその靴をスキエントに手渡す。


「僕が前に使っていた古い靴だよ。合わないかもしれないけど、裸足よりかはましだと思う」


「助かるよ。どうしようかと思っていたんだ」


「ついでだからこの帽子も貸してあげるよ。その様子じゃ頭も寒いでしょ」


「ああ、本当にありがとう! これで大分ましになった!」


 つばあり帽子と靴も身に付けたスキエントが笑顔で石棺もどきの中から出てきた。帽子の位置を調整したり靴の具合を確認したりしている。


 それをユウはやや憮然とした様子で眺めていた。困っているのは見てわかるが、なぜここまでしてやらないといけないのかという思いがこみ上げてくる。寒さで自分が震えている理由がわからない。


 それでもスキエントが心底安心している様子を見てユウの気持ちもいくらか晴れた。外套を身に付けて背嚢を背負ったユウは立てかけていた松明を手にする。


「もう平気かな?」


「何とかなりそうだ。ちょっと臭うけどこの際仕方がない。助けてくれてありがとう」


「まぁいいや。で、スキエントはこれからどうするつもりなの?」


「どうするって言われても。起きたばっかりで、しかも周りがこんな状態なんて予想外だ。何から手を付けて良いのやら」


 笑顔から一転してスキエントの表情は曇った。


 起きたら周囲は廃墟になっていて何も持っていないという状況はユウだって恐ろしい。その点は同情できるので今助けているのだ。しかし、いつまでもというわけにもいかない。


 どうしたものかとユウは頭を悩ませた。

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